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第四章
94話 本物とニセモノ
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灰村タクミとしての記憶と人格がメインの俺と、悪役としての設定通りに生きてきた彼。
どちらも同じアルヴァ・グレイブラッドだ。別にどちらが偽物というわけでもない。
悪役のアルヴァが前世の記憶と人格を取り戻したのが自分。俺はそう解釈していた。
けれどクロノの夢の世界で、今現在俺と彼はそれぞれ違う意思を持ち対立している。
ただ実際に体が二つに分かれた訳ではない。
それでも異常な光景ではあったのだろう。クロノが不思議そうな顔で俺を覗き込んできた。
「あの、アルヴァさん。大丈夫ですか?」
さっきからずっと苦しそうですけど。男の姿に変わっても彼女は優しい。
こちらを気遣ってくれたことに感謝しようと思ったが、クロノが続けた言葉に声を失う。
「よかったらもう一人のアルヴァさんの体もおつくりしますか?」
「えっ」
親切そうに提案してきた彼の赤い瞳に呆然とした己の姿が映っている。
「アルヴァさん、急に誰かと会話をし始めたじゃないですか。この部屋にはボクとあなた二人しかいないのに」
ご自身の名前を呼びながらこの世界がいいとかでも夢じゃないかとか言い争ってましたよ。
どうやら俺だけでなく彼の主張もこの喉を通して声になっていたらしい。
その頭がおかしくなったと思われても仕方がない醜態を見ていた筈のクロノは優しく微笑んだ。
「わかりますよ。自分の中に別の自分がいるって気が狂いそうになりますよね」
ボクもそうでしたから。黒髪の少年は労わるように声をかけてくる。
「女として生まれた自分と、男として生まれる筈だった自分。ボクもこの二つを長年抱えて生きてきました」
女性として生きようとすればする程自分が偽者に思えて苦しかった。
元の小説内では少年主人公だったクロノの言葉は重く聞いているだけで辛かった。
俺の誤字がきっかけで性別が変わってしまった彼女。
けれど本来の少年設定は消えないままクロノに少年冒険者として生きる未来を選ばせ続けた。
結果女性扱いされることを強く拒絶し、そうしないという理由だけで暴君リーダーであるアルヴァを慕う歪な少女が出来上がったのだ。
『その暴君とやらに俺がなったのも全部テメエのせいだろうが!!』
もう一人のアルヴァの正論が頭の中で雷のように鳴り響く。
漫画や小説の後書きで作者がキャラクターに怒られるコミカル表現があるが、自分自身に今生じているそれは精神が病みそうな程辛い。
作者である俺が悲惨な人生を選ばせてしまった二人が、目の前と己の中でそれぞれ言葉を発する。
辛かった、苦しかったと。罪悪感に圧し潰されそうだ。
「悪かった……」
その件に関してはひたすら謝るしかない。特に悪役として生きて死に続けてきた彼に償う方法は思いつかない。
あるいはこの体の主導権を再び彼に引き渡せばいいのだろうか。
血迷ったことを考えている俺の手をクロノが優しく両手で握った。
「大丈夫ですよ、そんなことをしなくても」
「クロノ……」
「わかります、アルヴァさんも暴れん坊な自分と優しい自分、二つの心を持って生きてきたんですよね」
どちらが本当の自分か悩み続けて。
知の女神エレナや神竜エレクトラと違ってクロノは俺の心が読めない。
それでもこちらを思いやってくれる優しさに感謝を告げようとした、その時だった。
「だったら実際二人になってしまえばいいんです、ボクがそうなったように」
そして偽者の自分は閉じ込めてしまえば苦しまなくて良くなりますよ。
男の体を持つクロノの手が俺の額に触れる。
じゃあ『彼女』はいまどこにいるのだろう。俺がずっと接してきたあの食いしん坊で騙されやすいクロノ・ナイトレイは。
彼女に会うにはどうすればいいのだろう。
体が二つに裂ける痛みと共に俺はそんなことを思った。
どちらも同じアルヴァ・グレイブラッドだ。別にどちらが偽物というわけでもない。
悪役のアルヴァが前世の記憶と人格を取り戻したのが自分。俺はそう解釈していた。
けれどクロノの夢の世界で、今現在俺と彼はそれぞれ違う意思を持ち対立している。
ただ実際に体が二つに分かれた訳ではない。
それでも異常な光景ではあったのだろう。クロノが不思議そうな顔で俺を覗き込んできた。
「あの、アルヴァさん。大丈夫ですか?」
さっきからずっと苦しそうですけど。男の姿に変わっても彼女は優しい。
こちらを気遣ってくれたことに感謝しようと思ったが、クロノが続けた言葉に声を失う。
「よかったらもう一人のアルヴァさんの体もおつくりしますか?」
「えっ」
親切そうに提案してきた彼の赤い瞳に呆然とした己の姿が映っている。
「アルヴァさん、急に誰かと会話をし始めたじゃないですか。この部屋にはボクとあなた二人しかいないのに」
ご自身の名前を呼びながらこの世界がいいとかでも夢じゃないかとか言い争ってましたよ。
どうやら俺だけでなく彼の主張もこの喉を通して声になっていたらしい。
その頭がおかしくなったと思われても仕方がない醜態を見ていた筈のクロノは優しく微笑んだ。
「わかりますよ。自分の中に別の自分がいるって気が狂いそうになりますよね」
ボクもそうでしたから。黒髪の少年は労わるように声をかけてくる。
「女として生まれた自分と、男として生まれる筈だった自分。ボクもこの二つを長年抱えて生きてきました」
女性として生きようとすればする程自分が偽者に思えて苦しかった。
元の小説内では少年主人公だったクロノの言葉は重く聞いているだけで辛かった。
俺の誤字がきっかけで性別が変わってしまった彼女。
けれど本来の少年設定は消えないままクロノに少年冒険者として生きる未来を選ばせ続けた。
結果女性扱いされることを強く拒絶し、そうしないという理由だけで暴君リーダーであるアルヴァを慕う歪な少女が出来上がったのだ。
『その暴君とやらに俺がなったのも全部テメエのせいだろうが!!』
もう一人のアルヴァの正論が頭の中で雷のように鳴り響く。
漫画や小説の後書きで作者がキャラクターに怒られるコミカル表現があるが、自分自身に今生じているそれは精神が病みそうな程辛い。
作者である俺が悲惨な人生を選ばせてしまった二人が、目の前と己の中でそれぞれ言葉を発する。
辛かった、苦しかったと。罪悪感に圧し潰されそうだ。
「悪かった……」
その件に関してはひたすら謝るしかない。特に悪役として生きて死に続けてきた彼に償う方法は思いつかない。
あるいはこの体の主導権を再び彼に引き渡せばいいのだろうか。
血迷ったことを考えている俺の手をクロノが優しく両手で握った。
「大丈夫ですよ、そんなことをしなくても」
「クロノ……」
「わかります、アルヴァさんも暴れん坊な自分と優しい自分、二つの心を持って生きてきたんですよね」
どちらが本当の自分か悩み続けて。
知の女神エレナや神竜エレクトラと違ってクロノは俺の心が読めない。
それでもこちらを思いやってくれる優しさに感謝を告げようとした、その時だった。
「だったら実際二人になってしまえばいいんです、ボクがそうなったように」
そして偽者の自分は閉じ込めてしまえば苦しまなくて良くなりますよ。
男の体を持つクロノの手が俺の額に触れる。
じゃあ『彼女』はいまどこにいるのだろう。俺がずっと接してきたあの食いしん坊で騙されやすいクロノ・ナイトレイは。
彼女に会うにはどうすればいいのだろう。
体が二つに裂ける痛みと共に俺はそんなことを思った。
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