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第四章

112話 パワーアップイベント来襲

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「そんなの、絶対ダメに決まっている!」

 俺が回答するよりも早く、声変わり前の少年のような声が断言する。少女の方のクロノだ。
 彼女は俺を庇う様に前に出てキルケーを睨みつけた。

「アルヴァさんの言う通り、お前が約束を守るなんて有り得ない」
「クロノ……」
「それにもし約束が本当でもお前になんて絶対渡さない」

 クロノが猫なら全身の毛を逆立てていただろう。
 それとも獲物を狩る前のように身を低くしているのだろうか。
 彼女からは明確な怒りと抵抗を感じる。
 キルケーに飛び掛からなかったことを褒めたいぐらいだ。

 こちらのクロノが身体強化を使えば、彼女に創造された方のクロノの存在が持たないかもしれない。
 そして青年クロノの消失という犠牲があってもキルケーを倒せると確信が出来なかった。
 実際に敵として対面した彼女は、どこまでも強さを感じさせる。直接戦闘などしていないのに。

「そうね。私も賛成だわ。嘘つき女に何度も騙される程馬鹿じゃないもの」

 当然、貴方たちもそうでしょう?
 そうミアンは他の冒険者たちを振り向きながら言った。反対意見は聞こえてこなかった。

「俺も、その取引に乗る気は無い」

 やっと自分の意見を言う。完全に取引は決裂した。いや取引にすらならなかった。
 ここにいる連中はキルケーは全員キルケーに騙されている。信じる方がおかしい。
 そして異常なのは自分の提案を一蹴されても女魔族が笑っているということだった。

「あら、可哀想にね」
「可哀想?」

 残念ならわかるが可哀想とはどういう意味だ。
 自分の提案を断るなんて愚か過ぎて哀れだということだろうか。

「ここにいる全員、貴男よりもあの男の方が大事なんですって」

 そう言いながら紫髪の魔女は蹲る赤鬼を高いヒールで踏みつける。
 ここに来て仲間割れか。いやキルケーが彼を仲間と認識しているかも疑わしい。
 先程失敗作と言い放ったばかりだ。

「魔物になったのに負けて、大切な仲間も傷つけて、腕を切り落とされても誰にも同情されない」 

 本当に可哀相な出来損ない。そう冷たい目で言い放つキルケーに何故か母の面影を見た。
 オーリックが何に絶望して魔物に堕ちたのかなんて今でも心からは理解できない。
 恵まれすぎた人生だから異常に打たれ弱かった。その認識で合っているのだろうか。

 だがそれなら、自分を魔物にしたキルケーからも見捨てられる。
 そんな今の状況はオーリックにとって更に辛く苦しいものではないか。
 僅かな同情をねじ伏せるほど嫌な予感がする。

「貴男がもし人間に戻っても、居場所なんて無いわ。私も弱い魔物(オトコ)なんていらない」
「おい、キルケー」
「可愛がってくれた家族も今の姿を見たら石を投げるでしょう。もう人間の世界に居場所なんて無いのよ」

 刃のような魔女の言葉がオーリックを深々と切り裂く幻が見えた。
 だが哀れな魔物は痛みで息絶えたりはしなかった。
 寧ろ小刻みに震えだした体に謎の生命力を感じる。
 それと同時に破裂する前の風船を見るような気持ちになった。満ちて、弾ける。
 
「オ、お、お」
「そう、全てを殺して全てに絶望しなさい。そうしたら私だけは貴男を愛してあげる」

 絶望、キルケーの口から出た言葉とオーリックの反応。
 あの女魔族は絶望をきっかけに人間を魔物に変える。
 その為にわざわざ薬と術を使って念入りに人の心を傷つけようとした。

 その理由は絶望させることで魔物にするだけではなく、絶望が深い程強い魔物になるからだとしたら。
 彼女がオーリックを罵倒し続けたのは、クロノに負けた彼を強化する為。

「止めろオーリック、絶望するな!」
「アルヴァ?」

 不思議そうなミアンの声を無視して叫ぶ。

「まだやり直しがきく、俺が何とかする!だから正気に戻れ!」
「……って、自分が見下してきたモノに哀れまれるのが一番最悪なのよね」 

 キルケーの奇妙に冷静な言葉のすぐ後、禍々しい輝きが鬼と化した金級剣士の体から溢れ出した。
 そして眩しいと感じたその時に俺の胸はオーリックの腕に貫かれていた。

 多分彼が一番憎い相手が俺だったのだろう。少し納得してその千倍後悔した。
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