勇者の帰りを待つだけだった私は居ても居なくても同じですか? ~負けヒロインの筈なのに歪んだ執着をされています~

砂礫レキ

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第一章

八話

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 レン兄さんの行動は迅速だった。

 彼が動いたことを私が認識した次の瞬間には重く鈍い音が部屋に響く。

 厳しい怒声と、その拳がライルに振り下ろされるのはほぼ同時だった。


「……誰に、どの面下げて、そんな口聞いているんだお前は!!」

「いっ、でぇっ!?」


 レン兄さんに鉄拳制裁されたライルが短く悲鳴を上げる。

 固い義手ではなく生身の腕で殴られていたが、それでも十分過ぎる程痛そうな音がした。


「当たり前だ、痛くない拳骨などない」

「こっの、暴力野郎……」

「やだぁ、超こわぁい」


 男性陣が睨み合っている重苦しい空間にリンナの言葉が軽薄にふわふわと浮く。

 ライルは問題大有りだが、彼女は彼女で気になることが山程ある。

 本当に私の部屋で一晩過ごしたのかとか、ライルとは真剣に交際をするつもりなのかとか。

 親御さんは二人の関係を知っているのかとか。テーブルの食器は家から持ってきたのかとか。

 ……あなた、半年ぐらい前までレン兄さんにしつこく迫ってませんでしたか、とか。

 なんでこう問題児二人が揃い踏みして私の家で寛いでいるのだろう。

 レン兄さんの怒りの熱で指先から冷えが去った代わりに頭がズキズキしてきた。


「説教したい事は幾らでもあるが……まずは散らかしたこの部屋を二人で片付けろ」

「えーっ、絶対やだぁ。っていうかなんでレンさんが仕切るのぉ?おかしくない?」

「つーか片付けなんてアディがやるだろ、こいつの家なんだから」


 全く悪びれないライルの言葉に今度は私が彼を叱った。


「……私の家だってわかっているなら自分の家みたいに使わないで。掃除なんてしなくていい、でも二度と私の家に来ないで!私に近づかないでよ!」


 ガタンと、椅子が倒れる音がした。

 反射的に後退ったが間に合わず手首を掴まれる。

 ギリギリと骨を砕かれそうな痛みに私は恐怖を覚えた。


「……なんだよそれ。誰に言ってんだアディ」

「いたっ、はなし、て……!」

「だったら今の言葉撤回しろよ!」


 痛みに耐えきれず哀願する私を脅すライルの目には確かに狂気が宿っていた。

 こちらを責めている癖に追い詰められたような声で彼は私に発言の撤回を迫る。 

 ライルの考えていることが全くわからない。恐い。 

 助けを求める様にレン兄さんを見ると腕を掴む力が益々強くなった気がした。 


「俺は…俺は、勇者だぞ!俺は、命がけで!お前らの命を魔王から助けてやったんだ……!」

「……だから、お前は俺たちに対し好き放題に振舞う権利があると言いたいのか?」

「そうだよ、それぐらい、それぐらい許されてもいいだろ……俺にだって!」


 狂気の熱を孕んだライルの言葉と反比例するようにレン兄さんの言葉は冷たく淡々としている。

 けれど長い付き合いの私はわかった。

 彼は怒れば怒る程、纏う空気は冷えて研ぎ澄まされていく。


「ならば俺はお前の命を救ったことがある……俺の腕のことは流石に覚えているな? 」

「……っ、」

「アディから手を放せ。お前は今から俺の家に来い。今後の話は全部俺がする」

 
 俺が許可するまで二度とアディに近づくな。
 
 声を荒げることなく命令するレン兄さんをライルは睨み付ける。

 けれど何も言い返すことが出来ず無言で私の手を離した。

 大丈夫だからと、口の動きだけで言うレン兄さんに私は無言で頭を下げた。

 解放された後の手首がじんわりと痛む。後で湿布を巻かなければなとぼんやり思った。

 気を抜けば座り込んで泣いてしまいそうなぐらい、なんだかとても疲弊していた。 

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