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第一章
九話
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レン兄さんがライルを自宅へと引きずっていったので私はリンナと二人きりになった。
ライルがいなくなったので彼女もこの場から去るだろうと思ったが今のところ椅子から立ち上がる気配はない。
かといって私に話しかけることもなく正直何を考えているのかわからなくて不気味だ。
沈黙に耐えきれずお茶を淹れたくなる自分を叱咤してリンナへの対応を考える。
やんわりと追い出すか。それとも家主として説教をするか。
ライルとの関係については、二人とも大人だ。正直好きにしてくれていい。
私と私の家を巻き込まないなら。
テーブルの上の料理に視線を落とす。
表面がすっかり乾ききった卵料理はお世辞にも美味しそうに見えない。
そのせいか手も付けられていないように思える。
私の家の食器ではないからリンナが家で調理して持参してきたのだろうか。
じっと料理を見ていたからだろうか、リンナが私に話しかけてきた。唇の赤がやたら目を引く。
村で暮らしていて日頃からこのようにしっかりと化粧をしている女性なんて彼女くらいだ。
街まで下りれば当然化粧品の類は入手できるが、この村に毎日紅や白粉を使える程贅沢な女はいない。
これは別に女性が蔑まれているというわけではなく、村自体が貧しいのだ。
魔物たちによる大虐殺を経て復興途中なのだから。
冬に飢え死にするものが出ることはないが、人も資金も足りない。
「……よかったらこれ食べますぅ?」
だから、本来はこの料理も無駄にせず食べるべきだとはわかっているのだが。
「ごめんなさい、朝食はもう食べてきたから」
どうしてもリンナの料理を口に運ぶ気になれなくて断る。
そうなんだあ。何とも思っていないような空虚な声に内心安堵をした。
「それって、レンさんの所でですかぁ?」
「……違うわ」
どうして私の方が彼女に質問されているのだろう。
少しだけ不快に思いながら私は答えた。
リンナはやはりレン兄さんのことが気になるのだろうか。
なら尚更ライルと私の部屋で逢引きをしていたことが理解できない。
「ねえ、もう一つ聞いていい? あんたにとってライル君ってどんな存在? 大切なオトコぉ?」
まるで幼い子供のようにリンナの質問は止まらない。私にとってのライルなど、知ってどうするのだろう。
「教えてくれたら帰ってあげるから」そう心を見透かされたように言われる。
私はライルなんて弟みたいなものだと適当に答えて彼女を追い払おうとした。けれど口に出す前に思い出した。
彼が私のことをリンナにどう説明していたかを。
「……ライルなんて私にとっては居ても居なくても同じ。ただ隣に住んでいた。それだけの存在よ」
「ふうん」
私の答えに満足したのかリンナが立ち上がる。
ホッとした瞬間に体に柔らかくてぬるついたものが投げつけられた。
それが手つかずの卵料理だということをリンナが手にした汚れた皿で理解する。
皿の底には真っ赤な花が大きく描かれていた。毒々しい赤色で料理皿とは思えない。
反射的に怒鳴ろうとした私は、しかし言葉を口にする前に飲み込む。
「……命拾い、したねえぇえ♪」
先程までの気だるげな表情を拭い去り満面の笑みを浮かべたリンナは非常に恐ろしかった。
逃げる獲物の肉を削りながら食い殺す熊や、命乞いする人間に謎かけをして弄び殺す物語の悪魔。
そのような残虐さを楽しむような笑いが彼女の赤い唇に張り付いていた。
「……ウソツキ」
その言葉を最後に彼女が家を出て行くまで私は一言も喋らず震えているしか出来なかった。
ライルがいなくなったので彼女もこの場から去るだろうと思ったが今のところ椅子から立ち上がる気配はない。
かといって私に話しかけることもなく正直何を考えているのかわからなくて不気味だ。
沈黙に耐えきれずお茶を淹れたくなる自分を叱咤してリンナへの対応を考える。
やんわりと追い出すか。それとも家主として説教をするか。
ライルとの関係については、二人とも大人だ。正直好きにしてくれていい。
私と私の家を巻き込まないなら。
テーブルの上の料理に視線を落とす。
表面がすっかり乾ききった卵料理はお世辞にも美味しそうに見えない。
そのせいか手も付けられていないように思える。
私の家の食器ではないからリンナが家で調理して持参してきたのだろうか。
じっと料理を見ていたからだろうか、リンナが私に話しかけてきた。唇の赤がやたら目を引く。
村で暮らしていて日頃からこのようにしっかりと化粧をしている女性なんて彼女くらいだ。
街まで下りれば当然化粧品の類は入手できるが、この村に毎日紅や白粉を使える程贅沢な女はいない。
これは別に女性が蔑まれているというわけではなく、村自体が貧しいのだ。
魔物たちによる大虐殺を経て復興途中なのだから。
冬に飢え死にするものが出ることはないが、人も資金も足りない。
「……よかったらこれ食べますぅ?」
だから、本来はこの料理も無駄にせず食べるべきだとはわかっているのだが。
「ごめんなさい、朝食はもう食べてきたから」
どうしてもリンナの料理を口に運ぶ気になれなくて断る。
そうなんだあ。何とも思っていないような空虚な声に内心安堵をした。
「それって、レンさんの所でですかぁ?」
「……違うわ」
どうして私の方が彼女に質問されているのだろう。
少しだけ不快に思いながら私は答えた。
リンナはやはりレン兄さんのことが気になるのだろうか。
なら尚更ライルと私の部屋で逢引きをしていたことが理解できない。
「ねえ、もう一つ聞いていい? あんたにとってライル君ってどんな存在? 大切なオトコぉ?」
まるで幼い子供のようにリンナの質問は止まらない。私にとってのライルなど、知ってどうするのだろう。
「教えてくれたら帰ってあげるから」そう心を見透かされたように言われる。
私はライルなんて弟みたいなものだと適当に答えて彼女を追い払おうとした。けれど口に出す前に思い出した。
彼が私のことをリンナにどう説明していたかを。
「……ライルなんて私にとっては居ても居なくても同じ。ただ隣に住んでいた。それだけの存在よ」
「ふうん」
私の答えに満足したのかリンナが立ち上がる。
ホッとした瞬間に体に柔らかくてぬるついたものが投げつけられた。
それが手つかずの卵料理だということをリンナが手にした汚れた皿で理解する。
皿の底には真っ赤な花が大きく描かれていた。毒々しい赤色で料理皿とは思えない。
反射的に怒鳴ろうとした私は、しかし言葉を口にする前に飲み込む。
「……命拾い、したねえぇえ♪」
先程までの気だるげな表情を拭い去り満面の笑みを浮かべたリンナは非常に恐ろしかった。
逃げる獲物の肉を削りながら食い殺す熊や、命乞いする人間に謎かけをして弄び殺す物語の悪魔。
そのような残虐さを楽しむような笑いが彼女の赤い唇に張り付いていた。
「……ウソツキ」
その言葉を最後に彼女が家を出て行くまで私は一言も喋らず震えているしか出来なかった。
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