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第一章
十二話
しおりを挟むエミリアさんの宣言の後、流石に汚れた服で外に出る訳にはいかず私は自室で着替えることになった。
なるべく急いで上着を取り換えて階下に降りるとミランダさんがエミリアさんに向かって何か呪文を唱えていた。
私が戻るタイミングで終わったらしく、エミリアさんが私に駆け寄る。
そして朗らかな笑みで私を見て叫んだ。
『準備はできましたか、アデリーンさん!!』
「……えっ?」
予想していた音の暴力は訪れなかった。
エミリアさんの表情と口の開き方からして声音を加減しているとは思えない。
けれど、実際に私の耳に聞こえるのは囁き声を少し大きくした程度の音量なのだ。
「消音の魔法よ」
「消音の魔法……ですか」
「流石にあの調子でエミリアが村を歩き回ったらご近所迷惑になるでしょう」
やはりミランダさんは気遣いの人らしい。助かりますと私は頭を下げた。
「それと、私はこの家に残るわ。色々確認したいことがあるし……構わないかしら?」
『宜しくてよ!!』
「……私は貴女じゃなくて家主であるアディちゃんに聞いているのよ、エミリア」
「あ、大丈夫です。散らかっていますけれど……」
「じゃあ不躾だけれど家を調べさせて貰うわね……あと、良ければ鍵をつけてもいいかしら」
「鍵、ですか?」
唐突なミランダさんの提案に私は首を傾げる。
彼女はその豊かな胸の前で腕組みをすると、子供を諭すような表情で私に言った。
「私も地方の村出身だからわかるけれど、女性の一人暮らしで鍵をかけないのは流石に無防備すぎるわ」
『そう言えばライルの家もそうでしたわね!!そういう文化なのですか?』
エミリアさんに言われて改めて考える。
確かに生まれてから今までこの村で暮らしていたが自分の家も他の家も鍵をかけている所を見たことがない。
だから文化といえば文化なのかもしれない。
変わっているかもしれないがそれで困ったことはなかった。
「でも鍵があったらライルやリンナという女性に入り込まれることはなかった筈よ?」
ミランダさんにそう正論を言われ私は素直に鍵の取り付けをお願いした。
彼女の話し方は落ち着いていて、まるでしっかり者の姉のようだと思う。
『でも今まで鍵なしで全く問題がなかったなんて、この村は善き人々ばかりいらっしゃるのですね!素晴らしいですわ!』
エミリアさんに手放しで村を褒められて面映ゆいが嬉しさを感じる。
ただ彼女の言葉に重ねるようにマゼンダさんが発した言葉が気になった。
「……善人ばかりだからこそ、ライルの帰還が許されたのでしょうね」
その発言の意味を聞こうとした所、エミリアさんに呼びかけられる。
『アデリーンさん、まずはライルがお邪魔しているというレンさんのお宅に伺い、その後リンナさんに会う事にしましょう!!』
「は、はい」
『では案内をお願いしますわ!!』
「えっ、」
案内をお願いすると言った次の瞬間には外に駆け出しているエミリアさんを追って私も慌てて家を出る。
こう、動物に例えては失礼かもしれないけれどエミリアさんは元気のあり余り過ぎた犬のような人だ。
遅延魔法もかけておけば良かったかしら、背後からミランダさんの呆れたような声が聞こえた。
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