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38.棘のある薔薇

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「オスカー殿下の供は私がする。お前が王太子と顔を合わせるのは反対だ」

 今から城に行くと伝えに来たアラベラにイザークは強い口調で告げる。

「ですが、お兄様」
「お前は覚えていないが、長いこと毒の影響で王太子の言いなりになっていた」
「それは……」
「飛び降りろと言われて飛び降りそうだったとも聞いている。二度と奴に会って欲しくない」

 妹を案じる兄の言葉には苦悩が満ちている。
 オスカーが傍に居れば平気だという反論をアラベラは一旦飲み込んだ。

「だがイザーク殿、今のアラベラ嬢はその毒も一時的に無効化出来ている」
「しかしそれでも、私は妹をあの最悪な男に会わせたく無いのです」

 相手が宗主国の王子だと知っていてもイザークは一歩も引かない。
 ここまで己のことほ考えてくれている兄に感謝しながらアラベラは口を開いた。

「お兄様、わたくしはサディアス殿下を罠にかけたいと思っているのです」
「罠?!」

 妹から発せられた予想外の言葉にイザークは緑色の瞳を見開いた。

「罠とはどういうことだ?」
「簡単です。わたくしがまだ魅了にかかっていると誤解させるのです」
「それはサディアス殿下の傀儡を演じるということか? 今のお前はオスカー殿下の婚約者なんだぞ!」

 声を荒げる兄にアラベラは薄く微笑んだ。それは薔薇の様に美しいが棘のある微笑だった。

「だからです。宗主国の王子の婚約者になったわたくしに彼はどんな命令をするか……気になりませんか?」
「アラベラ、お前……」
「奴は俺に剣を向けようとした男だからな、暗殺命令ぐらい下すかもしれないぞ」
「きっとサディアス殿下なら、その後にわたくしが自害するように命じるでしょうね」

 にこやかに物騒な事を話すアラベラとオスカーを前にイザークは顔を青くする。
 そんな兄にアラベラは安心してくださいと優しく告げた。

「当然、そんな命令なんてわたくしは聞きません。その時点で暗殺は失敗です」
「失敗だろうが奴が俺の暗殺を画策した事実は消えないがな」

 それだけで表舞台からは消えるだろう。オスカーは悪い笑みを浮かべる。

「舞踏会の時、俺に殺意を向けた時点で罰することが出来れば早かったが」
「あの時のわたくしの行動は今考えると軽率だったと思います」
「気にするな、サディアスは帯剣していなかったし幾らでも言い逃れは出来ただろう」

 急に腰が痒くなって掻こうとしたとか言い出しそうだ。
 オスカーの冗談にアラベラはクスクスと笑った。
 本当にそういう幼稚なことを言いそうだと思いながら。

 婚約者だった頃のアラベラは彼の下手な言い訳のフォローを散々させられたものだ。
 彼は大人になるに従いどんどん増長しきって、最後には失敗や悪さをしても他人を責め言い訳すらしなくなった。

 サディアスは横で支えるのが非常に困難な男だった。けれどその分だけ陥れることは易そうだ。
 アラベラは昔の苦労を思い出しながら、正気の状態では一年ぶりに会う元婚約者の追い詰め方を考えていた。

 
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