上 下
88 / 131
第四章

88話 ロード&バグ

しおりを挟む
 灰村タクミの記憶を取り戻したばかりの頃、この世界は俺の為に用意されたものだと女神エレナは言っていた。
 だがそれは建前で本当は全能神とやらが裏で好き勝手していたのが実情だろう。
 俺が灰村タクミの記憶を持たずアルヴァとして生き続けるだけだったのも計画の一つかもしれない。
 そもそも俺のために作られたという名目だが、前世の記憶がなければ自分の書いた小説世界を楽しむも何もない。

 姿も見たことのない全能神は、俺たちを駒のように使って箱庭世界を遊んでいるのだ。
 いや今はまだ遊ぶことさえしていないかもしれない。部下のエレナにチュートリアルを丸投げし自分は雲隠れしている。
 恐らくアルヴァ・グレイラッドが魔王として目覚めてからが本編だと思っているのだろう。

 しかし本来の作品になかった展開のせいかアルヴァは魔物に殺されるだけで魔王になんてならなかった。
 だから神の力で死ぬ前の状態まで時間を戻し何回もやり直しをさせた。魔王化という当たりを引くまで。
 まるでソーシャルゲームのリセットマラソンのようだ。そしてそれを延々とエレナは代行させられていた。

 本人が酒に酔った時泣いていたようにかなりの苦痛だったのだろう。
 少し記憶を辿れば眼鏡の美女の疲れた表情が思い出せる。
 灰村タクミの記憶を取り戻す前のやりとりを今の俺は知っていた。 
  
□■□

「アルヴァ・グレイブラッド。貴方はまた死んでしまいました。もう一度最初からやり直しです」

 その台詞を聞いた途端今までの記憶を思い出す。死んでは又やり直し、そしてまた死ぬ。
 何故ならやり直す際に以前の記憶は消されるからだ。俺は忌々しさに床に唾を吐いた。

「チッ、また俺はあのスライム野郎に殺されたのか!」
「ええ、具体的な回数を確認したいですか?」
「いらねえよ、どうせ記憶を消して放り出すんだから。ふざけんなよブス」
「……そのことについては、申し訳なく思っています」

 無表情を装いながらこの女がしっかり傷ついていることは知っている。だがそんなことはどうでもよかった。

「申し訳ないと思うならよ、あんたが代わりに死んでくれよ」
「出来ません、それは私の役割ではないので」

 このやり取りも数百回繰り返している。最初の頃は怒りのまま相手を殴ったりそれ以上の酷い目に遭わせたりもした。
 だが今はそんなもの虚しいだけだと知っている。どれだけ俺が馬鹿でも何百回も繰り返せば学習するのだ。
 記憶があるならの話だが。

 眼鏡をかけた女神がエレナという名前だということも知っている。
 そして復活する際には忘れてしまうことも。惨めな人生を数えきれない程やり直している。その度に同じ死に方をしている。
 この女神が蘇らせるからだ。俺はその白く細い腕を乱暴に掴んだ。

「あんた、自分を知の女神と名乗ったな。何で俺を蘇らせては又殺す?恨みでもあるのか」

 昔遊んで捨てた女の一人か?意地悪く笑う俺に女神エレナは淡々と答える。

「その質問には三白五十六回答えました。厳密には蘇生ではなく世界ごと時間を巻き戻しているのです。全能神の望む結果になるまで」

 もしくは繰り返すことで結果にバグが生まれ私の願う未来が訪れるまで。
 俺には女神の言うことは理解できなかった。ただ何かに賭けていることはわかった。
 縋るような瞳をしている。俺を見ながら俺以外の相手に助けを求めている。ふざけるなよと思った。

「つまり俺は全能神というクソとお前というブスの賭け事に巻き込まれて死に続けてるわけだ?」
「……そうなります」
「お前らが死ねばいいのに」

 泣きそうな顔の女の輪郭がぼやける。さっきまで覚えていたその名前すらわからない。いつものことだ。そして又繰り返す。
 繰り返してはクロノを追放し、繰り返しては同じ魔物に惨めに殺される。
 前回死んだ俺も今回死んだ俺も神から見たら失敗作だったのだろう。結局俺は誰の特別にもなれない。

 もういい加減終わりたい。消滅でいい。俺が俺じゃなくなってもいい。この世界ごと滅んでもいい。
 魔王になれっていうなら次こそなってやる。その時は真っ先に神とやらを殺しに行くけど。

 それにあの眼鏡の女だって、いい加減終わりたいってツラしてたじゃねぇか。

□■□

「うっ、げぇっ……」

 思い出し過ぎたせいで、膨大な記憶に耐え切れず嘔吐する。自分とは性格の違う人間の思考がまるまる脳みそに詰め込まれたような違和感だ。
 けれど今はそれも自分自身であることを理解している。
 何回も死に続けたアルヴァ・グレイブラッドとその先で目覚めた灰村タクミの記憶を持つ俺。根っこは同じで自己嫌悪の塊だった。
 母親に失敗作扱いされた俺と、神たちに失敗作扱いされたアルヴァは同じ惨めさを抱えていた。

「しかし、まじで危なかったな……」

 勘になるが俺が目覚めなければアルヴァは今度こそ魔王として覚醒していたような気がする。
 そうしたら全能神はうきうきとエレナから操作権を取り上げこの世界を、そしてクロノをぐちゃぐちゃにしていっただろう。
 憎しみに染まり切った魔王を使って。
 そうならなかったのは幸運のせいだけじゃない。
 
 アルヴァが死ぬ度エレナは世界を巻き戻していると言っていた。つまりゲームで考えるなら失敗する度にロードを繰り返し続けたのだ。
 もしくはエラーが出る度にリカバリーをしたという形かもしれない。どちらにしろ膨大な回数を試行したことによりデータに異常が生じた。
 そう、異常事態だ。

 それは本来あり得ないことだった。
 ある日アルヴァは酒場で泥酔して転び頭を強打して死んだ。
 絶対死ぬ筈が無いのに死んだのだ。クロノを追放する前に肝心の悪役が退場してしまった。
 だがアルヴァ・グレイブラッドはここで死ぬ運命ではない。
 クロノを追放した後に凋落して魔物に嬲り殺しにされなければいけない。そういう筋書きなのだから。

 だから緊急手段として俺が目覚めた。アルヴァというキャラクターの中に封じられていた灰村タクミの魂が。
 恐らく「救世主の恩人が望んだ世界」という大義名分の為に埋め込まれたそれ。
 ただ奥深くに存在するだけだった俺の魂はアルヴァ・グレイブラッドの体を動かす為に急遽浮上した。
 数えきれない死とやり直しの果てに。
 きっとそれがエレナの待ち望んでいた「異常事態」だったのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生受験生の教科書チート生活 ~その知識、学校で習いましたよ?~

hisa
ファンタジー
 受験生の少年が、大学受験前にいきなり異世界に転生してしまった。  自称天使に与えられたチートは、社会に出たら役に立たないことで定評のある、学校の教科書。  戦争で下級貴族に成り上がった脳筋親父の英才教育をくぐり抜けて、少年は知識チートで生きていけるのか?  教科書の力で、目指せ異世界成り上がり!! ※なろうとカクヨムにそれぞれ別のスピンオフがあるのでそちらもよろしく! ※第5章に突入しました。 ※小説家になろう96万PV突破! ※カクヨム68万PV突破! ※令和4年10月2日タイトルを『転生した受験生の異世界成り上がり 〜生まれは脳筋な下級貴族家ですが、教科書の知識だけで成り上がってやります〜』から変更しました

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい

ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。 強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。 ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました

okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。

~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます

無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。

異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~

夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。 しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。 とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。 エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。 スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。 *小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み

生活魔法しか使えない少年、浄化(クリーン)を極めて無双します(仮)(習作3)

田中寿郎
ファンタジー
壁しか見えない街(城郭都市)の中は嫌いだ。孤児院でイジメに遭い、無実の罪を着せられた幼い少年は、街を抜け出し、一人森の中で生きる事を選んだ。武器は生活魔法の浄化(クリーン)と乾燥(ドライ)。浄化と乾燥だけでも極めれば結構役に立ちますよ? コメントはたまに気まぐれに返す事がありますが、全レスは致しません。悪しからずご了承願います。 (あと、敬語が使えない呪いに掛かっているので言葉遣いに粗いところがあってもご容赦をw) 台本風(セリフの前に名前が入る)です、これに関しては助言は無用です、そういうスタイルだと思ってあきらめてください。 読みにくい、面白くないという方は、フォローを外してそっ閉じをお願いします。 (カクヨムにも投稿しております)

転生したら唯一の魔法陣継承者になりました。この不便な世界を改革します。

蒼井美紗
ファンタジー
魔物に襲われた記憶を最後に、何故か別の世界へ生まれ変わっていた主人公。この世界でも楽しく生きようと覚悟を決めたけど……何この世界、前の世界と比べ物にならないほど酷い環境なんだけど。俺って公爵家嫡男だよね……前の世界の平民より酷い生活だ。 俺の前世の知識があれば、滅亡するんじゃないかと心配になるほどのこの国を救うことが出来る。魔法陣魔法を広めれば、多くの人の命を救うことが出来る……それならやるしかない! 魔法陣魔法と前世の知識を駆使して、この国の救世主となる主人公のお話です。 ※カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

いずれ殺される悪役モブに転生した俺、死ぬのが嫌で努力したら規格外の強さを手に入れたので、下克上してラスボスを葬ってやります!

果 一
ファンタジー
二人の勇者を主人公に、ブルガス王国のアリクレース公国の大戦を描いた超大作ノベルゲーム『国家大戦・クライシス』。ブラック企業に勤務する久我哲也は、日々の疲労が溜まっている中、そのゲームをやり込んだことにより過労死してしまう。 次に目が覚めたとき、彼はゲーム世界のカイム=ローウェンという名の少年に生まれ変わっていた。ところが、彼が生まれ変わったのは、勇者でもラスボスでもなく、本編に名前すら登場しない悪役サイドのモブキャラだった! しかも、本編で配下達はラスボスに利用されたあげく、見限られて殺されるという運命で……? 「ちくしょう! 死んでたまるか!」 カイムは、殺されないために努力することを決める。 そんな努力の甲斐あってか、カイムは規格外の魔力と実力を手にすることとなり、さらには原作知識で次々と殺される運命だった者達を助け出して、一大勢力の頭へと駆け上る! これは、死ぬ運命だった悪役モブが、最凶へと成り上がる物語だ。    本作は小説家になろう、カクヨムでも公開しています 他サイトでのタイトルは、『いずれ殺される悪役モブに転生した俺、死ぬのが嫌で努力したら規格外の強さを手に入れたので、下克上してラスボスを葬ってやります!~チート魔法で無双してたら、一大勢力を築き上げてしまったんだが~』となります

処理中です...