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17.銀狼は公爵令嬢の呼びかけに応える
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アラベラが無言で見つめていると、青年の銀色の睫毛が震える。
ナヴィスにはこんな美しい銀色の髪と睫毛を持つ人間はいない。
アンドリュース公爵家の令嬢として、そして王太子妃として教育を受けていた彼女は相手の正体に気づいていた。
この男性は恐らくヴェルデン王家の人間。
今は瞳を閉ざしているが、それが美しい赤色をしていることをアラベラは知っている。
そんな彼に剣を抜こうとしていたサディアスを必死で止めたことを思い出す。
王宮内の一番豪華なダンスホール。そこから続くバルコニーにアラベラはこの青年と立っていた。
しかし何故己があの場に居たかは思い出せない。
誰かに連れてこられた気がするが、それが何者かは記憶に無かった。
アラベラがうっすらと覚えているのは、自分を掴む手の熱。
そして神秘的に輝く銀色の髪。
こちらを見つめる紅玉のような瞳。
彼に守る様に引き寄せられ、間近でその声を聞いた。
「いい加減にしろ」
低く、威厳のある声だった。静かな怒りに満ちたその声を何故かアラベラは嬉しいと感じた。
やっと気づいてくれた。やっと止めてくれた。
やっと、誰かが彼を叱ってくれた。自分以外の誰かが。
その時アラベラは何年も王太子と大人たちの間に立たされ続けた自分が救われる気がした。
国王は自分が息子に嫌われるのを恐れていた。
教育係や臣下たちはサディアスの機嫌を損ね立場に傷がつくことを恐れた。
わたくしだって、ずっと怖かったのに。
もっと、早く恐怖を口にすればよかった。国王陛下には無理でも、父には訴えるべきだった。
サディアスに襲われて、もうこの人とは無理だと絶望を抱えてやっと話すことが出来た。
アンドリュース公爵家当主である父は、婚約解消を嘆願してくれたけれど無理だった。
それでも躾を許されない猛犬のようなサディアスと暫く距離を置くことが許されてアラベラは心底ほっとしたのだ。
一時的な逃避に過ぎなくても、本当に嬉しかった。
なのに、何も覚えていない。まるで何年も眠り続けていたように。
鮮やかな記憶は目の前の青年の事だけ。
彼はサディアスに怒り、そして普段は暴君そのもののサディアスは癇癪を我慢し必死に言い訳をしていた。
それは相手が自分よりも身分が高い相手だったからだ。
なんだ、相手次第でちゃんと我慢できるんじゃないか。
ぼんやりとした意識の中、そう虚しくなったのを覚えている。
でもサディアスの我慢は続かず、剣を抜こうとしたので結局アラベラが止めることになった。
お止めくださいと、言葉を発した途端に叫ぶことの出来ない程の激痛が走った。
心臓や眼球、体の柔らかな部分全てに鋭利な爪を立てられたような痛みだった。
それでもサディアスを必死に制止した。
ナヴィス国の公爵令嬢としてとして、サディアスの婚約者として。
彼の行動は決して国の意思では無いと、明示する必要があったから。
そうでなければ、従属国であるナヴィスが宗主国であるヴェルデンに反旗を翻したことになる。
だって、サディアスが斬ろうとした相手は。
「ヴェルデンの誇り高き銀狼、オスカー・フォン・ヴェルデン……」
「呼んだか?」
殿下と続けようとしたアラベラの声に別の声が割り込む。
眠っていた筈のオスカーは柔らかな笑みを浮かべアラベラを見ていた。
ナヴィスにはこんな美しい銀色の髪と睫毛を持つ人間はいない。
アンドリュース公爵家の令嬢として、そして王太子妃として教育を受けていた彼女は相手の正体に気づいていた。
この男性は恐らくヴェルデン王家の人間。
今は瞳を閉ざしているが、それが美しい赤色をしていることをアラベラは知っている。
そんな彼に剣を抜こうとしていたサディアスを必死で止めたことを思い出す。
王宮内の一番豪華なダンスホール。そこから続くバルコニーにアラベラはこの青年と立っていた。
しかし何故己があの場に居たかは思い出せない。
誰かに連れてこられた気がするが、それが何者かは記憶に無かった。
アラベラがうっすらと覚えているのは、自分を掴む手の熱。
そして神秘的に輝く銀色の髪。
こちらを見つめる紅玉のような瞳。
彼に守る様に引き寄せられ、間近でその声を聞いた。
「いい加減にしろ」
低く、威厳のある声だった。静かな怒りに満ちたその声を何故かアラベラは嬉しいと感じた。
やっと気づいてくれた。やっと止めてくれた。
やっと、誰かが彼を叱ってくれた。自分以外の誰かが。
その時アラベラは何年も王太子と大人たちの間に立たされ続けた自分が救われる気がした。
国王は自分が息子に嫌われるのを恐れていた。
教育係や臣下たちはサディアスの機嫌を損ね立場に傷がつくことを恐れた。
わたくしだって、ずっと怖かったのに。
もっと、早く恐怖を口にすればよかった。国王陛下には無理でも、父には訴えるべきだった。
サディアスに襲われて、もうこの人とは無理だと絶望を抱えてやっと話すことが出来た。
アンドリュース公爵家当主である父は、婚約解消を嘆願してくれたけれど無理だった。
それでも躾を許されない猛犬のようなサディアスと暫く距離を置くことが許されてアラベラは心底ほっとしたのだ。
一時的な逃避に過ぎなくても、本当に嬉しかった。
なのに、何も覚えていない。まるで何年も眠り続けていたように。
鮮やかな記憶は目の前の青年の事だけ。
彼はサディアスに怒り、そして普段は暴君そのもののサディアスは癇癪を我慢し必死に言い訳をしていた。
それは相手が自分よりも身分が高い相手だったからだ。
なんだ、相手次第でちゃんと我慢できるんじゃないか。
ぼんやりとした意識の中、そう虚しくなったのを覚えている。
でもサディアスの我慢は続かず、剣を抜こうとしたので結局アラベラが止めることになった。
お止めくださいと、言葉を発した途端に叫ぶことの出来ない程の激痛が走った。
心臓や眼球、体の柔らかな部分全てに鋭利な爪を立てられたような痛みだった。
それでもサディアスを必死に制止した。
ナヴィス国の公爵令嬢としてとして、サディアスの婚約者として。
彼の行動は決して国の意思では無いと、明示する必要があったから。
そうでなければ、従属国であるナヴィスが宗主国であるヴェルデンに反旗を翻したことになる。
だって、サディアスが斬ろうとした相手は。
「ヴェルデンの誇り高き銀狼、オスカー・フォン・ヴェルデン……」
「呼んだか?」
殿下と続けようとしたアラベラの声に別の声が割り込む。
眠っていた筈のオスカーは柔らかな笑みを浮かべアラベラを見ていた。
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