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29.婚約を結ぶために

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 宗主国の第二王子と従属国の公爵令嬢の婚姻。
 アンドリュース公爵家側にとっては玉の輿と喜んでも良い慶事ではある。
 ただ理由が理由だけに手放しで浮かれる訳には行かなかった。
 そしてアラベラは一度目の婚約で心に傷を負っている。
 だからイザークはどうしても確認せずにはいられなかった。

「……本当に良いのか、アラベラ」
「はい」

 兄の問いかけに真紅の髪の公爵令嬢は優雅に微笑む。
 それはサディアス王太子との婚約時に見せた笑顔よりは血が通って見えた。
 イザークは妹の顔を凝視し、わかったと呟く。

「ならば私も妹の決定に反対する理由はありません」
「よし、これで決定だな。とりあえず一週間以内に婚約を結ぼう」
「一週間、ですか」

 予想以上に早いスケジュールにアラベラは僅かに驚いた顔をする。
 それにオスカーはあっさりと答えた。

「ああ、ヴェルデン側に一応事前応報告する必要があるからな」
「一応とは……本当に大丈夫ですか?」

 無礼を承知でイザークはオスカーに確認する。
 貴族どころか民同士の婚約さえ、もう少し時間と手間をかけるものでは無いだろうか。
 ましてオスカーは宗主国の王族である。

「アラベラ嬢はナヴィスの公爵令嬢だ、身分は問題無い。王太子妃として教育も受けている」

 なら王族の妻として十分やっていける筈だ。 
 オスカーの言葉にディシアは得意げに頷き、イザークとアラベラは顔を見合わせた。

「それに一見触れれば折れる花のようだが覚悟もしっかり決まっている」

 あんなにあっさり自害を選ぼうとした時は流石に驚いた。
 オスカーに言われアラベラは恥ずかし気に頬を染めた。

「あれは……お忘れください、軽率なことを申しました」
「実際に自害されるのは困るが、自分の命より家を優先する気概は好ましいと思うぞ」

 俺の妻になったなら、二度とあんな台詞を言わせたりしないが。
 からかう様な声で続けるオスカーから、アラベラは耐え切れず顔をそらす。
 なので彼の真紅の瞳が真剣な光を宿していたことに気づくことは無かった。 

「そうして頂けると兄としても助かります。そして婚約の件ですが、せめて二週間時間を頂けないでしょうか」
「二週間か……構わないが。何か理由でもあるのか」

 イザークの頼みを快諾しながらオスカーは首を傾げた。

「今は私が当主代理をしておりますが、念の為辺境の領地で療養中の父に報告と確認をさせて頂きたいのです」

 アラベラが元の状態に戻る為だと聞けば首を縦に振るとは思いますが。
 そう説明した後イザークは末妹のディシアに夜も遅いから部屋に戻る様にと命じた。
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