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第四章

116話 対堕天使作戦

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「魔力を、吸収……」

 俺は堕天使のような姿になったクロノを見て呟く。
 今のところ体調不良は感じていない。俺は魔力を殆ど有していないからだろうか。
 けれど俺と違いミアンは具合が悪そうだ。彼女にこの場から離れるようにと告げると、素直に下がっていった。

 今目に入る範囲には二人のクロノしかいない。
 少女のクロノは天使と悪魔が入り混じったような姿に、青年のクロノは幽霊のようになってしまっている。
 俺は透明になった彼に視線を向けた。

「……なぜ僕が消えていないか不思議ですか?」

 苦笑いで訊ねてくる青年に俺は頷いた。
 キルケーによって魔族化させられクロノが魔力を求めるなら、彼は真っ先に吸収されてもおかしくない。
 何故なら二人は同一人物、そしてこの青年の少女の魔力で創られた存在なのだから。
 けれど彼は幽かな姿になってもまだ俺の目の前にいる。

「正直僕にもわかりません。キルケーの意思かもしれない」

 確かにあの女魔族は男の姿のクロノを異様に気に入っていた。
 だから彼が消えてしまわないようにと手を打った可能性はある。

「もしかしたら僕も急に魔族化するかもしれない……怖いですか?」
「怖いというか……詰んだなとは、思うかもしれない」

 そもそもこの世界からキルケーが消えてしまっている。
 倒せば脱出できると信じていた討伐対象がいなくなった上で俺たちは閉じ込められたままだ。
 オーリックに殺されて死の淵をさまよった時に気づいた。
 この場所で死ぬということは魂が死ぬということだと。

 少し前にいた悪夢の世界とは似ているようで違う。
 あれは繰り返し絶望させる為の世界だった。
 だからだろうか、今考えると「死」がとても浅く軽かった。
 繰り返す悪い夢の中で死は偽物でしかなかった。殺された時もリアリティがなかった。
 だからすぐ夢だと気づけたのだ。

 ただ、この場所は違う。
 魔物になったオーリックに貫かれた時、懐かしい感覚がした。
 痛みとともに自分の中から何かが剥がれていく喪失感。
 そして「自分」がどこかへ連れ去られる寂寥。あれは確かに死だった。
 何よりもクロノに斬られたオーリックの死体が、これは夢でないと訴えてくる。

 夢であったならどれだけ良かっただろうか。
 この世界から脱出できた後、オーリック殺しについてクロノが責められないようにしなければいけない。
 そんなことを考えている自分に気づき、楽観的だなと内心で自嘲した。
 出る為の方法さえ考え直さなければいけないのに。そして少女の方のクロノを人間に戻す方法もだ。
  
「でも俺は、いや俺たちは必ずこの世界から出るよ。方法は……その、まだ思いついていないけど」

 先程うっかり吐いた弱音を打ち消すように俺は言う。
 半透明の青年は安心したように笑った。  

「なら、賭けをしませんか」
「賭け?」
「ええ、僕が消えない理由が本物のクロノの意思だと信じる賭けです」

 そういって彼は黒翼の少女を振り返る。
 魔族の姿になり今も周囲の魔力を吸収しているらしいが、オーリックのように俺たちに襲い掛かる様子はない。
 それももしかしたら彼女の抵抗なのかもしれない。
 魔力や生命力が必要なら冒険者たちを捕えて吸い取る方が早いだろう。
 オーリックを軽く屠った今の今のクロノにはそれが出来る筈だ。
 でも彼女はネジの切れた人形のように動かない。
 眠るように瞼を閉じ大人しく座っている。

「クロノの意思……」
「そう、そして僕もクロノです。だから本体程の出力でなくても魔力封印を僕も使える筈だ」
「魔力封印を?」

 確かに同じクロノという存在なら彼にもその術は使えるかもしれない。
 だが対象だってキルケーはもうこの場にはいない筈だ。
 俺が首を傾げると青年は少女を指さした。

「そうです、それで魔族になりかけている彼女の魔力を封印します」

 上手くいけば彼女は人間に戻れるかもしれない。
 俺は彼の提案にすぐさま賛成する。反対する理由はどこにもなかった。

「わかった。今すぐ使ってくれ」
「いえ、発動するのはあのクロノに触れられる距離まで近づいてからです。それと……」
「それと?」
「彼女の魔力耐性を瞬間だけでもいいので弱体化、可能なら無効化してください」
「そんなこと、したことないんだが……」

 急に難しい指示を出され途方に暮れた声を出す。
 大丈夫ですよと青年は力強く笑った。

「魔術は使い手の精神状態に強く影響されます。無意識に発動しているものもです」
「精神状態……」
「貴男にはとっておきのスキルがあるじゃないですか」

 今の彼女はきっと貴男よりもずっと強い筈ですよ。
 そう言われ、それは今に始まったことではないと思いながら考える。
 そして気づいた。

「ああ、あれか」
「そう、それです」

 具体的な名称を言わず呟いた俺に合わせるように青年も返す。
 今の会話をミアン辺りが聞いていたらイライラしそうだなと思った。

「強者への威圧……わかった、クロノに使ってみる。隙は一瞬でいいんだな」
「ええ、お願いします」

 俺は強く頷き、そして二人で黒翼に包まれた少女へと歩み寄った。

 
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