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エピローグ
118話 奇妙な失踪
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スキルは、ちゃんと発動したと思う。
目の前の小さな体から耳をつんざくような叫び声と小さく短い悲鳴の二つが確かに聞こえたから。
多分前者はキルケーのものだ。
散々冒険者たちを弄び絶望させてきた魔族が確かに恐怖に怯えていた。
そしてその隙を青年クロノは見逃さなかった。
「魔力、封印……!」
決意に満ちた宣言が背後から聞こえ、数秒後黒翼の少女が二重の苦悶を叫ぶ。
封じられる程の魔力を持たない俺は何も感じなかったけれど、クロノとキルケーはそうじゃない。
仕方がないと言え苦痛に歪むクロノの顔を胸が痛む思いで俺は見つめていた。正気に戻ってくれと願いながら。
そしてそれは唐突に起きた。
赤い紋章がペラリと少女の額から剥がれ落ちたのだ。
「……は?」
予想外の現象に間抜けな声が出る。そんな、タトゥーシールじゃないのだから。
クロノから離れた紋章は空中をひらりと舞って静かに落ちていく。
そして地面に落ちたそれは死にかけの赤い蝶のようだった。蛾かもしれない。
紋章が取れたクロノの様子を観察する。髪は長いままだが角と黒翼は消えていた。肌に触れるとぬくもりはちゃんとある。
「良かった……」
安堵の声を上げると少女の体がこちらへ倒れこんできた。慌てて抱き留める。意識は無いらしい。
俺はクロノに自分の上着をかけると地面へと寝かせる。
そして彼女が大切そうに抱きしめていた剣を謝りながら取り上げた。
まだ、やることがある。
地に落ちたキルケーの紋章はまだ生きていた。
先程虫に見えたのは、微かに動いていたからだ。それは見間違いではなかった。
そのまま放置すれば絶命するかもしれない。だが俺は確実に息の根を止めたかった。
鞘から抜いた剣を、紛い物の蝶へ思い切り突き刺した。
糸だけで出来た羽は大きな刃により左右に千切れた。昆虫標本なら失敗だ。
『ギャアアアアア!』
どこから出ているのかわからない悲鳴と共に禍々しい紋章がようやく塵になっていく。
そして、その下の地面も崩れていった。
キルケーが滅んだから彼女の創り上げたこの精神世界も崩壊するのか。
なら、今度こそ元の場所に戻れるのか。そう安直に喜びそうになる。
「いや、駄目だ……!」
捕らえられた冒険者たちの体は氷のように冷たい湖の中だ。そのまま目覚めてもすぐに死んでしまう。
慌てて立ち上がろうとして、しかし出来なかった。立つ為の地面が既に無かったのだ。撤収行為が早過ぎるだろう。
しかも気づけば周囲も白一色だ。蛍の光がどこからか聞こえてきそうな雰囲気さえしている。
必死に床をイメージしてみたが、影も形も現れない。
「ちょ、ちょっと待って……ちょ、待てよ!」
しかしその願いは叶わなかった。
俺はバタバタと見苦しく足掻きながらどこかへ落ちていった。
□□□
結論から言おう、あの場にいた冒険者たちは皆生きて戻ることが出来た。
それを知らされたのはキルケーとの戦いから一週間過ぎた頃だった。
俺は数日間意識を失ったままだったのだ。
目覚めた当初は頭痛が酷かったが、それも二日程で治まった。
肉体の怪我は無かった。凍傷にもなってないらしい。
これはミアンたち術者が頑張ったお陰だ。
魔族化したクロノに魔力を吸われることを避けて一か所に集まっていたお陰で力を合わせることが出来たらしい。
そして意外なことに一番の功労者はエスト治癒術が得意なエストだった。
極寒の湖の中誰よりも早く目覚めた彼女が他の術者たちに活性の魔術をかけたのだ。
そして水の冷たさに耐えられるようになった術者たちがミアンを軸に合同で魔術を使い水温を上げることに成功した。
「冬の海に浸かりながら祈りを捧げるのは、ライトフレア様に仕える為の修行でよく行いましたから」
夕方から夜明けまで祈り続けた時に比べれば余裕でした。
そう穏やかに微笑む様子は聖女のように神々しかったが、色々な意味で寒気がした。
「でもアルヴァが前もってやるべきことを示してくれたから助かったのは事実ですよ」
何の策も無いまま精神が肉体に戻ってもそのまま死んでいたでしょうから。
そう言われて照れ臭く感じつつ、事前のやり取りが無駄ではなかったことにホッとする。
全く予定通りには運ばなかったが打ち合わせをしていて本当に良かった。
「アルヴァがあの場所に居てくれて本当に助かりました。流石私たちのリーダーですね」
そう手放しで褒められて嬉しさと居心地の悪さが半々の気分になる。
同じことはカースにも言われた。ブロックはいつも通りの無口だったが見舞いの花を持ってきてくれた。
殆ど会話したことはないけど彼は優しい人なのだと思う。
だからこそ無理な戦いで肉壁として死なせてしまったけれど。もう絶対そんなことはしない。
気絶したままの俺を運んでくれたのもブロックらしい。
あの洞窟から生還した冒険者たちは、一旦村まで戻ったそうだ。
そして異常に気付いた。村人たちが誰一人存在しなかったのだ。
更におかしなことにどの畑も枯れていなかったし飼われていた家畜も餓死していなかった。
台所に切りかけの野菜が放置されたままの家もあったらしい。
普通に生活していた住民が突然消えてしまったようだという話だった。
もしかしたらキルケーたち魔族が関与しているのかもしれないが、今はまだ何の情報も掴めていないらしい。
アキツ村は現在調査のため閉鎖されている。当然洞窟もだ。
目の前の小さな体から耳をつんざくような叫び声と小さく短い悲鳴の二つが確かに聞こえたから。
多分前者はキルケーのものだ。
散々冒険者たちを弄び絶望させてきた魔族が確かに恐怖に怯えていた。
そしてその隙を青年クロノは見逃さなかった。
「魔力、封印……!」
決意に満ちた宣言が背後から聞こえ、数秒後黒翼の少女が二重の苦悶を叫ぶ。
封じられる程の魔力を持たない俺は何も感じなかったけれど、クロノとキルケーはそうじゃない。
仕方がないと言え苦痛に歪むクロノの顔を胸が痛む思いで俺は見つめていた。正気に戻ってくれと願いながら。
そしてそれは唐突に起きた。
赤い紋章がペラリと少女の額から剥がれ落ちたのだ。
「……は?」
予想外の現象に間抜けな声が出る。そんな、タトゥーシールじゃないのだから。
クロノから離れた紋章は空中をひらりと舞って静かに落ちていく。
そして地面に落ちたそれは死にかけの赤い蝶のようだった。蛾かもしれない。
紋章が取れたクロノの様子を観察する。髪は長いままだが角と黒翼は消えていた。肌に触れるとぬくもりはちゃんとある。
「良かった……」
安堵の声を上げると少女の体がこちらへ倒れこんできた。慌てて抱き留める。意識は無いらしい。
俺はクロノに自分の上着をかけると地面へと寝かせる。
そして彼女が大切そうに抱きしめていた剣を謝りながら取り上げた。
まだ、やることがある。
地に落ちたキルケーの紋章はまだ生きていた。
先程虫に見えたのは、微かに動いていたからだ。それは見間違いではなかった。
そのまま放置すれば絶命するかもしれない。だが俺は確実に息の根を止めたかった。
鞘から抜いた剣を、紛い物の蝶へ思い切り突き刺した。
糸だけで出来た羽は大きな刃により左右に千切れた。昆虫標本なら失敗だ。
『ギャアアアアア!』
どこから出ているのかわからない悲鳴と共に禍々しい紋章がようやく塵になっていく。
そして、その下の地面も崩れていった。
キルケーが滅んだから彼女の創り上げたこの精神世界も崩壊するのか。
なら、今度こそ元の場所に戻れるのか。そう安直に喜びそうになる。
「いや、駄目だ……!」
捕らえられた冒険者たちの体は氷のように冷たい湖の中だ。そのまま目覚めてもすぐに死んでしまう。
慌てて立ち上がろうとして、しかし出来なかった。立つ為の地面が既に無かったのだ。撤収行為が早過ぎるだろう。
しかも気づけば周囲も白一色だ。蛍の光がどこからか聞こえてきそうな雰囲気さえしている。
必死に床をイメージしてみたが、影も形も現れない。
「ちょ、ちょっと待って……ちょ、待てよ!」
しかしその願いは叶わなかった。
俺はバタバタと見苦しく足掻きながらどこかへ落ちていった。
□□□
結論から言おう、あの場にいた冒険者たちは皆生きて戻ることが出来た。
それを知らされたのはキルケーとの戦いから一週間過ぎた頃だった。
俺は数日間意識を失ったままだったのだ。
目覚めた当初は頭痛が酷かったが、それも二日程で治まった。
肉体の怪我は無かった。凍傷にもなってないらしい。
これはミアンたち術者が頑張ったお陰だ。
魔族化したクロノに魔力を吸われることを避けて一か所に集まっていたお陰で力を合わせることが出来たらしい。
そして意外なことに一番の功労者はエスト治癒術が得意なエストだった。
極寒の湖の中誰よりも早く目覚めた彼女が他の術者たちに活性の魔術をかけたのだ。
そして水の冷たさに耐えられるようになった術者たちがミアンを軸に合同で魔術を使い水温を上げることに成功した。
「冬の海に浸かりながら祈りを捧げるのは、ライトフレア様に仕える為の修行でよく行いましたから」
夕方から夜明けまで祈り続けた時に比べれば余裕でした。
そう穏やかに微笑む様子は聖女のように神々しかったが、色々な意味で寒気がした。
「でもアルヴァが前もってやるべきことを示してくれたから助かったのは事実ですよ」
何の策も無いまま精神が肉体に戻ってもそのまま死んでいたでしょうから。
そう言われて照れ臭く感じつつ、事前のやり取りが無駄ではなかったことにホッとする。
全く予定通りには運ばなかったが打ち合わせをしていて本当に良かった。
「アルヴァがあの場所に居てくれて本当に助かりました。流石私たちのリーダーですね」
そう手放しで褒められて嬉しさと居心地の悪さが半々の気分になる。
同じことはカースにも言われた。ブロックはいつも通りの無口だったが見舞いの花を持ってきてくれた。
殆ど会話したことはないけど彼は優しい人なのだと思う。
だからこそ無理な戦いで肉壁として死なせてしまったけれど。もう絶対そんなことはしない。
気絶したままの俺を運んでくれたのもブロックらしい。
あの洞窟から生還した冒険者たちは、一旦村まで戻ったそうだ。
そして異常に気付いた。村人たちが誰一人存在しなかったのだ。
更におかしなことにどの畑も枯れていなかったし飼われていた家畜も餓死していなかった。
台所に切りかけの野菜が放置されたままの家もあったらしい。
普通に生活していた住民が突然消えてしまったようだという話だった。
もしかしたらキルケーたち魔族が関与しているのかもしれないが、今はまだ何の情報も掴めていないらしい。
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