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27.傾国の令嬢

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「ちょっと、イザーク兄様!呆けている場合ではないですよ!」

 末妹に思い切り揺さぶられアンドリュース公爵家の長男は己を取り戻した。

「わ、わかった、わかったから止めてくれ!酔いそうだ……!」

 情けない声を上げながらディシアの腕をどけ、イザークは深呼吸をした。
 目の前にいる男は不敵に笑っている。同性から見ても美丈夫だと思う。

 家柄も申し分無い。というか向こうの方が圧倒的に家格が上だ。
 宗主国ヴェルデンの第二王子。確か年齢は二十一歳でイザークの一歳下だ。
 アラベラは十八歳なのでオスカーとは三歳年齢差がある。それぐらいは珍しくも無い。
 しかし求婚が唐突過ぎる。イザークもアラベラもオスカーとまともに話したのは今日が初めてだ。

 理由はわかる。毒が消えたアラベラはとても美しい。
 身内の欲目抜きにしてもナヴィス国で一番の美女だと言っても良い。
 だからこそ面食いのサディアス王太子が妃選定のルールなど無視して即自分の物にしたがった訳だが。 

 あの後、他の妃候補の家から暫く恨まれて大変だった。
 候補者たちは単に選ばれなかったことに腹を立てているだけではない。
 あの場には王太子の婚約者として相応しい者だけが集められたのだ。
 せめて形だけでもきちんとした選定を行うべきだった。
 
 だがサディアスは他の令嬢たちを完全に無視してアラベラを婚約者に決めた。
 それは貴族令嬢たちとその家にとって酷い侮辱でしかない
 結果皺寄せは全部アンドリュース公爵家に来た。 

 抗議なら王家にすればいいと何度叫びたくなったことか。
 そしてその遺恨は数年経った現在でも続いている。
 アラベラを城まで迎えに行った時、馬車を停めようとしたところを邪魔された。
 それは王太子の婚約者候補の一人、ギャレット公爵家の嫌がらせだった。
 ドロテア・ギャレットは数年前に別の相手と婚約したらしいが、恨む相手は変わらないらしい。
 仕方なく馬車とギャレット家への対については同乗していたディシアに任せ、イザークはアラベラを捜しに出かけたのだが。

 目の前の男はサディアスよりずっと男前で家柄も上だ。きっと母国では彼の妻になりたがる令嬢が群れ単位で居るだろう。
 そこに彼の心を美貌だけで射止めたアラベラがやってきたなら。
 こういう場合責められるのは男ではなく女の方だ。
 更にアラベラは従属国の人間だ。嫉妬と妬みで酷い嫌がらせを受けることは想定できる。
 流石に他国ではアンドリュース公爵家も彼女を守り切れない。

 どうにか不敬にならないよう、オスカーの求婚を断れないものか。
 イザークが胃痛を感じながら口を開こうとするのを正面のアラベラが視線で止める。

「オスカー殿下、私を妻に望む理由をお聞かせ頂いても宜しいですか?」

 そんなのお前の美しさに惚れたからだろう。口に出来ない言葉をイザークは飲み込む。
 久し振りに見る以前の美貌を取り戻したアラベラの顔は、兄の目には美の女神にも傾国の美女にも映った。 

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