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第四章

106話 予想すべきだった伏兵

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 強者への威圧。
 それは対象が己よりも強いことが発動条件のスキル。
 効果は短時間だが相手を怯ませるというもの。
 そして二人の間の力量差が大きい程効き目は強くなる。

 俺は確かに今オーリックに向かいそのスキルを使った。
 しかし、彼の剣が止まったのはそれが理由ではない。

「なに、してるんですかっ」 

 金属同士がぶつかる音と、少女の怒りに満ちた呻き。

「アルヴァさんにっ、剣を向けるなっっ!!」
「ぐうっ?!」


 それが咆哮に変わった次の瞬間、握っていた剣ごとオーリックは吹き飛ばされた。
 やったのは、クロノだ。
 この黒髪の少女は俺と金級剣士の間へ瞬時に割り込んだのだ。そしてオーリックの剣を自らの剣で受け止め弾き返した。
 当たり前だが普通の少女に出来る芸当ではない。いやもう性別など関係ない。
 銀級パーティーの雑用係が金級剣士の振るう剣を止めるどころか、更に押し返した。
  
「嘘でしょう……」

 呆気にとられた様子でエウレアが呟く。

「あのオーリックを、こんな子供が倒したですって……?」

 剣技に関しては超一流の男なのよ。
 そう続ける女賢者は目の前の出来事を受け止め切れていないようだった。
 彼女はクロノを見下しているわけではない。もしその場合俺の作戦に乗ってくれる筈が無いのだ。
 だがオーリックに剣で勝つとは思っていないかったのだろう。
 それ程エウレアが知るオーリックの剣の腕は優れていたということだ。
 彼の金級剣士という肩書もそれを肯定している。

「クロノがそれ以上だったってことだ」  

 俺は答えた。だが素の腕力だけではない。
 クロノはきっと自らの肉体に強化を施したのだ。火猪の首を一刀両断した時と同じように。
 その為の呪文を唱えた様子はなかった。オーリックが俺に襲い掛かった瞬間にスキルを発動し彼の剣を止めたのだろう。
 クロノは意識して強化術を使うことはまだ得意ではないようだった。
 火猪の時も今回も火事場の馬鹿力のような感じで無意識に能力を使ったのかもしれない。
 しかしその場合、制御してない分反動も大きいのではないだろうか。
 俺は眼前の彼女がまだ肩で息をしていることに気づく。

「おい、クロノ」
「……アルヴァさん、大丈夫ですか?」

 苦し気に呼吸をしながらもクロノは俺を気遣う。その顔は普段よりも白かった。
 やはり余力など考えず強化スキルに魔力をつぎ込んだのか。
 しかしそうしなければ金級剣士であるオーリックを止めることは難しかったかもしれない。
 どちらにしろ悪いのは暴れだしたオーリックであり、そして周囲の反応を考えず彼を挑発した俺だ。
 クロノが俺を助けない訳がないのに。
 俺の強者への威圧のスキルは発動したのだろうか。気絶したらしいオーリックからは確認出来なかった。
 エウレアが彼へと微妙におぼつかない足取りで駆け寄る。治癒術でも使うのだろうか。

「……俺は大丈夫だ、良くやったな」

 取り合えずねぎらいの言葉をかけるとクロノは汗を流しながらも嬉しそうに笑った。
 この疲労した様子で魔力封印をキルケーに対して使えるだろうか。少し不安になる。

「アルヴァさんがくれた剣が丈夫で良かったです」  

 大剣からの重い一撃を受け止めたのに刃こぼれ一つしませんでした。

「本当に素晴らしい剣です」

 自らの持つ剣に対しクロノは嬉しそうに称賛する。しかし疲れたのかその場にへたり込んでしまった。
 確かにオーリックの大剣とクロノの持つ剣は大人と子供ぐらいサイズが違う。 
 それなのにクロノの武器は折れることなく攻撃を受け止め、逆に相手の剣を体ごと弾き飛ばし後退させた。

 だがそれは剣が素晴らしいというよりも、クロノの思い込みの結果かもしれない。
 時々忘れそうになるが今いる場所は夢の世界なのだ。 
 俺がやった剣についてクロノが性能以上の評価をしていたなら、それが反映し強化された可能性もある。

 そう指摘しようとして、少し考えた後止めた。
 俺の予想が当たっていたとしても今は水を差すべきではない。
 剣の性能がクロノの過大評価の結果強くなっているなら余計なことは言わない方が良いだろう。

 そして俺たちがそんなやり取りをしている間に周囲の空気が変わり始めていた。
 
「す、すげぇ……」
「あの子供、あのオーリックを一撃で倒しやがった……」
「アルヴァが才能を見出してしごいてたって本当だったのかよ」
「しかも夢とはいえ自分の分身まで作れるとは、あの少年は剣だけでなく魔術にも秀でているのか?」

 クロノの株が急上昇している。
 金級剣士のオーリックを倒したことは俺やエウレア以外の人間にも衝撃的だったのだろう。
 悪くない流れだ。
 ここは夢の世界、意思と精神の力がとても重要なのだから。

「そうだ、クロノは本当に凄いんだ。その内余裕で金級冒険者になる!」
「ア、アルヴァさん?!」

 クロノが慌てた様子で俺の名を呼ぶ。俺は更に声を張り上げた。

「俺だって魔族に対抗できるスキルを持っている、だから油断しなければキルケーを絶対に倒せる!!」

 俺の台詞に冒険者たちの顔つきが目に見えて変わる。
 こちらの指示通りに動けば必ず作戦は成功する。そう捕まった冒険者たちに認識させるのが目的だ。
 彼らの協力が必要ということもあるが、オーリックみたいなのが更に出てきて貰っては困るというのが一番の理由だ。

「今回だけでいい、クロノと俺たちの指示通りに動いてくれ。そうすれば全員で生きて街に帰れる!!」

 俺は強く言い切る。その勢いに比例するように賛同する声が次々と上がった。
 不安を拭い去る程にそれは耳に心地よい。まるで甘い毒薬のようだ。
 信じろとはあえて口にしない。
 何故なら俺が言葉にしたのはただの事実だからだ。
 そして誰より俺自身がそう思い込む必要があった。
 
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