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6.異常な城内
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悪趣味な舞踏会場を背にするとオスカーは長い脚で廊下を歩く。
礼服の上着はいつのまにか彼が抱いているアラベラに毛布のように掛けられていた。
最低限の衛兵しかいない廊下を歩きながらオスカーは口を開く。
「アイン、居るか」
「御傍に」
短い言葉に同じように短く答える声。
次の瞬間オスカーの背後には黒髪の少年が控えていた。
「王は」
「部屋自体は厳重に兵たちに守られておりました」
「そうか」
「ですが……」
報告を続けようとした少年がそこで初めて主人の胸に抱かれている乙女に気づく。
「オスカー様、この令嬢は……」
「トチ狂った馬鹿に殺されそうだから攫ってきた」
「……先程までいらっしゃったのは処刑会場でなく舞踏会場ですよね?」
「そうだ、ナヴィスも随分と堕ちたものだ」
オスカーは溜息を吐きながらも歩みを止めない。
その後ろを従者のアインは遅れずついていく。
どこから見ても異国人とわかる二人を衛兵たちは物珍し気に見る。しかし止める者は誰一人として居なかった。
そのことにオスカーが静かに不機嫌になっていることを年下の従者は察した。
王城に勤める兵士がこのような無気力な勤務態度でいるのは異常だ。
しかも大柄の男が気絶している貴族令嬢を抱きかかえ歩いているのに素通りさせるなんて怠慢を通り越している。
「昔はこうでは無かった。今のナヴィスはおかしい」
「はい」
銀髪の主人の言葉に従者は心から同意した。そう答えた後、視線を彼の背中へ向ける。
城内の異様さも気になるが、今はそれ以上にオスカーの腕の中の女性が気になる。
そして彼はどこへ行こうとしているのか。来賓用の住居エリアはその方角には無い。
「そちらの令嬢を医師に診せにいかれるのですか?」
「いや、彼女の住まいまで送っていく」
「……え?」
オスカーは評判程冷酷ではないが、かといって底なしに親切な男ではない。
気を失っている貴族令嬢が相手といえ、善意だけで自らの手で送り届けるような男では無い。
それを彼に長く仕えているアインは知っていた。
不躾なのは承知だが主人がそこまでする相手への興味が抑えきれない。
それに、先程ちらりと見ただけだが真紅の髪の令嬢は目を閉じていても凄い美女だった気がする。
オスカーの隙を突いて、しっかりと令嬢の顔を確認しようかとアインが迷っていると目の前の青年が足を止めた。
アインもそれに従い立ち止まっていると、やがて前方から近づいてくる人影が見えてきた。
結構な速さでこちらに向かってくる人物は、どうやら赤毛の男性のようだ。
まだ若い整った顔には必死さと汗が浮かんでいる。そして隠し切れない怒りも。
貴族の格好をしているが室内なのに外套を身に着けたまま、従者も近くに居ない。
謎の人物はオスカーたちと視線が合う位置まで来ると、その顔を驚きに歪めた。
「……アラベラ?!」
悲鳴のような彼の言葉にアインは令嬢がアラベラという名前なのだと知った。
そしてその名と燃えるような赤い髪にどこか見覚えがあることも思い出していた。
礼服の上着はいつのまにか彼が抱いているアラベラに毛布のように掛けられていた。
最低限の衛兵しかいない廊下を歩きながらオスカーは口を開く。
「アイン、居るか」
「御傍に」
短い言葉に同じように短く答える声。
次の瞬間オスカーの背後には黒髪の少年が控えていた。
「王は」
「部屋自体は厳重に兵たちに守られておりました」
「そうか」
「ですが……」
報告を続けようとした少年がそこで初めて主人の胸に抱かれている乙女に気づく。
「オスカー様、この令嬢は……」
「トチ狂った馬鹿に殺されそうだから攫ってきた」
「……先程までいらっしゃったのは処刑会場でなく舞踏会場ですよね?」
「そうだ、ナヴィスも随分と堕ちたものだ」
オスカーは溜息を吐きながらも歩みを止めない。
その後ろを従者のアインは遅れずついていく。
どこから見ても異国人とわかる二人を衛兵たちは物珍し気に見る。しかし止める者は誰一人として居なかった。
そのことにオスカーが静かに不機嫌になっていることを年下の従者は察した。
王城に勤める兵士がこのような無気力な勤務態度でいるのは異常だ。
しかも大柄の男が気絶している貴族令嬢を抱きかかえ歩いているのに素通りさせるなんて怠慢を通り越している。
「昔はこうでは無かった。今のナヴィスはおかしい」
「はい」
銀髪の主人の言葉に従者は心から同意した。そう答えた後、視線を彼の背中へ向ける。
城内の異様さも気になるが、今はそれ以上にオスカーの腕の中の女性が気になる。
そして彼はどこへ行こうとしているのか。来賓用の住居エリアはその方角には無い。
「そちらの令嬢を医師に診せにいかれるのですか?」
「いや、彼女の住まいまで送っていく」
「……え?」
オスカーは評判程冷酷ではないが、かといって底なしに親切な男ではない。
気を失っている貴族令嬢が相手といえ、善意だけで自らの手で送り届けるような男では無い。
それを彼に長く仕えているアインは知っていた。
不躾なのは承知だが主人がそこまでする相手への興味が抑えきれない。
それに、先程ちらりと見ただけだが真紅の髪の令嬢は目を閉じていても凄い美女だった気がする。
オスカーの隙を突いて、しっかりと令嬢の顔を確認しようかとアインが迷っていると目の前の青年が足を止めた。
アインもそれに従い立ち止まっていると、やがて前方から近づいてくる人影が見えてきた。
結構な速さでこちらに向かってくる人物は、どうやら赤毛の男性のようだ。
まだ若い整った顔には必死さと汗が浮かんでいる。そして隠し切れない怒りも。
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謎の人物はオスカーたちと視線が合う位置まで来ると、その顔を驚きに歪めた。
「……アラベラ?!」
悲鳴のような彼の言葉にアインは令嬢がアラベラという名前なのだと知った。
そしてその名と燃えるような赤い髪にどこか見覚えがあることも思い出していた。
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