序盤でざまぁされる人望ゼロの無能リーダーに転生したので隠れチート主人公を追放せず可愛がったら、なぜか俺の方が英雄扱いされるようになっていた

砂礫レキ

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第四章

110話 欲しかったもの

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 正直何が起きたのかわからなかった。
 悲鳴が聞こえたと思ったら、見覚えのない化け物が冒険者たちを襲っていたのだから。
 人型ではあるだろう。しかし肌は赤黒く、額からは角が生えている。
 その大きな口からは鋭い牙がはみ出していて、目に理性は宿っていなかった。
 まるで鬼のようだ。いやそうなのかもしれない。

「グアアアッ!!」

 獣のような咆哮、その丸太を通り越し樽のような腕の先には細身の女性が掴まれていた。

「エウレアッ、エウレアァッ……!!」
「オー……リッ、ク」

 二つの名前がそれぞれの口から出る。呼び合うように。
 俺は愕然とした。

「まさか、オーリックが魔物化したのか?」
「そうみたいですね」
「だけど、なんで急に……」


 青年クロノが答える。彼の表情には焦りがあった。俺もそうだが、それ以上に困惑している。
 確かにオーリックにとって都合の悪いことばかり立て続けに起こっていた。
 騙されて魔族に捕まった上に、大勢いる冒険者のリーダー役を出来ず苛立っていたのは知っている。
 結果、俺に襲い掛かってクロノに返り討ちにされてプライドが傷ついたのも想像できる。

「でも魔物になるには深い絶望と人間に対する強い憎しみがなきゃ無理だって……」

 だからキルケーは俺たちに惨すぎる悪夢を見せた。
 魔物になった自分が人間たちに虐殺されたり、愛した女が人間たちに嬲り殺される疑似体験をさせた。
 オーリックだってそれを体験した。それでも魔物にはならなかったのに。 

「そんなの、簡単な話よ」

 蜜に浸したような甘ったるい声が頭上から聞こえる。
 無意識に抜いた剣先はしかし虚空を穿つだけだった。

「彼はそんな夢を見なかった。だって大切な存在なんていなかったのだから」

 声が聞こえる方向が変わる。
 それを負った先には巨大な赤鬼の肩に座る女魔族の姿があった。

「キルケー……!!」
「有難う、私の計画の手助けをしてくれて。お陰で本命の一つは手に入ったわ」

 優雅に微笑みつつ紫の魔女は人型の魔物の頭を撫でる。
 やはりあれはオーリックの成れの果てなのだろう。だが何故魔物になったかは理解できなかった。

「プライドが高く傲慢で何もかもに恵まれた男、それが弱者扱いされ見下していた存在に見下され、堕ちた姿がこれ」

 先程の敗北と侮蔑、それだけでオーリックはこの世界と人間を憎んだということよ。
 キルケーの言葉はわかりやすかったが、それでも納得は出来なかった。
 正直その程度でという気持ちが強い。

「理解できないでしょうね、でもそういうものだわ。私だって彼がここまで脆いとは予想していなかったのだから」

 でも様子を見ていて正解。悪戯っぽく微笑んでキルケーは俺たちを見た。

「貴方達が妙なことをしていると気づいたのはつい先程だけど、この子の記憶を見せて貰ったわ」
「ウ……ヴアゥッ」

 女魔族が赤鬼の頭から手を放す。同時にオーリックが妙な悲鳴を上げた。
 キルケーの指先はテラテラと濡れて尖った爪の先は赤かった。
 もしかして頭を撫でていたのではなく頭の中に指を突っ込んでいたのだろうか。
 そんなことを考えていると魔女は自らの指先を舌で舐めた。
  
「可哀そうに。見下していた相手に見下され敗北し、蔑まれ、見捨てられ、壊れてしまった」

 人間を一番傷つけるのはやっぱり人間なのね。知った顔で人外の美女が言う。

「オーリックはね、今回の実験で絶対魔物にしたかったの。彼の外見が一番好みだったし捕まえた中でも強い男だったから」

 でも今の本命は貴男。そうキルケーが指さしたのは俺ではなかった。
 クロノだ。だが少女ではなく、彼女が生み出した青年の姿の方だ。そういえばキルケーは面食いで男好きだった。
 なら絶世の美青年である彼を見逃す筈も無いか。

「夢世界のクロノ、本当に素敵だわ。姿はとても美しいし能力も面白い。この世界でしか存在できないのが残念」
「やっぱり、勘づいていたのか」

 僅かな悔しさを滲ませ黒髪の青年が呟く。
 当然でしょうと魔族の美女は嫣然と笑った。

「その子供が貴男を生み出したのはわかっていた。自己嫌悪が爆発した結果、自分を否定し理想の自分を生み出したのね」

 変わった魔力の持ち主だと思って捕らえたけど、私の目に狂いは無かった。
 少女の方のクロノに対しキルケーは笑った。しかしどこか小馬鹿にするような笑みだった。
 
「貴男を現実世界で運用できるか研究しようと思ったわ。オーリックの魔物化と並行してね」

 そうしたら又面白そうな獲物が洞窟に近づいてきた。キルケーの言葉と視線は今度は俺に向けられていた。

「アルヴァ・グレイヴラッド。予想以上に面白い男だったわ。でも貴男は要らない。何故か魔物にできる気がしないしなんだか嫌な予感がするもの」

 だから死んで頂戴、そう冷徹に言いながらキルケーは爪をもう一度オーリックの頭に突き刺した。

「グオオオオッ!!」

 耳が痛くなる程の叫び声を上げてオーリックがこちらへ突進してくる。
 その方角にいた冒険者たちは彼の巨体に触れた途端次から次へと吹っ飛んでいった。
 人間の姿と共に正気を失ったらしい赤鬼オーリックの腕にはぐったりとしてエウレアがまだ掴まれている。
 まるで玩具の人形のようだ。どうか生きていてくれ。そう願う。

「パーティーのリーダーである貴男が死んだなら、本体の方のクロノの心も完全に折れるかしら?」

 そうしたらクロノ・ナイトレイという存在を彼に全て明け渡して消えてくれるかもね。
 うっとりと語る女魔族に俺は怒りと焦り、そして呆れが混じった声で叫ぶ。

「っ、全部っ、自分の都合良く動くと思うなよっ!」

 それはキルケーだけでなく、オーリック、そして自分へと向けた言葉だった。
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