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第四章

87話 アルヴァ・グレイブラッドの帰還

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「なっ?!」

 驚いた声を上げて過去の俺と同じ顔をした男が蹲る。
 その表情は俺を刺した通り魔によく似ていた。厳密に言えば俺が抵抗した際に見せた顔だ。
 なんで反撃されると思わないのだろう。
 俺は剣を抜いたままウィアードに声をかけた。

「人間の真似が下手くそ過ぎるんだよ、お前」

 洞窟の外と中で別人みたいになりやがって。
 俺の台詞に男は目を見開いたまま大量の水になる。ウィアードの正体はスライムだった。
 それも大人の男一人軽く押し潰せる程巨大なスライムだ。
 俺は先程スライム斬りのスキルでその核を破壊したのだ。

「まあ、前の俺はまんまと騙されて死んだんだけどな」

 地下湖に通じる巨大な穴を見つめながら呟く。
 そうだ、俺はここで一度死んでいる。小説内ではなく、この世界で。
 
 ウィアードに今回のように騙されて殺された。
 クロノを追放してから依頼は失敗だらけ。無理な戦いの結果、仲間の一人は死んでパーティーは解散になった。
 
 そして孤独になったアルヴァは敗戦で受けた傷を温泉で癒そうとアキツ村へ来た。
 評判が下がり過ぎてローレルの街に居づらくなったというのもある。

 しかし長く滞在する内に手持ちの金も少なくなる。
 せめて自炊で節約しようと森で食料を探している時にウィアードに出会ったのだ。
 
 彼は経済的に困窮しているアルヴァに銀貨を数枚見せびらかす。
 自分は森に棲む隠者で薬の調合を生業にしている。
 一緒に洞窟に入り薬草摘みの際の護衛をして欲しいと。
 金に困っていたアルヴァは深く考えずその依頼に飛びついた。

 そしてこの場所で巨大スライムの正体を現したウィアードに圧し潰され全身を砕かれて死んだのだ。
 死体は地下湖に捨てられたことも知っている。その時まだ生きていたからだ。

 クロノへの見当違いの恨み言を吐き捨てながら死ぬ瞬間、しかしアルヴァの胸の中にあったのは別の気持ちだった。 
 自分が追放した人間への逆恨みでも、自分を殺した魔物への憎しみでもない。
 銀級冒険者なのにこんなにも容易く騙され殺された自分がひたすら許せなかった。

 アルヴァ・グレイブラッドはつまらないプライドの持ち主だった。
 その結果破滅し、けれどそのせいで最後に責めた相手は誰でもなく自分だったのだ。
 
 だから彼は魔王に変化することはなく死んだ。

 人間を魔物に変化させる女魔族、キルケ―。
 彼女の本当の目的は自分の手下となる魔物を増やすことではない。

 素質ある者を選び絶望させ人間を憎む魔物に堕とすことで、人の魂に封じられた魔王を見つけ出そうとしていたのだ。
 巨大スライムのウィアードは彼女と組んで洞窟に冒険者を誘い込んでいた。

 そのことを俺は何回も死を繰り返し続けるアルヴァ・グレイブラッドの記憶ごと思い出したのだった。
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