90 / 131
第四章
84話 魔王ですがなにか
しおりを挟む
女魔族キルケーが取り出したそれは一見香水の瓶に見えた。
安っぽいピンク色のガラスの中で魔女の指先の動きに合わせて透明な液体が揺れている。
すぐさま叩き壊してやりたくなったが、その衝動に耐えて相手の発言を待つ。
彼女がその薬を見せたのは俺と自分の実力差を考え破壊できないと思っているからか、それとも幾らでも代わりはあるからか。
最低でもその部分は確認しなければいけない。
「効率の良い方法って……その胡散臭い液体のことかよ」
「そうよ、この薬液はとても便利で助かるわ。これがあれば一度に何十人も絶望に塗れた人間を量産できる」
俺の台詞にキルケーは得意げに微笑む。恐らく誰かに薬のことを自慢したくて堪らなかったのだろう。
だとしたら魔族の割に随分と人間臭い。だからこそ会話から付け込める部分もあるかもしれない。
俺はわざと大袈裟に驚いて見せた。
「えっ、その瓶一つで何十人もだと? 嘘だ、どうやってそんなことが……」
「ふふっ、嘘じゃないわ。現にこの下の湖では大勢の冒険者たちが今も悪夢を見ながら沈んでいるのよ」
この薬入りの水の中でね。瓶に口づけながら言う魔女に俺は演技ではなく驚きの声を上げた。
「冒険者たちを、湖に沈めただって?!」
団の仲間たちが水死体になった姿を想像し気が遠くなる。
その反応が気に入ったのか魔女は楽しそうに声を上げて笑った。
「あはは、お馬鹿さん。死んでないわよ。死んだら魔物に出来ないじゃない」
この湖にはね、秘密があるの。そう言いながらキルケーは尖った爪で地面を指さす。
「氷よりも冷たい水のせいで落ちた人間はすぐに動けなくなり死んだように眠るの」
「死んだように眠る……仮死状態のことか?でも呼吸ができなければ数時間で死ぬだろ」
「それも大丈夫、この湖には魔王様に倒された不死竜が沈んでいるから」
その血が混ざっているせいで、水に落ちた生物の傷は癒え死ぬことは無いのだと魔女は説明する。
「魔王が竜を……?!」
突然魔王という単語を出されて声を上げてしまったが、キルケーが反応に不審がる素振りは無かった。
まだ俺の正体が魔王の生まれ変わりだと気づいていないらしい。
「ええ、昔地上は神の飼い犬である神竜たちが統治していた。そいつらを倒し封印したのが偉大なる魔王アルヴァレス様よ」
「魔王、アルヴァレス……」
名前を呟いた途端頬に痛みが走る。
気が付けば爪の一つを赤く染めたキルケーが豚を見るような目で俺を見ていた。
「畜生如きがあの御方を呼び捨てにしないで」
次はその首を切り落とすわよ。
氷のような表情で宣言する魔女に、俺がそいつの生まれ変わりだと叫んだらどういう顔をするのか気になった。
今の態度から見るにキルケーは魔王を崇拝している。
少なくとも気に入っているらしい俺の顔に躊躇いなく傷をつける程度には。
つまり彼女に俺が魔王だと信じ込ませれば仮死状態の冒険者たちを解放することは叶うかもしれない。
魔王の立場で配下の女魔族にそう命令すればいいのだから。
最大の問題は俺が魔王だとキルケーが信じる可能性が低過ぎることだ。
そしてなりすましと判断した場合彼女からの罰は考えたくない程惨いものになるだろう。
俺がその末に死んだらエレナの神殿に魂は行くのだろう。そして又やり直しになる。
だが次のアルヴァ・グレイブラッドが今回のように灰村タクミとしての人格を持つとは限らない。
やり直せるとはいっても俺が俺のままで仕切りなおせるという事ではないのだ。
だからこそエレナは俺に死を軽く見るなと言ったのだ。
現在俺の中に魔王が封じられていることは事実なのだろう。
だが目覚めさせるわけにはいかない。現在の俺の人格を保ったまま魔王になれるとは限らないからだ。
それに万が一俺の人格を保持していても、魔王としての覚醒に必要な条件は人間への絶望と憎悪を抱かせること。
つまり灰村タクミの意識を保ったまま人類を憎み敵になる可能性だって存在する。俺の精神はそこまで強くない。
だから人間を魔物に変えることが出来るキルケーには絶対にそのことを知られてはいけない。
先程魔王だと告げてしまおうかと考えたのは少し魔が差しただけだ。
なのに、何故。
「良いのか、魔王である俺にそんな態度を取って」
貴様こそ無礼を命で償うことになるぞ。
自分のものでないような傲岸な声と台詞が勝手に口から飛び出す。
怒りを浮かべ俺の首を切り落とすだろうと予測したキルケーは何故かぽかんと口を開けているだけだった。
無防備な表情をしていると毒々しい女魔族ではなくただの美しい女に見える。
その整った顔は次第に歓喜に歪み、大輪の花が咲くような笑みを浮かべた。
「ああ、アルヴァレス様……私の命ある内に再び内にお会いできて良かった!」
嬉しゅうございます。そう汚れた地面に躊躇いなく膝をつきながらキルケーは言う。
これはもしかしたら上手く事を運べるかもしれない。
突然の展開に戸惑いながらも、これを利用して皆を救ってやろうという野心が俺の胸を奇妙に弾ませていた。
安っぽいピンク色のガラスの中で魔女の指先の動きに合わせて透明な液体が揺れている。
すぐさま叩き壊してやりたくなったが、その衝動に耐えて相手の発言を待つ。
彼女がその薬を見せたのは俺と自分の実力差を考え破壊できないと思っているからか、それとも幾らでも代わりはあるからか。
最低でもその部分は確認しなければいけない。
「効率の良い方法って……その胡散臭い液体のことかよ」
「そうよ、この薬液はとても便利で助かるわ。これがあれば一度に何十人も絶望に塗れた人間を量産できる」
俺の台詞にキルケーは得意げに微笑む。恐らく誰かに薬のことを自慢したくて堪らなかったのだろう。
だとしたら魔族の割に随分と人間臭い。だからこそ会話から付け込める部分もあるかもしれない。
俺はわざと大袈裟に驚いて見せた。
「えっ、その瓶一つで何十人もだと? 嘘だ、どうやってそんなことが……」
「ふふっ、嘘じゃないわ。現にこの下の湖では大勢の冒険者たちが今も悪夢を見ながら沈んでいるのよ」
この薬入りの水の中でね。瓶に口づけながら言う魔女に俺は演技ではなく驚きの声を上げた。
「冒険者たちを、湖に沈めただって?!」
団の仲間たちが水死体になった姿を想像し気が遠くなる。
その反応が気に入ったのか魔女は楽しそうに声を上げて笑った。
「あはは、お馬鹿さん。死んでないわよ。死んだら魔物に出来ないじゃない」
この湖にはね、秘密があるの。そう言いながらキルケーは尖った爪で地面を指さす。
「氷よりも冷たい水のせいで落ちた人間はすぐに動けなくなり死んだように眠るの」
「死んだように眠る……仮死状態のことか?でも呼吸ができなければ数時間で死ぬだろ」
「それも大丈夫、この湖には魔王様に倒された不死竜が沈んでいるから」
その血が混ざっているせいで、水に落ちた生物の傷は癒え死ぬことは無いのだと魔女は説明する。
「魔王が竜を……?!」
突然魔王という単語を出されて声を上げてしまったが、キルケーが反応に不審がる素振りは無かった。
まだ俺の正体が魔王の生まれ変わりだと気づいていないらしい。
「ええ、昔地上は神の飼い犬である神竜たちが統治していた。そいつらを倒し封印したのが偉大なる魔王アルヴァレス様よ」
「魔王、アルヴァレス……」
名前を呟いた途端頬に痛みが走る。
気が付けば爪の一つを赤く染めたキルケーが豚を見るような目で俺を見ていた。
「畜生如きがあの御方を呼び捨てにしないで」
次はその首を切り落とすわよ。
氷のような表情で宣言する魔女に、俺がそいつの生まれ変わりだと叫んだらどういう顔をするのか気になった。
今の態度から見るにキルケーは魔王を崇拝している。
少なくとも気に入っているらしい俺の顔に躊躇いなく傷をつける程度には。
つまり彼女に俺が魔王だと信じ込ませれば仮死状態の冒険者たちを解放することは叶うかもしれない。
魔王の立場で配下の女魔族にそう命令すればいいのだから。
最大の問題は俺が魔王だとキルケーが信じる可能性が低過ぎることだ。
そしてなりすましと判断した場合彼女からの罰は考えたくない程惨いものになるだろう。
俺がその末に死んだらエレナの神殿に魂は行くのだろう。そして又やり直しになる。
だが次のアルヴァ・グレイブラッドが今回のように灰村タクミとしての人格を持つとは限らない。
やり直せるとはいっても俺が俺のままで仕切りなおせるという事ではないのだ。
だからこそエレナは俺に死を軽く見るなと言ったのだ。
現在俺の中に魔王が封じられていることは事実なのだろう。
だが目覚めさせるわけにはいかない。現在の俺の人格を保ったまま魔王になれるとは限らないからだ。
それに万が一俺の人格を保持していても、魔王としての覚醒に必要な条件は人間への絶望と憎悪を抱かせること。
つまり灰村タクミの意識を保ったまま人類を憎み敵になる可能性だって存在する。俺の精神はそこまで強くない。
だから人間を魔物に変えることが出来るキルケーには絶対にそのことを知られてはいけない。
先程魔王だと告げてしまおうかと考えたのは少し魔が差しただけだ。
なのに、何故。
「良いのか、魔王である俺にそんな態度を取って」
貴様こそ無礼を命で償うことになるぞ。
自分のものでないような傲岸な声と台詞が勝手に口から飛び出す。
怒りを浮かべ俺の首を切り落とすだろうと予測したキルケーは何故かぽかんと口を開けているだけだった。
無防備な表情をしていると毒々しい女魔族ではなくただの美しい女に見える。
その整った顔は次第に歓喜に歪み、大輪の花が咲くような笑みを浮かべた。
「ああ、アルヴァレス様……私の命ある内に再び内にお会いできて良かった!」
嬉しゅうございます。そう汚れた地面に躊躇いなく膝をつきながらキルケーは言う。
これはもしかしたら上手く事を運べるかもしれない。
突然の展開に戸惑いながらも、これを利用して皆を救ってやろうという野心が俺の胸を奇妙に弾ませていた。
10
お気に入りに追加
1,379
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【幸せスキル】は蜜の味 ハイハイしてたらレベルアップ
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前はアーリー
不慮な事故で死んでしまった僕は転生することになりました
今度は幸せになってほしいという事でチートな能力を神様から授った
まさかの転生という事でチートを駆使して暮らしていきたいと思います
ーーーー
間違い召喚3巻発売記念として投稿いたします
アーリーは間違い召喚と同じ時期に生まれた作品です
読んでいただけると嬉しいです
23話で一時終了となります
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
最強の赤ん坊! 異世界に来てしまったので帰ります!
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
病弱な僕は病院で息を引き取った
お母さんに親孝行もできずに死んでしまった僕はそれが無念でたまらなかった
そんな僕は運がよかったのか、異世界に転生した
魔法の世界なら元の世界に戻ることが出来るはず、僕は絶対に地球に帰る
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる