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第四章
117話 負け犬の切り札
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「じゃあ、俺からやってみる」
「ええ、お願いします」
黒翼姿の少女を前に俺と半透明の青年は会話する。
少し前に青年姿のクロノを魔術師たちの元に連れていき可能な限り魔力面を強化してもらった。
お陰でミアンたちはガス欠一歩手前の状態だ。だからこの場所からできるだけ遠くに避難して貰っている。
俺にはそういった強化は必要ない。寧ろ邪魔だ。
今から使うスキルは相手との力量差がある程効果を発揮するギャンブル性の高いものなのだから。
しかも初めて使う。緊張するなんてものじゃない。
心臓が耳にあるんじゃないと思うぐらいにドクドクとうるさい。でも止まっているよりはいい。
大丈夫、決死の作戦はこれが初めてじゃない。
通り魔を妨害した時、巨大スライムと戦った時、暴走した魔猪を食い止めようとした時。
そしてこれで四回目だ。四回目。
「……縁起悪いな」
四は死に通じる。じゃあ実際に死んだ通り魔戦は抜いて三回にしておこう。
どうでもいいことを考えて平静を装う。そしてじりじりと彼女に近づいていく。
残り一メートルぐらいの距離で一旦足を止めた。止めざるを得なかった。
「なる、ほど」
やたらと塩辛い唾液が口の中に溢れてきて苦しいので吐いたら赤かった。
目から涙が止まらないしそれがやたらとしみる。多分これも赤い色をしている。
だがもう少し近づかないと、強者への威圧は使えない気がした。
歩みを再開する。その度に痛みが増大していく。
今の状況は生命力を吸収されているというより毒ガスを吸い込んでいるようだ。
殺生石という石を思い出した。昔話だ。化狐の玉藻の前が退治された後大きな石に変じた姿。
それに近づいた生き物は死ぬと言われている。
「……でも俺はこの程度じゃ死なないぞ、というか生きてるから安心しろ、クロノ」
そう粘ついた口を動かして話す。黒天使の羽根がぴくりと動いた気がした。
錯覚ではなかったようで、少しして彼女の唇が開く。
『コナ、イデ……コロシテ……』
『コッチヘオイデ、ダキシメテアゲル……』
口は一つなのに二つの台詞が聞こえる。
しかも全然別物だ。
二つの声と言葉に、記憶が刺激される。
そのせいか魔族に囚われ泣く少女の幻が見えた。これはクロノじゃない。
ああ、彼女は俺が。そして彼が。
「大丈夫、絶対僕が助けるから……」
思い出すままヒーローの台詞を模倣する。これはゲン担ぎみたいなものだ。
一歩、また一歩とクロノに近づく。進む度に喉から血液が込み上げてくる。
吐いたら彼女の体に振りかかりそうだから根性で飲み干す。大丈夫まだ動ける。
この体が、意識がどこまで駄目になったら死ぬかは理解している。死んだことがあるからだ。
足がもつれる倒れこむようにして少女の体に触れた。
クロノ頭の角が刺さらなくてよかったと思う。刺さったとしても気づかないかもしれない。痛みはもう十分すぎる程だ。
今俺の体を蝕んでいるのは、吸収の力ではない。瘴気だ。
魔族化を経てより濃くなった彼女の魔力が、その圧倒的な闇が魔力を持たない俺の体を蹂躙しているのだ。
でも、だからこそ、俺の切り札は役に立つ。力の差があればある程。その筈だ。
「アルヴァさん、どうしてそこまで……!」
悲鳴のような呼びかけが後ろから聞こえる。青年の方のクロノだろう。
なぜここまで無理をして近づくのか。そう問いかけたのかもしれない。
耳もまともに聞こえなくなってきた。水中に落ちた時のようだ。
「近づく理由が、あるんだよ……」
そう呟く。堕天使の姿になったクロノ。一番目立つのは黒く大きな翼だ。
でもそれよりも注目すべきは額に輝く赤い紋章だった。
俺はそれを知っている。思い出したのはつい先程だけど。
来ないでと訴えるクロノの声が過去の記憶を呼び戻したのだ。
自分の書いた小説の中、生贄の少女が魔族に体を乗っ取られた時に現れたそれ。
「俺の設定だと胸に出ていた筈なんだが……」
そのことに主人公が気づくのは殺して止めてくれと懇願する少女を泣きながら剣で貫いた後だ。
甲高い悲鳴と共に少女の魔族化が解ける。
人間に戻った少女は裸体で、剣で刺された筈のその胸から紋章がフッと消えるのだ。
そしてその紋章こそが術者の魂の一部だった。結果魔族の支配から解放され少女は生還する。
今まで忘れていたのは紋章の場所が違うことに加え、多分そのエピソードが俺にとって黒歴史だったからだろう。
中学の頃書いたとはいえ、そこまでして裸の少女を出したかったのかと気恥ずかしくなる。
だが思い出せて良かった。今のクロノを支配してしてる核がそこだろうからだ。
「引っ込めよ、キルケー……クロノから離れろ」
そう唸るように言って手のひらに気を込める。そして少女の額を思いきり押した。
途端に手を放したくなる。熱した焼き鏝をじゅうじゅうと押し付けられているように熱かった。
痛いし苦しいし怖い。だがこれこそ「当たり」なのだと喜ぶ気持ちがわいてくる。
だから絶対この手を離さない。
キルケーの精神がクロノを支配しているなら効き目も二人分、つまり二倍になるだろう。そう信じる。
「怯え落ちろ、優越なるものよ……這いずる愚者の怒りを受けるがいい」
言葉が考える前に口から出る。そして謎の力が掌から放たれる。
それはまるで呪詛にも似た、上にいるものの足を引っ張り追い落とそうとするような、昏い熱意だった。
成程、これはアルヴァ・グレイブラッドにピッタリのスキルだ。
見上げ続けた者にしか、この力はきっと扱えない。
「簒奪よ、逆転せよ……強者への威圧!」
目に見えない爆発。
手首が丸ごとなくなるような感覚と共に俺はそのスキルを発動させた。
「ええ、お願いします」
黒翼姿の少女を前に俺と半透明の青年は会話する。
少し前に青年姿のクロノを魔術師たちの元に連れていき可能な限り魔力面を強化してもらった。
お陰でミアンたちはガス欠一歩手前の状態だ。だからこの場所からできるだけ遠くに避難して貰っている。
俺にはそういった強化は必要ない。寧ろ邪魔だ。
今から使うスキルは相手との力量差がある程効果を発揮するギャンブル性の高いものなのだから。
しかも初めて使う。緊張するなんてものじゃない。
心臓が耳にあるんじゃないと思うぐらいにドクドクとうるさい。でも止まっているよりはいい。
大丈夫、決死の作戦はこれが初めてじゃない。
通り魔を妨害した時、巨大スライムと戦った時、暴走した魔猪を食い止めようとした時。
そしてこれで四回目だ。四回目。
「……縁起悪いな」
四は死に通じる。じゃあ実際に死んだ通り魔戦は抜いて三回にしておこう。
どうでもいいことを考えて平静を装う。そしてじりじりと彼女に近づいていく。
残り一メートルぐらいの距離で一旦足を止めた。止めざるを得なかった。
「なる、ほど」
やたらと塩辛い唾液が口の中に溢れてきて苦しいので吐いたら赤かった。
目から涙が止まらないしそれがやたらとしみる。多分これも赤い色をしている。
だがもう少し近づかないと、強者への威圧は使えない気がした。
歩みを再開する。その度に痛みが増大していく。
今の状況は生命力を吸収されているというより毒ガスを吸い込んでいるようだ。
殺生石という石を思い出した。昔話だ。化狐の玉藻の前が退治された後大きな石に変じた姿。
それに近づいた生き物は死ぬと言われている。
「……でも俺はこの程度じゃ死なないぞ、というか生きてるから安心しろ、クロノ」
そう粘ついた口を動かして話す。黒天使の羽根がぴくりと動いた気がした。
錯覚ではなかったようで、少しして彼女の唇が開く。
『コナ、イデ……コロシテ……』
『コッチヘオイデ、ダキシメテアゲル……』
口は一つなのに二つの台詞が聞こえる。
しかも全然別物だ。
二つの声と言葉に、記憶が刺激される。
そのせいか魔族に囚われ泣く少女の幻が見えた。これはクロノじゃない。
ああ、彼女は俺が。そして彼が。
「大丈夫、絶対僕が助けるから……」
思い出すままヒーローの台詞を模倣する。これはゲン担ぎみたいなものだ。
一歩、また一歩とクロノに近づく。進む度に喉から血液が込み上げてくる。
吐いたら彼女の体に振りかかりそうだから根性で飲み干す。大丈夫まだ動ける。
この体が、意識がどこまで駄目になったら死ぬかは理解している。死んだことがあるからだ。
足がもつれる倒れこむようにして少女の体に触れた。
クロノ頭の角が刺さらなくてよかったと思う。刺さったとしても気づかないかもしれない。痛みはもう十分すぎる程だ。
今俺の体を蝕んでいるのは、吸収の力ではない。瘴気だ。
魔族化を経てより濃くなった彼女の魔力が、その圧倒的な闇が魔力を持たない俺の体を蹂躙しているのだ。
でも、だからこそ、俺の切り札は役に立つ。力の差があればある程。その筈だ。
「アルヴァさん、どうしてそこまで……!」
悲鳴のような呼びかけが後ろから聞こえる。青年の方のクロノだろう。
なぜここまで無理をして近づくのか。そう問いかけたのかもしれない。
耳もまともに聞こえなくなってきた。水中に落ちた時のようだ。
「近づく理由が、あるんだよ……」
そう呟く。堕天使の姿になったクロノ。一番目立つのは黒く大きな翼だ。
でもそれよりも注目すべきは額に輝く赤い紋章だった。
俺はそれを知っている。思い出したのはつい先程だけど。
来ないでと訴えるクロノの声が過去の記憶を呼び戻したのだ。
自分の書いた小説の中、生贄の少女が魔族に体を乗っ取られた時に現れたそれ。
「俺の設定だと胸に出ていた筈なんだが……」
そのことに主人公が気づくのは殺して止めてくれと懇願する少女を泣きながら剣で貫いた後だ。
甲高い悲鳴と共に少女の魔族化が解ける。
人間に戻った少女は裸体で、剣で刺された筈のその胸から紋章がフッと消えるのだ。
そしてその紋章こそが術者の魂の一部だった。結果魔族の支配から解放され少女は生還する。
今まで忘れていたのは紋章の場所が違うことに加え、多分そのエピソードが俺にとって黒歴史だったからだろう。
中学の頃書いたとはいえ、そこまでして裸の少女を出したかったのかと気恥ずかしくなる。
だが思い出せて良かった。今のクロノを支配してしてる核がそこだろうからだ。
「引っ込めよ、キルケー……クロノから離れろ」
そう唸るように言って手のひらに気を込める。そして少女の額を思いきり押した。
途端に手を放したくなる。熱した焼き鏝をじゅうじゅうと押し付けられているように熱かった。
痛いし苦しいし怖い。だがこれこそ「当たり」なのだと喜ぶ気持ちがわいてくる。
だから絶対この手を離さない。
キルケーの精神がクロノを支配しているなら効き目も二人分、つまり二倍になるだろう。そう信じる。
「怯え落ちろ、優越なるものよ……這いずる愚者の怒りを受けるがいい」
言葉が考える前に口から出る。そして謎の力が掌から放たれる。
それはまるで呪詛にも似た、上にいるものの足を引っ張り追い落とそうとするような、昏い熱意だった。
成程、これはアルヴァ・グレイブラッドにピッタリのスキルだ。
見上げ続けた者にしか、この力はきっと扱えない。
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