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35.餓狼病

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 イザークが単身で公爵邸に帰宅したのは翌々日だった。
 それをオスカーと共に出迎えたアラベラは父が一緒で無いことに首を傾げる。
 妹の疑問にイザークは疲れた表情で答えた。

「少し前から床に伏していて、直ちに王都に戻るのは難しいそうだ」
「そんな……お父様」
「ただ婚約に関しての承諾は得た。オスカー殿下に直接挨拶出来ないことを許して欲しいと謝っていたよ」
「俺は別に気にしていないが、こちらから見舞いに行くのは難しいか?」

 悲し気な表情をするアラベラの手を優しく握りながらオスカーが問いかける。
 イザークは丁寧に礼を言いながら申し出を断った。

「流行り病の可能性があるので暫く来客は断りたいとのことでした」
「流行り病……それは聖女とやらが根絶したのでは無かったか?」
「そうだわ、聖女様に又薬を調合して頂ければ……」

 アラベラは何かに気づいた様子で顔を曇らせる。
 イザークは静かに首を振った。

「聖女に直接交渉が出来るなら兎も角、今はサディアス王太子に囲われているからな。難しいだろう」

 彼はお前だけでなく父も憎んでいる。
 兄の言葉に公爵令嬢はうなだれる。

「別にアラベラのせいではない、悪さを親に言いつけられたことをあの幼稚な男が逆恨みしているだけだ」
「ですが、もし本当に餓狼病だったらお父様は……」
「餓狼病? それがナヴィスで流行っていた病の名か?」

 オスカーの問いかけに赤髪の兄妹は頷いた。

「はい、その病に罹ると苦しみの余り飢えた狼の様に凶暴になるのでその名がついています」
「狼、か……原因は不明なのか?」
「水ではないかと言われていましたが、同じ井戸の水でも症状が出る者と出ない者が居て定かではありません」
「感染する可能性は?」
「患者に噛まれて傷ついた者が餓狼病になったという話がありますが多くは無いようです、ただ……」
「それでも近づきたがる者は居ない、ということか」
「そうです、何より王命で餓狼病患者は王都に近づくことを禁じられておりますので」

 国王は完治した後も再び餓狼病に罹ることを酷く恐れているようです。
 イザークの返答にオスカーは呆れた目になる。

「だから聖女を城で囲っているということか?」
「それもあるかもしれません」
「更に政の場にも出ず寝室暮らしか、子も子なら親も親だな……決めた」
「オスカー様?」

 アラベラが隣の婚約者を見上げる。

「俺が餓狼病の治療薬についてあの王太子と聖女に交渉してみよう」

 あの愚かな王太子とは一度じっくり話をしてみたいと思っていたしな。
 飢えた狼の様な笑みでヴェルデンの第二王子は言った。 

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