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第四章
86話 屠殺予定の家畜に懐かれた場合
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キルケーが洞窟の壁に指先で文字のようなものを書く。
すると土色の壁の一部が赤く輝き出し、数秒後には大柄な男が余裕で通れるぐらいの空洞が出来ていた。
女魔族は俺を手招くと微笑みながら言った。
「魔王様、こちらをお使いくださいませ」
地下湖への直通になっております。
エレベーターへの乗降を勧めるような口ぶりだが穴の向こうにそんなものはない。階段すらもなかった。
オフィスビルの上階でたまに見かける謎の扉を思い出した。
階段の踊り場でもなんでもなく、開けて外へと踏み込んだら真っ逆さまという罠みたいな扉だ。
使えと言われて当然戸惑う。
「それをか……」
「はい」
キルケーはなんでもないことのように首肯した。
この時点で考えられることはいくつかある。
彼女の知っている魔王は空を飛べる、或いは空中浮揚ができる。
もしくはそのまま最下層に飛び降りても平気な程の頑強さを持っている。
それならばショートカット感覚でどうぞと言ってきても理解は出来る。
ただその場合、その通りにしたら俺は墜落して死ぬ。
「……他の方法はないのか」
「他の方法、でございますか?」
キルケーの整った顔に浮かんだのが不審ではなく戸惑いだったことに内心安堵する。
正直今の問いかけは賭けだった。
「他の通路なら、そこの大穴がございますが……」
人間を放り捨てる時に使用するものなので魔王様にはあまり適さないかと。
そう地下湖の真上に開いた穴の用途について語られ服の下で冷や汗をかいた。
「お前たちはいつも下への移動方法は飛び降りるだけなのか?」
「はい、私は浮遊魔術が使えますしウィアードはスライムなのでそのまま落ちて平気でした」
つまりここに隠しエレベーターとかワープゾーンとかは存在してないらしい。
だが人間が自分の意志で地下に出入りすることを想定していなければ当然かもしれない。
俺は悩みに悩んだ。長考は怪しまれるので短時間で頭をフル回転させた。
そしてあることに気づく。
このままでは俺も下に行けないが、地下湖から救い出した冒険者だって地上に戻れない。
問題点が更に増えてしまった。頭を抱えるしかない。
そんな俺をおろおろと不安げに見つめていたキルケーが突然ハッとしたような表情を浮かべる。
「そういえば、人間どもを地上に戻す方法を私まだ考えておりませんでした……!」
今のままでは湖から取り出しても低体温で死んでしまうでしょう。
蒼白な顔で言う彼女に「それは絶対駄目だ」と無意識に叫んでしまう。
直後幾つもの意味でそれを後悔したがキルケーは怯えたように詫びるだけだった。
「申し訳ございません魔王様!私の考えがいたらないばかりに……お許しください!」
正直、彼女が人類の敵である魔族だという立場を考えればそこまで謝るようなことではない。
きっとキルケーは魔王という存在を崇拝しきっている。だからここまでへりくだるのだ。
今はそれにつけこむしかない。俺は出来るだけ優しそうに笑った。
「大丈夫だキルケー、いい方法がある」
「魔王様……」
その白い顔が魔王に励まされた喜びで薔薇色に染まる。
しかし次の瞬間宝石のような瞳に宿るのは絶望だった。
「お前が人間たちを浮遊魔術を使ってここまで運べばいい」
「えっ……でも私の浮遊魔術は大勢を一気には……」
「安心しろ、一人一人でいい。それならば出来るな?」
質問の体裁を取っているが当然否定を求めてはいない。
蟻を踏み潰す象のような傲慢さを装っているが内心は頼むから頷いてくれと祈っていた。
キルケーを気の毒だと思う気持ちはある。けれどそれ以上に捕らわれた仲間たちの方が大事だった。
「待っていてやる。今すぐやれ」
「はい……かしこまりました」
心からの同意ではないことはわかっている。やりたくない仕事なのだろう、当然だ。
魔族幹部である彼女にとって人間は見下し利用するだけの存在。
それを自らの浮遊魔術で救出しなければいけない。それが魔王の命令だからだ。
元々攫ってきたのはキルケーなのだから自業自得とも言える。
それでも同情する気持ちを少しでも抱くのは自分が従わされる立場に長年居たせいだからか。
「お前には期待している」
「はっ、はい……!」
俺の適当な台詞に簡単に喜ぶ姿に、冒険者として対峙した時の妖艶で毒のある女魔族の面影はない。
そして本来俺たちの関係性は敵同士。魔族であるキルケーにとって人間であるアルヴァは虫けら程度の存在でしかない。
だから決して絆されてはいけない。
騙されているから従順なのだ。俺が魔王だと信じ込んでいるから尽くそうとするのだ。
そして人類の敵である彼女は俺を主だと認識している内に倒すのが一番いいのだ。
地下で捕らわれている人間たちを全員洞窟から解放した後、俺はキルケーを殺さなければいけない。
そうしなければ騙されていたことに気づいた彼女はいずれ必ず俺に復讐しに来るだろう。
キルケーを騙し続けることは出来ない。俺が魔王として生きることが出来ないからだ。
そして魔王への忠誠が高ければ高いほど、その存在を騙った俺を彼女は許すことは出来ない筈だ。
俺だけでなく、団の仲間たちも巻き添えにして惨殺しかねない。もしかしたら街単位かもしれない。
人間を運ぶ為浮遊魔術を使い続けた後ならキルケーも弱っている筈だ。
そこを狙って、可能なら一撃で楽にしてやりたい。
俺は過去の自分と同じ顔をしたウィアードだって斬ることが出来た。キルケーだって同じように出来る。
美しい女の姿をしてようと、健気にこちらの命令に従おうと本質は残忍な魔族なのだから。
「……少し外の空気を吸ってくる、人間たちを運び終えたら呼びに来い」
俺は彼女にそう告げてその場から離れた。
洞窟内は澱んだ土臭い空気の中にキルケーのものか、甘い香りが入り混じっていた。
すると土色の壁の一部が赤く輝き出し、数秒後には大柄な男が余裕で通れるぐらいの空洞が出来ていた。
女魔族は俺を手招くと微笑みながら言った。
「魔王様、こちらをお使いくださいませ」
地下湖への直通になっております。
エレベーターへの乗降を勧めるような口ぶりだが穴の向こうにそんなものはない。階段すらもなかった。
オフィスビルの上階でたまに見かける謎の扉を思い出した。
階段の踊り場でもなんでもなく、開けて外へと踏み込んだら真っ逆さまという罠みたいな扉だ。
使えと言われて当然戸惑う。
「それをか……」
「はい」
キルケーはなんでもないことのように首肯した。
この時点で考えられることはいくつかある。
彼女の知っている魔王は空を飛べる、或いは空中浮揚ができる。
もしくはそのまま最下層に飛び降りても平気な程の頑強さを持っている。
それならばショートカット感覚でどうぞと言ってきても理解は出来る。
ただその場合、その通りにしたら俺は墜落して死ぬ。
「……他の方法はないのか」
「他の方法、でございますか?」
キルケーの整った顔に浮かんだのが不審ではなく戸惑いだったことに内心安堵する。
正直今の問いかけは賭けだった。
「他の通路なら、そこの大穴がございますが……」
人間を放り捨てる時に使用するものなので魔王様にはあまり適さないかと。
そう地下湖の真上に開いた穴の用途について語られ服の下で冷や汗をかいた。
「お前たちはいつも下への移動方法は飛び降りるだけなのか?」
「はい、私は浮遊魔術が使えますしウィアードはスライムなのでそのまま落ちて平気でした」
つまりここに隠しエレベーターとかワープゾーンとかは存在してないらしい。
だが人間が自分の意志で地下に出入りすることを想定していなければ当然かもしれない。
俺は悩みに悩んだ。長考は怪しまれるので短時間で頭をフル回転させた。
そしてあることに気づく。
このままでは俺も下に行けないが、地下湖から救い出した冒険者だって地上に戻れない。
問題点が更に増えてしまった。頭を抱えるしかない。
そんな俺をおろおろと不安げに見つめていたキルケーが突然ハッとしたような表情を浮かべる。
「そういえば、人間どもを地上に戻す方法を私まだ考えておりませんでした……!」
今のままでは湖から取り出しても低体温で死んでしまうでしょう。
蒼白な顔で言う彼女に「それは絶対駄目だ」と無意識に叫んでしまう。
直後幾つもの意味でそれを後悔したがキルケーは怯えたように詫びるだけだった。
「申し訳ございません魔王様!私の考えがいたらないばかりに……お許しください!」
正直、彼女が人類の敵である魔族だという立場を考えればそこまで謝るようなことではない。
きっとキルケーは魔王という存在を崇拝しきっている。だからここまでへりくだるのだ。
今はそれにつけこむしかない。俺は出来るだけ優しそうに笑った。
「大丈夫だキルケー、いい方法がある」
「魔王様……」
その白い顔が魔王に励まされた喜びで薔薇色に染まる。
しかし次の瞬間宝石のような瞳に宿るのは絶望だった。
「お前が人間たちを浮遊魔術を使ってここまで運べばいい」
「えっ……でも私の浮遊魔術は大勢を一気には……」
「安心しろ、一人一人でいい。それならば出来るな?」
質問の体裁を取っているが当然否定を求めてはいない。
蟻を踏み潰す象のような傲慢さを装っているが内心は頼むから頷いてくれと祈っていた。
キルケーを気の毒だと思う気持ちはある。けれどそれ以上に捕らわれた仲間たちの方が大事だった。
「待っていてやる。今すぐやれ」
「はい……かしこまりました」
心からの同意ではないことはわかっている。やりたくない仕事なのだろう、当然だ。
魔族幹部である彼女にとって人間は見下し利用するだけの存在。
それを自らの浮遊魔術で救出しなければいけない。それが魔王の命令だからだ。
元々攫ってきたのはキルケーなのだから自業自得とも言える。
それでも同情する気持ちを少しでも抱くのは自分が従わされる立場に長年居たせいだからか。
「お前には期待している」
「はっ、はい……!」
俺の適当な台詞に簡単に喜ぶ姿に、冒険者として対峙した時の妖艶で毒のある女魔族の面影はない。
そして本来俺たちの関係性は敵同士。魔族であるキルケーにとって人間であるアルヴァは虫けら程度の存在でしかない。
だから決して絆されてはいけない。
騙されているから従順なのだ。俺が魔王だと信じ込んでいるから尽くそうとするのだ。
そして人類の敵である彼女は俺を主だと認識している内に倒すのが一番いいのだ。
地下で捕らわれている人間たちを全員洞窟から解放した後、俺はキルケーを殺さなければいけない。
そうしなければ騙されていたことに気づいた彼女はいずれ必ず俺に復讐しに来るだろう。
キルケーを騙し続けることは出来ない。俺が魔王として生きることが出来ないからだ。
そして魔王への忠誠が高ければ高いほど、その存在を騙った俺を彼女は許すことは出来ない筈だ。
俺だけでなく、団の仲間たちも巻き添えにして惨殺しかねない。もしかしたら街単位かもしれない。
人間を運ぶ為浮遊魔術を使い続けた後ならキルケーも弱っている筈だ。
そこを狙って、可能なら一撃で楽にしてやりたい。
俺は過去の自分と同じ顔をしたウィアードだって斬ることが出来た。キルケーだって同じように出来る。
美しい女の姿をしてようと、健気にこちらの命令に従おうと本質は残忍な魔族なのだから。
「……少し外の空気を吸ってくる、人間たちを運び終えたら呼びに来い」
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洞窟内は澱んだ土臭い空気の中にキルケーのものか、甘い香りが入り混じっていた。
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