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第四章
107話 何かが割れる音
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「……よし、わかった。俺はアンタを信じるぜ!」
「俺もだ、取り合えず今はお前に賭けるしかなさそうだ!!」
冒険者たちの集まりの中から力強く野太い賛同が聞こえる。
そして一つ二つの大きな声に引き寄せられるように空間がじわじわと俺たちに肯定的な雰囲気になっていった。
嬉しいことは嬉しい。謎の達成感もある。
だがもっと早くこの状況になってもよかったんじゃないだろうか。
僅かな苛立ちを伴う疲労で数秒程瞼を閉じる。
嫌われ者に命を預けろと言われてすぐ頷く奴もいないか。
だから仕方ない。そう結論付けて感情を落ち着かせる。
そんな俺の肩をミアンが意地悪そうな表情でつついた。
「馬鹿ばっかりでうんざりだって顔に出てるわよ」
流石に小声だったがぎょっとする。
冒険者たちに聞かれてたら険悪な雰囲気に戻りかねない。
本当に火薬庫のような女性だ。しかもミアンは自分で火も点けられる。
「変なことを言い出すのはやめてくれ」
「はいはい、嫌われ者脱却を目指すのは大変そうね」
それとも案外簡単なのかしら。
どこか冷めた目で大勢の冒険者たちを見つめて女炎術師は言った。
「あんたの指揮でここから脱出出来たなら、此処にいる冒険者たちからの評価はぶち上るでしょうね」
「そうなればいいけどな」
「そしてその逆になりそうなのがあいつ」
ミアンの細い指が示す先には鎧姿で蹲る男とそれを介抱する女性があった。
金級冒険者のオーリックと仲間のエウレアだ。
そして冒険者の何人かがそちらに向かって何事かを言っている。
その表情は倒されたオーリックを案じるようなものではなかった。
寧ろ、見下しているような。
「金級から降格するかはわからないけど、冒険者としての評判は確実に下がるでしょうね」
此処にいる冒険者から噂が広まれば街の住民からも笑いものにされるかもしれない。
楽しくもなさそうにミアンが言う。
その光景を想像すると他人事なのに陰鬱な気持ちになった。
オーリックの態度と行動にはかなり苛々させられたが、それはそれだ。
彼が酷い目に遭うのが嫌というより、相手を叩くチャンスが来たら嬉々として貶める人々の姿を見るのが嫌なのだ。
自警団の連中が副団長のトマスを馬鹿にしきっていた光景を思い出す。
当然トマスとオーリックは別人で馬鹿にされる理由だって異なる。
でも彼らを嘲笑う人間はきっと同じような醜い表情をしている。そんなことを考えた。
だからといってオーリックを庇う理由もない。
クロノに倒されてからやけに静かなのが気になるが、そのままでいて欲しい。
しかしエウレアが彼にかかりきりなのは困る。
どうやって彼女を呼び戻そうか考えていると青年姿のクロノが慌てた様子で近づいてきた。
「クロノ、どうしたんだ」
落ち着いた印象の強い彼のただならぬ様子に俺の心臓も知らず早鐘を打つ。
だが彼は俺の言葉を無視して、大勢の冒険者たちに声を投げた。
「これからアルヴァさんと打ち合わせをしてきます」
そう言い捨てて俺の手を強い力で引っ張っていく。
広場から出ることはなかったが大分隅の方に到着すると漸く彼はその手を離した。
「この空間の存在をキルケーに気取られました」
皆と離れすぎるのは良くないことでは。そう言おうとした言葉が喉奥で止まる。
代わりに口から出た声は酷く掠れたものだった。
「なん、で」
「先程、本物のクロノに僕の魔力が大幅に吸われました」
元々無断で利用していたのはこちらの方ですが。苦々しい表情で彼は呟く。
「彼女は自らの持つ魔力を消費して身体強化をした。そして貴男を守った。当たり前の行動ではありますが」
その影響で自分の魔力が枯渇状態になり空間を隠蔽することができなくなった。
頭痛を堪えるような表情で言うクロノに余裕は全くなかった。
「キルケーもきっとこの世界でクロノが発した力に気づいた。流石にアクションを起こすでしょう」
基本放置の姿勢とは言え大幅な変化に気づかない筈がない。
そう告げる青年に俺は口早に答える。
「じゃあ今すぐ脱出作戦を実行しよう」
「そうして欲しいですが、その場合親しい者以外は見捨ててください」
返ってきた答えは残酷なものだった。
「どうして?!」
灰色の鷹団以外の冒険者たちだってやっと協力してくれる姿勢になったというのに。
思わず強い口調で詰め寄ると彼は溜息を吐いて視線をそらした。
よくよく観察して見るとクロノの体の輪郭がぼやけている気がする。
もしかして彼が人々から遠ざかったのはそれが理由の一つだろうか。
「……大急ぎで状態を復旧しようとして、その時に気づきました」
「何に」
「この空間内でキルケーの気配が増えてきています」
元々この世界はキルケーの創り出したもの。彼女の魔力を感じるのは当たり前のことだ。
そうクロノ青年は俺に語った。
「キルケーの建てた屋敷内の隠し部屋、それがこの場所だと思ってください」
俺は真意がわからないままもそれに頷く。
「つまりあの魔族の残り香がするのは当然なんです。でもその香りが急激に強くなるのはおかしい」
まるで香水瓶を割った時のように。
そう彼が呟いた刹那、俺たちの背後で叫び声が聞こえた。
「俺もだ、取り合えず今はお前に賭けるしかなさそうだ!!」
冒険者たちの集まりの中から力強く野太い賛同が聞こえる。
そして一つ二つの大きな声に引き寄せられるように空間がじわじわと俺たちに肯定的な雰囲気になっていった。
嬉しいことは嬉しい。謎の達成感もある。
だがもっと早くこの状況になってもよかったんじゃないだろうか。
僅かな苛立ちを伴う疲労で数秒程瞼を閉じる。
嫌われ者に命を預けろと言われてすぐ頷く奴もいないか。
だから仕方ない。そう結論付けて感情を落ち着かせる。
そんな俺の肩をミアンが意地悪そうな表情でつついた。
「馬鹿ばっかりでうんざりだって顔に出てるわよ」
流石に小声だったがぎょっとする。
冒険者たちに聞かれてたら険悪な雰囲気に戻りかねない。
本当に火薬庫のような女性だ。しかもミアンは自分で火も点けられる。
「変なことを言い出すのはやめてくれ」
「はいはい、嫌われ者脱却を目指すのは大変そうね」
それとも案外簡単なのかしら。
どこか冷めた目で大勢の冒険者たちを見つめて女炎術師は言った。
「あんたの指揮でここから脱出出来たなら、此処にいる冒険者たちからの評価はぶち上るでしょうね」
「そうなればいいけどな」
「そしてその逆になりそうなのがあいつ」
ミアンの細い指が示す先には鎧姿で蹲る男とそれを介抱する女性があった。
金級冒険者のオーリックと仲間のエウレアだ。
そして冒険者の何人かがそちらに向かって何事かを言っている。
その表情は倒されたオーリックを案じるようなものではなかった。
寧ろ、見下しているような。
「金級から降格するかはわからないけど、冒険者としての評判は確実に下がるでしょうね」
此処にいる冒険者から噂が広まれば街の住民からも笑いものにされるかもしれない。
楽しくもなさそうにミアンが言う。
その光景を想像すると他人事なのに陰鬱な気持ちになった。
オーリックの態度と行動にはかなり苛々させられたが、それはそれだ。
彼が酷い目に遭うのが嫌というより、相手を叩くチャンスが来たら嬉々として貶める人々の姿を見るのが嫌なのだ。
自警団の連中が副団長のトマスを馬鹿にしきっていた光景を思い出す。
当然トマスとオーリックは別人で馬鹿にされる理由だって異なる。
でも彼らを嘲笑う人間はきっと同じような醜い表情をしている。そんなことを考えた。
だからといってオーリックを庇う理由もない。
クロノに倒されてからやけに静かなのが気になるが、そのままでいて欲しい。
しかしエウレアが彼にかかりきりなのは困る。
どうやって彼女を呼び戻そうか考えていると青年姿のクロノが慌てた様子で近づいてきた。
「クロノ、どうしたんだ」
落ち着いた印象の強い彼のただならぬ様子に俺の心臓も知らず早鐘を打つ。
だが彼は俺の言葉を無視して、大勢の冒険者たちに声を投げた。
「これからアルヴァさんと打ち合わせをしてきます」
そう言い捨てて俺の手を強い力で引っ張っていく。
広場から出ることはなかったが大分隅の方に到着すると漸く彼はその手を離した。
「この空間の存在をキルケーに気取られました」
皆と離れすぎるのは良くないことでは。そう言おうとした言葉が喉奥で止まる。
代わりに口から出た声は酷く掠れたものだった。
「なん、で」
「先程、本物のクロノに僕の魔力が大幅に吸われました」
元々無断で利用していたのはこちらの方ですが。苦々しい表情で彼は呟く。
「彼女は自らの持つ魔力を消費して身体強化をした。そして貴男を守った。当たり前の行動ではありますが」
その影響で自分の魔力が枯渇状態になり空間を隠蔽することができなくなった。
頭痛を堪えるような表情で言うクロノに余裕は全くなかった。
「キルケーもきっとこの世界でクロノが発した力に気づいた。流石にアクションを起こすでしょう」
基本放置の姿勢とは言え大幅な変化に気づかない筈がない。
そう告げる青年に俺は口早に答える。
「じゃあ今すぐ脱出作戦を実行しよう」
「そうして欲しいですが、その場合親しい者以外は見捨ててください」
返ってきた答えは残酷なものだった。
「どうして?!」
灰色の鷹団以外の冒険者たちだってやっと協力してくれる姿勢になったというのに。
思わず強い口調で詰め寄ると彼は溜息を吐いて視線をそらした。
よくよく観察して見るとクロノの体の輪郭がぼやけている気がする。
もしかして彼が人々から遠ざかったのはそれが理由の一つだろうか。
「……大急ぎで状態を復旧しようとして、その時に気づきました」
「何に」
「この空間内でキルケーの気配が増えてきています」
元々この世界はキルケーの創り出したもの。彼女の魔力を感じるのは当たり前のことだ。
そうクロノ青年は俺に語った。
「キルケーの建てた屋敷内の隠し部屋、それがこの場所だと思ってください」
俺は真意がわからないままもそれに頷く。
「つまりあの魔族の残り香がするのは当然なんです。でもその香りが急激に強くなるのはおかしい」
まるで香水瓶を割った時のように。
そう彼が呟いた刹那、俺たちの背後で叫び声が聞こえた。
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