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第四章

97話 求めたのは救いで

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 案内された部屋で、少女の方のクロノは静かに眠っていた。
 彼女の表情は穏やかで目に見える外傷もない。
 そしてきっちりと着衣していることに安心した。

「男の方のクロノでも裸は驚いたからなあ……」
 
 しかしこうして顔だけ見ていると二人のクロノは本当に見分けがつかない。
 少年の方の喉仏が若干尖っていた気がするぐらいか。髪が短いだけでなく顔の作りが中性的な美形なのだ。
 男装しているクロノを街の少女たちが美少年と思い込んだのも無理はないかもしれない。
 だがそれは成長途中の今だからで、大人になるにつれて印象も変わっていくのだろう。
 今だって髪を伸ばすか髪飾りをしてスカートでもはけば男と間違われることはないと思うが。

「……クロノは女性扱いされるのがそんなに嫌なのか?」 
 
 眠る少女に問いかけても返事はない。
 だが彼女の夢であるこの世界に男の体のクロノが存在しているのが答えだろう。
 でもその事象について俺は疑問に思っていたことがある。
 クロノが眠るベッドを見下ろしながらゆっくりと口を開いた。

「でも男になりたいとは、少し違うのかもな」

 もし彼女が男性になりたいだけなら、二人のクロノは存在しなくていい筈だ。
 ただクロノの肉体の性別が女性から男性に変わればいい。 
 一人から二人に分かれることが出来るなら肉体構造を変えることだって出来るだろう。
 何よりここは夢の中だ。
 キルケーに勘付かれるまでの間とはいえ全てがクロノの思い通りになる世界。
 そこで何故彼女は消えることもなくひたすら眠り続けているのか。
 
「なあ、クロノはどういう自分になりたいんだ?」

 目を閉じたままの少女に声を投げかけ続ける。聞こえている、どこかで聞いていると信じて。

「前にも言ったけど強い剣士になりたいなら協力する。それにお前は絶対ノアみたいな凄腕の英雄になれる」 

 俺が太鼓判を押してやる。そう街で別れた人物を思い出しながら話す。
 彼がこの場に同行していたら事態はどうなっていただろう。もしかしたらキルケーを瞬殺してくれたかもしれない。
 何せ竜殺しである。小説だと魔王軍を足止めした果てに多勢に無勢で死んでしまうが今回の敵はキルケー一人。
 神竜エレクトラは昔魔王に倒されたらしいが、魔族と竜なら多分竜の方が強いだろう。

「それに男の体になりたいなら、そういう魔法や薬が無いか一緒に探すよ」

 この言葉にもクロノは目を開かない。少しだけ途方に暮れた。
 だが簡単に目覚める程クロノの受けた心の傷は浅くないということだ。
 キルケーの悪夢が止めを刺しただけで幼い頃から胸にトゲが刺さったまま生きてきたのだろう。
 自分への性別への違和感と男として生まれていたらという気持ちを抱えてクロノは家を出てあの街へ来たのだ。
 傷ついて、死にかけてボロボロになって。

「……ごめんな」

 俺のせいで。そう頭を下げる。
 少年を少女と書き間違えた。一文字だけの間違いだ。でもその一文字がこのクロノの人生を歪めたのだ。
 そもそも今眠っている少女は俺の誤字がきっかけで生まれた存在だ。
 生きていく中で散々辛い思いをさせた。アルヴァとしてだけではなく作者としてもだ。

「それでも、俺は女のクロノが間違いだとか失敗だとか絶対思いたくないよ」

 俺がこの世界で出会ったクロノは単純で思い込みが強くて素直で、そして傷ついた少女だ。
 彼女が男になりたいなら、協力する。それは嘘じゃない。

「俺が必要なのは最初から男のクロノじゃなくお前なんだ。 ……灰色の鷹団団員のお前なんだよ」

 だから早く起きてくれ。そう口にした途端情けないが涙が出てきた。
 自分が思うよりずっと心が折れかけていたのかもしれない。よく考えれば俺も結構散々な目に遭っている。
 夢の中だといえ首をへし折られる感覚は最悪だった。そして今もまだ夢の中だ。

 少年の方のクロノたちを前に「何とかできる」みたいに見栄を張ったが、実際楽観なんて全然出来ない。
 そもそも目の前のクロノが起きて協力してくれること前提なのだ。しかも起こし方なんてわからない。
 実は彼女を力任せに揺さぶり起きてくれと怒鳴りつける妄想を何度も打ち消しては声をかけ続けている。

 だって起きなかったら積みだ。男の方のクロノは最強でも万能でもなかった。
 この夢の中では無敵かもしれないが現実のキルケーには太刀打ちできない。
 現実に戻る方法と現実に戻った後魔族を退ける手段が必要なのだ。
 その切り札になるのがベッドで眠り続けている少女だった。
 このクロノが見ているかもしれない夢だってキルケーが気づいたら容赦なく蹂躙されるに違いない。
 だから起きてくれ。そう口に出そうとしたが、こぼれた言葉はそれよりもずっとシンプルで情けなかった。

「たすけてくれ」

 俺を助けてくれ。
 
 口にした言葉はあの日街で刺されながら思った言葉だった。
 誰も助けてくれないと思い込んで、それでも助けてほしいと思いながら死んだ時のこころだった。

 英雄(ヒーロー)になりたかった。
 でも同じぐらい英雄(だれか)に助けて欲しかった、ずっと。

 叶わないと知っていたから誰にも言えずじまいの願い。

「はい」

 だから今回も答えが返ってくるなんて思ってなかったんだ。
 でもクロノはこんな俺の言葉で目覚めた。
 

「はい、ボクがあなたを助けます。あなたが助けてほしいと言ったら絶対に助けます」

 だから泣かないでください。
 華奢な手を差し伸べながら少女が言う。

 ああ、これが俺の英雄《クロノ》なんだ。
 すんなりとそう受け止める。

 涙で歪んだ視界に映る彼女はやけに眩しかった。 

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