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第四章
89話 後の祭りの反省会
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気づいた切っ掛けは些細な違和感だった。
乱暴に首の骨をへし折られる瞬間に思い出したのだ。
キルケーの爪でつけられた頬の傷が今までずっと痛まなかったことに。
こちらに伸びた男の太い腕が顔に触れた時、切り傷を擦った時特有のざらついた痛みはなかった。
そう気づいた時、脳内でパズルが一瞬で組み立てられた。
完成したその一枚絵には女魔族の嘲笑が描かれている。
やられた……!
してやられた悔しさと正解に辿り着けた安堵感と己の愚鈍さへの呆れと怒り。
つまり今までのこれは全部、キルケーが俺に見せていた夢なのだ。
彼女が語っていた人間に人間を憎ませ魔物に変える為の洗脳方法。
それを俺はいつのまにか使われて術中に陥っていたのだ。
間抜けな事実を自覚した瞬間、冒険者たちへの憎しみは胸から消えた。当然だ。
そしてそれと同時に俺を殺そうとした男も消滅する。
支えがなくなった俺の体はそのまま地面に叩きつけられた。
夢の中の筈なのに全身へ強い衝撃が襲い掛かる。
「はっ、はあ……っ、はーっ」
打ちつけられた痛みだけでない、首の骨を折られた激痛を感じながら地面に這いつくばる。
荒い呼吸を繰り返しながらこれは夢だと何回も繰り返す。
俺に忠誠を誓うキルケーも俺たちを殺そうとした冒険者もこの痛みも全部偽物。
何一つ現実ではない。自らの脳に刻み付けるようにひたすらその言葉をリピートする。
実際首の骨をへし折られたら痛いだけではすまない筈だ。
これは全部夢。気が遠くなるほど繰り返した果てに痛みが消える。
何日も高熱を出し続けた後のような脱力感はそれでも激痛に比べれば何倍もマシだった。
周囲を見回す余裕が出来たので、よろよろと立ち上がる。
気づけばミアンや他の冒険者たちの姿も消えていた。
だが夢から覚めた訳ではない。触れた自分の頬に傷がないことがその証拠だ。
今俺がいるのは中央に奇妙な穴があるだけの無人空間。
しかし現実では既に地下湖に放り込まれているかもしれない。
「その場合、夢から戻っても溺死するか冷たさで仮死状態になるかなんだよな……」
もう痛むことのなくなった首を擦りながら俺は溜息を吐いた。
そもそも目覚める方法すらわかっていない。
先程までの一連の出来事が全部キルケーの仕業だと理解した今でもこの空間にいるのがその証拠だ。
こういうのを明晰夢というのだったか。見るのは今回が初めてだ。
単語は知っていても覚醒方法はわからない。
殺されかけた痛みと衝撃でも、夢だとしっかり認識することでも効果が無いとなると他の手段が思いつかなかった。
「キルケーに捕まって実験されてる冒険者たちもこんな状態なのかな」
それも俺以外でキルケーの悪趣味なシナリオから抜け出した者がいたとしたならの話だ。
きっと夢だと気づかず悪夢の中で踊らされ続けている者たちが大半だろう。
ミアンたち灰色の鷹団のメンバーも今苦しんでいるに違いない。
キルケーの思惑通り人間への憎しみに堕ちないで願うばかりだ。
もしそうなったら魔物化という次の工程が待ち受けているのだから。
「そういえば、クロノの姿が無かったな……」
他の団員や冒険者たちは大勢居たのに彼女の姿だけは無かった。
俺を絶望させたければ彼女に罵らせるのはかなり効果的だと思うのに。
そう、俺が配役を決めるなら絶対あの糾弾の場にクロノは居る筈なのだ。
俺を全肯定し懐いている彼女に蔑まれる方がミアンやエストに責められるよりも確実に辛い。
「俺の深層心理が反映されたわけじゃないなら、あの場にいた人間はキルケーの人選ってことか?」
だとしたら今現在罠にはまって囚われている冒険者たちを役者として使いまわしているのかしれない。
つまり他の人間が見ている悪夢の中では俺が責め立てる側になっている可能性もある。
「嫌われ者の狂犬アルヴァに侮蔑されても殆どの冒険者は痛くも痒くもないだろうけどな」
軽い気持ちで自嘲を口にする。
すると地面を揺らすような声で返事が聞こえた。
『そこに含まれない者たちが大いに問題なのだよ、小童』
それは俺にも理解出来る言葉だが人間の口から出ていないことは確かだった。
たとえるなら同じ大きさで違うフォント文字を少しずつずらして幾つも重ねたような声。 もしくは数十台全部が別機種のラジオで同じ番組を再生したような。
感じ取れるのは、威厳と隠しきれない不機嫌。そして人外であること。
それも人間よりはるかに上級の存在。たとえば神に近い者のような。
『勘は悪くないな、いや悪いから後手後手に回っているのか……?』
嘲るというよりは困惑するような調子で大いなる存在は俺を評した。
正直ストレートに馬鹿にされるよりもきつい。
『しかしあの場で真実に気づいても正直どうにもならぬ、縊られまた最初から三文芝居を演じさせられるだけよ』
心が人間への憎悪で満ちるまでな。
そう告げる声に俺の思い込みかもしれないが憐れみを感じる。
しかしすぐさま否定するような声が降ってきた。
『勘違いするな、人間などどうでも良い。しかし我の寝床が壊されるのは困る』
「寝床?」
『そう、この洞窟の底で我は眠っている。いや眠っていたのだ、それを……』
唸り声とともに地面が大きく揺れた。舌打ち代わりだろうか。
『あの娘の心が憎悪に満ちれば、洞窟どころか世界が爆ぜる。魔族の虫けらどもはそれさえ気づかないのだ』
だから小童、貴様がどうにかしろ。
空間を殴るような声で命じられた次の瞬間、地面を割って巨大な竜が俺の前に顕現した。
乱暴に首の骨をへし折られる瞬間に思い出したのだ。
キルケーの爪でつけられた頬の傷が今までずっと痛まなかったことに。
こちらに伸びた男の太い腕が顔に触れた時、切り傷を擦った時特有のざらついた痛みはなかった。
そう気づいた時、脳内でパズルが一瞬で組み立てられた。
完成したその一枚絵には女魔族の嘲笑が描かれている。
やられた……!
してやられた悔しさと正解に辿り着けた安堵感と己の愚鈍さへの呆れと怒り。
つまり今までのこれは全部、キルケーが俺に見せていた夢なのだ。
彼女が語っていた人間に人間を憎ませ魔物に変える為の洗脳方法。
それを俺はいつのまにか使われて術中に陥っていたのだ。
間抜けな事実を自覚した瞬間、冒険者たちへの憎しみは胸から消えた。当然だ。
そしてそれと同時に俺を殺そうとした男も消滅する。
支えがなくなった俺の体はそのまま地面に叩きつけられた。
夢の中の筈なのに全身へ強い衝撃が襲い掛かる。
「はっ、はあ……っ、はーっ」
打ちつけられた痛みだけでない、首の骨を折られた激痛を感じながら地面に這いつくばる。
荒い呼吸を繰り返しながらこれは夢だと何回も繰り返す。
俺に忠誠を誓うキルケーも俺たちを殺そうとした冒険者もこの痛みも全部偽物。
何一つ現実ではない。自らの脳に刻み付けるようにひたすらその言葉をリピートする。
実際首の骨をへし折られたら痛いだけではすまない筈だ。
これは全部夢。気が遠くなるほど繰り返した果てに痛みが消える。
何日も高熱を出し続けた後のような脱力感はそれでも激痛に比べれば何倍もマシだった。
周囲を見回す余裕が出来たので、よろよろと立ち上がる。
気づけばミアンや他の冒険者たちの姿も消えていた。
だが夢から覚めた訳ではない。触れた自分の頬に傷がないことがその証拠だ。
今俺がいるのは中央に奇妙な穴があるだけの無人空間。
しかし現実では既に地下湖に放り込まれているかもしれない。
「その場合、夢から戻っても溺死するか冷たさで仮死状態になるかなんだよな……」
もう痛むことのなくなった首を擦りながら俺は溜息を吐いた。
そもそも目覚める方法すらわかっていない。
先程までの一連の出来事が全部キルケーの仕業だと理解した今でもこの空間にいるのがその証拠だ。
こういうのを明晰夢というのだったか。見るのは今回が初めてだ。
単語は知っていても覚醒方法はわからない。
殺されかけた痛みと衝撃でも、夢だとしっかり認識することでも効果が無いとなると他の手段が思いつかなかった。
「キルケーに捕まって実験されてる冒険者たちもこんな状態なのかな」
それも俺以外でキルケーの悪趣味なシナリオから抜け出した者がいたとしたならの話だ。
きっと夢だと気づかず悪夢の中で踊らされ続けている者たちが大半だろう。
ミアンたち灰色の鷹団のメンバーも今苦しんでいるに違いない。
キルケーの思惑通り人間への憎しみに堕ちないで願うばかりだ。
もしそうなったら魔物化という次の工程が待ち受けているのだから。
「そういえば、クロノの姿が無かったな……」
他の団員や冒険者たちは大勢居たのに彼女の姿だけは無かった。
俺を絶望させたければ彼女に罵らせるのはかなり効果的だと思うのに。
そう、俺が配役を決めるなら絶対あの糾弾の場にクロノは居る筈なのだ。
俺を全肯定し懐いている彼女に蔑まれる方がミアンやエストに責められるよりも確実に辛い。
「俺の深層心理が反映されたわけじゃないなら、あの場にいた人間はキルケーの人選ってことか?」
だとしたら今現在罠にはまって囚われている冒険者たちを役者として使いまわしているのかしれない。
つまり他の人間が見ている悪夢の中では俺が責め立てる側になっている可能性もある。
「嫌われ者の狂犬アルヴァに侮蔑されても殆どの冒険者は痛くも痒くもないだろうけどな」
軽い気持ちで自嘲を口にする。
すると地面を揺らすような声で返事が聞こえた。
『そこに含まれない者たちが大いに問題なのだよ、小童』
それは俺にも理解出来る言葉だが人間の口から出ていないことは確かだった。
たとえるなら同じ大きさで違うフォント文字を少しずつずらして幾つも重ねたような声。 もしくは数十台全部が別機種のラジオで同じ番組を再生したような。
感じ取れるのは、威厳と隠しきれない不機嫌。そして人外であること。
それも人間よりはるかに上級の存在。たとえば神に近い者のような。
『勘は悪くないな、いや悪いから後手後手に回っているのか……?』
嘲るというよりは困惑するような調子で大いなる存在は俺を評した。
正直ストレートに馬鹿にされるよりもきつい。
『しかしあの場で真実に気づいても正直どうにもならぬ、縊られまた最初から三文芝居を演じさせられるだけよ』
心が人間への憎悪で満ちるまでな。
そう告げる声に俺の思い込みかもしれないが憐れみを感じる。
しかしすぐさま否定するような声が降ってきた。
『勘違いするな、人間などどうでも良い。しかし我の寝床が壊されるのは困る』
「寝床?」
『そう、この洞窟の底で我は眠っている。いや眠っていたのだ、それを……』
唸り声とともに地面が大きく揺れた。舌打ち代わりだろうか。
『あの娘の心が憎悪に満ちれば、洞窟どころか世界が爆ぜる。魔族の虫けらどもはそれさえ気づかないのだ』
だから小童、貴様がどうにかしろ。
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