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第四章

111話 下手な駆け引き

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 そうだ。当たり前のことだ。
 全部自分が思う通りに進む筈なんてない。俺は天才でも神様でも無いのだから。
 だから今必要なのは、切り替えの早さだ。

「おと、大人の方のクロノとミアン!オーリックを止めてくれ!」

 男と言いかけて慌てて変える。巨大鬼と化した金級剣士。
 彼は最早立派な剣も豪奢な鎧も身に着けていなかった。

 オーリックは意識をなくしたエウレアを持ちながら、もう片方の手を振り回し暴れ始める。
 まるで駄々をこねる子供のような頑是ない動きだが、まともに当たれば人間の頭など軽く吹き飛ばされるだろう。
 もしかしたら冒険者の何人かは既に死んでいるかもしれない。

「止めるって言っても、あいつ焼くにはエウレアが邪魔なのよ!」

 ミアンが焦りと苛立ちを滲ませて叫び返してくる。

「直接焼かずに、炎で囲むとか出来ないか?!」

 突進してくるオーリック鬼から距離を取りつつ提案する。
 獣は火を恐れるものだ。魔物となった彼から理性が消えてるなら素直に怯えてくれるかもしれない。
 
「やってみるけどぉ!」

 ミアンの自棄になったような声と同時にオーリックの前に炎の壁が生まれる。
 しかし距離が近過ぎた為、彼は怯える前にその炎へと追突することになった。

「グガァアアア!!」
「やだ、エウレアも焼けちゃう!」

 ミアンの焦り声と赤鬼の野太い悲鳴。
 俺は掴まれたたまま死んだように動かない女賢者を救おうとオーリックに近づく。
 それを止めたのは青年のクロノだった

「僕が行きます」

 言葉が聞こえたと思ったら傍らに姿はなく、視認出来たと思った時には魔物の太い腕を切り落としていた。
 その腕ごとエウレアが後方へと飛んでいく。
 それを鬼よりは劣るが巨漢のブロックが両手でしっかりと受け止めた。 


「ギ、ガアアアアア!!」
「あら、やるじゃない」

 耳が痛くなる程のオーリックの苦悶。それを意に介さないように女が笑う。
 彼を魔物にした張本人であるキルケーだ。

「これは駄目ね、素材は良いのに痛みに弱すぎるわ。残念」  

 それとも連れ帰って拷問し続ければ痛みにも強くなるのかしら。
 出来の悪い子供を見るように痛みに涙を流すオーリックを見下し女魔族は青年クロノに微笑んだ。

「でもやっぱり最優先は貴男だわ。私のものになりなさい。現実世界でも生きられるようにしてあげる」
「断る」

 キルケーはすっかり美青年姿のクロノに夢中らしい。
 しかし当然ながら誘いは冷たく一蹴された。
 予想していたのか女魔族は笑みを消すことなくすぐに口を開く。

「貴男が私の配下になるなら他の冒険者は全員解放してもいいけれど?」

 それは衝撃的な提案だった。黒髪の青年からも氷のような無表情が消え驚きを浮かべている。
 不味い、と反射的に思った。

 その提案にクロノが乗ってしまうこともだが、何よりも嫌な予感がするのは。

「ねえ、貴男達からもお願いしたら?彼が犠牲になれば皆助かるのよ」

 キルケーは優し気な口調で誘い掛ける。声の宛先は俺たちではない。
 他に捕まった冒険者たちだ。

「マジかよ……」 
「あいつ一人が犠牲になってくれれば俺たちは……?」
「大勢と一人なら、仕方ない、よな……」

 ざわめきの合間から濁った欲望が聞こえる。

「うるさい!!」

 それを打ち消すようにミアンが叫んだ。

「ミアン、さん……」
「この魔族女が本当のこと言うわけないでしょ!」

 騙されて捕まった癖に馬鹿じゃないの。
 そのセリフはブーメランになりかねないと思ったが小気味よさを感じたのは確かだ。
 出遅れたが俺も口を開いた。

「その通りだ。こいつはクロノを売った次の瞬間にお前らを殺して嘲笑うと思うぞ」

 馬鹿を馬鹿にするのが心底好きだからな。
 キルケーとそこまで付き合いが長いわけではないが、妙な確信はあった。
 
「そして運良く生き残っても俺が殺してやる。俺は仲間を売る奴は許さない」

 意識せずそんな言葉がするりと口から洩れる。
 一瞬それが己の発言だとは気づかなかった。

「あら、言うじゃない」

 ミアンが笑いかけてくる。戸惑いを一旦捨て俺は青年姿のクロノに話しかけた。

「どっちのクロノも絶対頷くなよ」
「アルヴァさん……」
「はい、わかりました!」

 青年と少女、それぞれ異なる反応に対し俺は言葉を続ける。

「そもそもキルケーは自分が圧倒的優位だと信じてる。人間ごときに誘いなんて持ち掛ける必要が無いんだ」

 人間に人間を売らせて関係をぐちゃぐちゃにして馬鹿にして笑う為の大嘘だよ。
 俺は大勢の冒険者たちに聞こえるように大声で言い放った。
 その効果か、ざわめきは消えないが不穏な台詞は聞こえてこなくなった。

「流石アルヴァ、悪人の気持ちによく通じていますね」

 エストの感心したような台詞が聞こえる。嫌味か本気の賞賛かはわからない。
 彼女はエウレアを膝枕し治癒術をかけているらしかった。その表情に焦りも絶望もないことに安堵する。
 魔物に振り回されていた女賢者の命に別状は無く治癒術で回復するだろうと思えたからだ。
 そしてエウレアに危害を加えたオーリックだが凄まじい叫び声の後から妙に静かだった。
 俯せになり小刻みに震えている。クロノに斬られた腕からは青黒い血が流れ続けていた。
 長椅子にするように彼に座ったキルケーは今度は俺に向かって話しかけた。
  
「わかったわ。じゃあ条件を変えるわね」
「条件を変えても誘いに乗ることは無いぞ」

 魔女は俺の言葉を綺麗に無視して言葉を続ける。

「この失敗作の魔物を人間に戻す代わりに、赤髪の貴男が私の奴隷になって頂戴」

 そうしたら他の冒険者たちも解放してあげる。
 胡散臭いとしか言えない微笑みをキルケーは浮かべた。
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