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5.銀狼の怒り
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「お止め、くださいっ……!」
サディアスの動きを止めたのは苦し気に叫ぶ声だった。
それを発したのは狂女と呼ばれたアラベラ・アンドリュース公爵令嬢。
彼女は蒼白な顔をしながらそれでも強いまなざしで前婚約者を見つめた。
「サディアス殿下、そのようなことをすれば、この国が終わってしまいます……!」
息も絶え絶えに吐き出したアラベラの体を逞しい腕が支える。
ヴェルデンの第二王子オスカーの物だった。
「大丈夫だアラベラ嬢、奴は今日帯剣をしていない」
労わるように告げるとオスカーはサディアスを指差す。
そこには指摘されて気づいたのか顔を真っ赤にして二人を見つめ返すナヴィス王太子の姿があった。
「では……」
「この件については貴女に免じて父に黙っておこう」
最もあんな小僧の鈍ら剣で傷つく俺ではないがな。
悪戯っぽく微笑む銀の美男子にアラベラは安堵の微笑みで返した。
次の瞬間その体から力が抜ける。
オスカーはそれを難なく抱き留めた。
「……魅了の呪毒に無理やり抗ってまで王太子を止めようとしたのか」
大した忠義心、いや愛国心だ。
そう呟くと宗主国の第二王子は従属国の王太子を再び見つめる。
「ナヴィスの小倅、お前が先程行った婚約破棄は国王の承認済みか?」
自分より二歳年上なだけの相手に若さを侮られサディアスは不機嫌を隠さず頷く。
「はい、父からは言葉と書状で許可を得ております。当然ではありませんか」
こんな頭のおかしい女を王室に入れる訳にはいかないのだから。
そう蔑むような目でアラベラを見たサディアスは僅かな驚きを顔に浮かべる。
一年前から中身だけでなく容姿も醜くなっていった元婚約者。
だが、今ヴェルデン第二王子の腕に抱かれている彼女は以前の艶やかな美貌を取り戻しているように見えた。
それをもっと良く見ようとしたサディアスだが、それは叶わなかった。
「俺に剣を向けようとした礼だ」
その言葉が聞こえると同時にナヴィス王太子の腹部を強い衝撃が襲う。
「がっ、はっ……!」
「御自慢の大したことの無い顔は殴らないでやったぞ」
「オス……! げえ、っ……!」
「では失礼する」
狩りをする狼の俊敏さでサディアスに近づき一発お見舞いしたオスカーは、アラベラを大事そうに両手で抱え直す。
そして一直線に出口へと歩いて行った。
誰も彼の歩みを止める者は居ない。絨毯に胃液を吐き悶絶する自国の王太子に駆け寄る者も居ない。
彼の恋人である筈のエミリも先程サディアスに突き飛ばされた位置で青褪め震えるだけだった。
皆、ヴェルデンの銀狼の怒りが己に向かないようにひたすら祈り続けていた。
サディアスの動きを止めたのは苦し気に叫ぶ声だった。
それを発したのは狂女と呼ばれたアラベラ・アンドリュース公爵令嬢。
彼女は蒼白な顔をしながらそれでも強いまなざしで前婚約者を見つめた。
「サディアス殿下、そのようなことをすれば、この国が終わってしまいます……!」
息も絶え絶えに吐き出したアラベラの体を逞しい腕が支える。
ヴェルデンの第二王子オスカーの物だった。
「大丈夫だアラベラ嬢、奴は今日帯剣をしていない」
労わるように告げるとオスカーはサディアスを指差す。
そこには指摘されて気づいたのか顔を真っ赤にして二人を見つめ返すナヴィス王太子の姿があった。
「では……」
「この件については貴女に免じて父に黙っておこう」
最もあんな小僧の鈍ら剣で傷つく俺ではないがな。
悪戯っぽく微笑む銀の美男子にアラベラは安堵の微笑みで返した。
次の瞬間その体から力が抜ける。
オスカーはそれを難なく抱き留めた。
「……魅了の呪毒に無理やり抗ってまで王太子を止めようとしたのか」
大した忠義心、いや愛国心だ。
そう呟くと宗主国の第二王子は従属国の王太子を再び見つめる。
「ナヴィスの小倅、お前が先程行った婚約破棄は国王の承認済みか?」
自分より二歳年上なだけの相手に若さを侮られサディアスは不機嫌を隠さず頷く。
「はい、父からは言葉と書状で許可を得ております。当然ではありませんか」
こんな頭のおかしい女を王室に入れる訳にはいかないのだから。
そう蔑むような目でアラベラを見たサディアスは僅かな驚きを顔に浮かべる。
一年前から中身だけでなく容姿も醜くなっていった元婚約者。
だが、今ヴェルデン第二王子の腕に抱かれている彼女は以前の艶やかな美貌を取り戻しているように見えた。
それをもっと良く見ようとしたサディアスだが、それは叶わなかった。
「俺に剣を向けようとした礼だ」
その言葉が聞こえると同時にナヴィス王太子の腹部を強い衝撃が襲う。
「がっ、はっ……!」
「御自慢の大したことの無い顔は殴らないでやったぞ」
「オス……! げえ、っ……!」
「では失礼する」
狩りをする狼の俊敏さでサディアスに近づき一発お見舞いしたオスカーは、アラベラを大事そうに両手で抱え直す。
そして一直線に出口へと歩いて行った。
誰も彼の歩みを止める者は居ない。絨毯に胃液を吐き悶絶する自国の王太子に駆け寄る者も居ない。
彼の恋人である筈のエミリも先程サディアスに突き飛ばされた位置で青褪め震えるだけだった。
皆、ヴェルデンの銀狼の怒りが己に向かないようにひたすら祈り続けていた。
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