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第四章

114話 鼓動と引き換えたもの

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 クロノを英雄に育て上げろ。
 その代わりに俺が死んでやる。

 アルヴァから言われた二つの台詞はどちらも聞き流せないものだった。
 けれどこちらが何か言いだす前に腹を思いきり殴られて悶絶する。
 そして意識を飛ばす程の痛みからやっと解放された俺がいたのは先程までの白い空間ではなかった。

「……アルヴァ?」
「ミアン……?」

 土色の天井。柔らかなぬくもりを頭の下に感じながら瞼を開く。
 長い金の髪に輪郭が包まれた美しい顔が俺を覗き込んでいた。

「よかった……!」
「俺、生きてるのか……」

 振り絞るように安堵の声を吐く彼女の膝で俺は生を実感した。
 腹を殴られた痛みは綺麗に消えていた。
 ではオーリックに貫かれた胸はどうなっているのだろう。
 手を伸ばせば破れた布に触れたが肌に傷はついていないようだった。そんな筈はないのに。

「胸の傷は私たち治癒術を使える者総出で癒しました」
「エスト……?」

 シスター服に似た衣装で微笑むパーティーメンバーの名前を呼ぶ。

「心臓を貫かれたのだから普通は即死なのですけれどね」

 貴男、本当に人間ですか?
 そんな質問をしながらもエストはこちらを警戒したり恐れる様子もない。

「まあ別にアルヴァが人でなくても良いです。私の神に敵対しない存在なら」

 エストの割り切りの良さに感謝しつつ、俺はミアンの膝から頭をどけた。
 そのまま立ち上がってみたが問題なく動けた。

「でも驚きましたよ」
「え?」
「アルヴァはもう死亡していると言ってもミアンが泣いて治せと言うから仕方なく治癒術を使ったのですが」

 結果、こうやって傷は癒えて目覚めたのだから。
 本当にびっくりしました。そう言葉とは裏腹の穏やかさでエストは言う。
 俺は金髪の女炎術師の顔をまじまじと眺めた。

「ミアンお前、泣いたのか?」
「はっ?そんな訳ないでしょ!」
「はい、絶対アルヴァを助けろって泣きじゃくってただをこねてましたよ」

 そうじゃなきゃ心臓貫かれている相手に治癒術をかけるなんて魔力の無駄遣いはしません。
 あっさりとエストに言われ俺はミアンに心から感謝した。
 己の胸に手を当てると体温と鼓動を感じる。
 即死しなかったのはもしかして俺の中に『彼』がいたからかもしれない。
 そして俺がこの場所に戻ってこられたのも。

 彼が、本当のアルヴァ・グレイブラッドが代わりに死んだから。

 そう意識した途端息が詰まる程の罪悪感に襲われた。
 俺の、灰村タクミとしての人生は彼が言う通り底辺に近いものだった。
 自分に自信が無く、自信を持てる部分もなく孤独に生きて死んだ。
 でもだからこそ他人に対して一切の責任を持たずに生きてこられた。
 俺を頼る人間はいなかった。だから俺は自分を養うだけで良かった。
 親しい人間もいなかった。だから誰かに影響を与えることもなかった。

 でも、もう違う。
 俺の命は、本物のアルヴァが身代わりになって救ってくれたもの。  
 俺の代わりに彼が死んだのだ。あのアルヴァがこの異常な空間で具現化した俺の人格の一部だとしても。 
 俺が体を奪い居場所まで奪った彼は俺に「アルヴァ・グレイブラッド」の役割を委ねて消えてしまった。

 彼はクロノの素質を見抜いていた。でもプライドが邪魔して認める訳には行かなかった。
 でも本当は気づいていた。クロノを虐めて追放するよりもその素質を伸ばす方が正しいことなのだと。
 頭打ち状態の自分が上を目指すよりも、自分より圧倒的に英雄の素質があるクロノを教え導く方が評価されると理解していた。
 ただ彼にはどうしても、それが出来なかっただけで。

 アルヴァは銀級冒険者の地位とパーティーリーダーの座を得ることができる程に才能があった。
 そしてあの性格だ。クロノを自分の所有武器だと割り切る狡猾さは彼にはなかった。だから焦りと嫉妬で辛く当たった。
 彼ももしかしたらそんな自分を持て余していたのかもしれない。
 そして俺に後を託し消えていった。

 アルヴァ・グレイブラッドの名前が多くの人々の口から賞賛とともに語られること。
 きっとそれが彼の望みだったのだ。

「アルヴァ?」

 ミアンに名前を呼ばれ思考の海から戻る。
 視線をやれば紫色の瞳が俺を心配そうに見ていた。

「黙って胸押さえてるけど大丈夫?鼓動は聞こえるから心臓は動いてるってエストは言ってたけど」

 もしかして痛みがあるの。そう質問されて俺は大丈夫だと首を振った。

「痛くないよ、オーリックに貫かれたのが嘘みたいに綺麗に治っている」
「そう、良かった……って言ってもあんたにはこれから働いて貰う必要があるからなんだからね!」

 そう語気を不自然に強めて言う彼女に俺は若干戸惑いながら返した。

「わかってるよ」
「べ、別に個人的な感情で心配なんてしてないから!」
「それよりクロノとキルケーたちは?」

 そしてオーリックも。俺は頬を赤くしたミアンとその横に立つエストに尋ねる。
 回答をくれたのはエストだった。常の聖女めいた微笑みの代わりに困惑が瞳と薄い唇に滲んでいる。

「オーリックと魔族の女性は……クロノさんが倒しました」
「えっ」
「そして二人を倒した後、今度はクロノさんが魔物のようになってしまって……」

 きっと彼女を救えるのはアルヴァだけだと思うんです。
 エストの言葉に俺は絶句した。
 
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