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第四章
85話 パワーハラスメント
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先程までの見下した態度が嘘のように魔女キルケーが俺に対し跪く。
魔王の復活を喜ぶ健気な台詞と晴れやかな歓喜の表情は誠実な美しさが感じられる。
だがそれは相手が自分の上司だからだ。
キルケーが冒険者を大量に攫い魔物に変えようとしている危険人物なのは変わらない。
俺は緊張を悟られないよう再び口を開いた。
「うむ、その言葉に免じて先程までの無礼は許してやろう」
「有難うございます」
キルケーは深々と頭を下げる。その白いうなじを見ながら俺は思った。
もしここで自害しろと命じたなら彼女はそれに従うだろうか。
非道な考えだ。だが一番手っ取り早くもある。
配下の魔族が魔王の命令を絶対遵守するなら簡単に滅ぼすことが出来る。
いや、自害させる前に格下の魔物を殲滅して貰う方が先か。そしてその後に死んで貰う。
そうすれば地上から人類に害をなす魔族と魔物は消える。
そこまで考えて俺は気づいた。
残された魔王はどうなるのかと。神に封印され、人間からは恐れられ、部下たちは自らの手で滅ぼした。
そんな存在が生きることをこの世界は許すのだろうか。
「アルヴァレス様?」
心配そうに名前を呼ばれて我に返る。
膝をついたままの体勢でキルケーがこちらを見ていた。
「私如きが御身にお声がけをして申し訳ございません、ただお顔の色が優れないご様子だった為……」
もし不調を感じているならすぐに薬を調合する。
震えながらも俺の身を感じる彼女に俺は大丈夫だと返した。
「魔王様は永き封印から目覚められたばかり、不調を感じられたなら何時でも仰って下さいませ」
このキルケー、薬師として必ずお役に立って見せます。
凛とした表情で宣言する女魔族に思わず礼を言いそうになる。
これは不味い。焦りと自己嫌悪が胸に渦巻く。
この短期間で敵である筈の彼女に絆されかかっている。
キルケーは魔王のふりをしている俺に騙されているだけだとわかっているのに。
もしその嘘がばれたら次の瞬間怒りとともに彼女は俺を肉塊に変えるだろう。
理解しているのに、こちらに対し忠義を尽くそうとする態度に好感を持ってしまう。
もう俺は戯れでもキルケーに自害を命じることは出来ないだろう。
冷静になれ。本来の目的を思い出せ。
俺は爪を自らの手のひらに強く食い込ませながら、自分に言い聞かせる。
彼女を倒すのは今じゃなくていい。ただ俺は仲間たちを助けたいだけだ。
冒険者たちを地下湖で監禁しているのはキルケーで、俺は彼女を騙すために封印が解けた魔王の振りをしている。
まずは冒険者たちを救出する。恐らくその俺の段階で嘘がばれるだろう。
キルケーは怒り狂って殺そうとしてくるに違いない。
しかしクロノやミアン含め冒険者総勢で協力すれば撃退は可能かもしれない。
俺はそこまで考えを纏めると紫髪の魔女に命じた。
「今湖に沈めている人間たちを全員引き上げろ、竜の血が溶けた水が必要だ」
「え……?」
「そして捕らえた人間は洞窟から追い出せ、目障りだ」
「な、なぜかお聞きしても……」
当然の質問だ。俺は恐る恐る訊ねて部下をギロリと睨んだ。
「なんだ、キルケー……お前は自分が納得しないと俺の命令を聞かないつもりか?」
「め、滅相もございません!直ちに仰る通りにいたします!」
俺に脅されたキルケーは顔を真っ青にして彼女は謝罪を繰り返す。
灰村タクミ時代に運悪く当たったパワハラ上司の口癖を真似たのだが、罪悪感と自己嫌悪がすごい。
そして言われていた側だからこそキルケーが今感じている重圧を容易に想像できた。
この行為は仲間を、そして人間たちを救う為の必要悪なのだ。
そう己に言い聞かせながら女魔族が必死に命令を遂行しようと動き回るのを眺めた。
魔王の復活を喜ぶ健気な台詞と晴れやかな歓喜の表情は誠実な美しさが感じられる。
だがそれは相手が自分の上司だからだ。
キルケーが冒険者を大量に攫い魔物に変えようとしている危険人物なのは変わらない。
俺は緊張を悟られないよう再び口を開いた。
「うむ、その言葉に免じて先程までの無礼は許してやろう」
「有難うございます」
キルケーは深々と頭を下げる。その白いうなじを見ながら俺は思った。
もしここで自害しろと命じたなら彼女はそれに従うだろうか。
非道な考えだ。だが一番手っ取り早くもある。
配下の魔族が魔王の命令を絶対遵守するなら簡単に滅ぼすことが出来る。
いや、自害させる前に格下の魔物を殲滅して貰う方が先か。そしてその後に死んで貰う。
そうすれば地上から人類に害をなす魔族と魔物は消える。
そこまで考えて俺は気づいた。
残された魔王はどうなるのかと。神に封印され、人間からは恐れられ、部下たちは自らの手で滅ぼした。
そんな存在が生きることをこの世界は許すのだろうか。
「アルヴァレス様?」
心配そうに名前を呼ばれて我に返る。
膝をついたままの体勢でキルケーがこちらを見ていた。
「私如きが御身にお声がけをして申し訳ございません、ただお顔の色が優れないご様子だった為……」
もし不調を感じているならすぐに薬を調合する。
震えながらも俺の身を感じる彼女に俺は大丈夫だと返した。
「魔王様は永き封印から目覚められたばかり、不調を感じられたなら何時でも仰って下さいませ」
このキルケー、薬師として必ずお役に立って見せます。
凛とした表情で宣言する女魔族に思わず礼を言いそうになる。
これは不味い。焦りと自己嫌悪が胸に渦巻く。
この短期間で敵である筈の彼女に絆されかかっている。
キルケーは魔王のふりをしている俺に騙されているだけだとわかっているのに。
もしその嘘がばれたら次の瞬間怒りとともに彼女は俺を肉塊に変えるだろう。
理解しているのに、こちらに対し忠義を尽くそうとする態度に好感を持ってしまう。
もう俺は戯れでもキルケーに自害を命じることは出来ないだろう。
冷静になれ。本来の目的を思い出せ。
俺は爪を自らの手のひらに強く食い込ませながら、自分に言い聞かせる。
彼女を倒すのは今じゃなくていい。ただ俺は仲間たちを助けたいだけだ。
冒険者たちを地下湖で監禁しているのはキルケーで、俺は彼女を騙すために封印が解けた魔王の振りをしている。
まずは冒険者たちを救出する。恐らくその俺の段階で嘘がばれるだろう。
キルケーは怒り狂って殺そうとしてくるに違いない。
しかしクロノやミアン含め冒険者総勢で協力すれば撃退は可能かもしれない。
俺はそこまで考えを纏めると紫髪の魔女に命じた。
「今湖に沈めている人間たちを全員引き上げろ、竜の血が溶けた水が必要だ」
「え……?」
「そして捕らえた人間は洞窟から追い出せ、目障りだ」
「な、なぜかお聞きしても……」
当然の質問だ。俺は恐る恐る訊ねて部下をギロリと睨んだ。
「なんだ、キルケー……お前は自分が納得しないと俺の命令を聞かないつもりか?」
「め、滅相もございません!直ちに仰る通りにいたします!」
俺に脅されたキルケーは顔を真っ青にして彼女は謝罪を繰り返す。
灰村タクミ時代に運悪く当たったパワハラ上司の口癖を真似たのだが、罪悪感と自己嫌悪がすごい。
そして言われていた側だからこそキルケーが今感じている重圧を容易に想像できた。
この行為は仲間を、そして人間たちを救う為の必要悪なのだ。
そう己に言い聞かせながら女魔族が必死に命令を遂行しようと動き回るのを眺めた。
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