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第四章
86話 仲間殺し
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洞窟の中は薄暗くて空気が淀んでいて不快だった。でも洞窟とはそういうものだ。
ここは所々にヒカリゴケが生えているお陰で真っ暗闇でないだけましな方だった。
リュックの中に一応携帯松明は入っている。
キルケーさんが怖がったり暗くて歩くのに不自由する様子なら使おうと思ったが特に不便さは感じて無いようだった。
ただ魔物とは時々遭遇した。
全身を苔に覆われた蛙顔の水魔ヴォジャノーイ、豚の皮膚と頭部をもつオーク。
馬の下半身に腐乱した人間の上半身をくっつけたような魔物の名前はわからなかった。
どの魔物も興奮状態で口から涎を垂らしてボクたちに襲い掛かってきた。
だがどれも大して強くなかった。
単身で襲ってきたから落ち着いて対処できたのもある。
それにボクが言うのもなんだけど彼らは戦い慣れしていない感じがした。
この洞窟に人間が入ってくること自体が少なそうなので襲撃経験が無かったのかもしれない。
洞窟の入り口には高い柵がある。飛び越えることも壊すことも難しそうな丈夫そうなものだ。
だがキルケーさんが持っていた赤く大きな宝石を台座にはめると、なんとその柵が消えたのだ。
「私の家に代々伝わるものなの。人間はこれを使わないと入れない筈よ」
そう宝石をしまいながら彼女はボクに説明した。
「……森の中で息子を捜していたら、家にある筈のこれが落ちていたの」
きっと息子はこれを使って洞窟に入ってしまった。
そう言いながら肩を震わせるこの母親を、慰めつつ励ましたのは少し前のことだ。
正直洞窟に入らず待っていて欲しかったけれど、自分で息子を見つけるという決意が固くて連れていくことになった。
でもキルケーさん意外な程落ち着いていて、魔物退治の邪魔になることはなかった。
ボクが魔物の息の根を止めるまで少し離れた場所に自主的に避難してくれる。
ただ、倒し終わった後に魔物の死体に近づいては「魔物って人間に似てるのね」と言い出すのは少し嫌だった。
確かにこの洞窟に出てきた魔物はどれも人間に似ている部分がある。
首を切り落としたオークの胴体なんてほぼ人間だ。
でもそんなことを気にしていたら倒せない。
ボクは人を斬ったことがない。人間だと思ったらきっと剣が鈍る。
キルケーさんが人間みたいだと感想を言う度にモヤモヤしていたら、そのことに気づいたのか彼女が謝ってきた。
「ごめんなさい、変なことを言って。人間みたいだなんて言ったら倒し辛いわよね」
「いえ……」
「でもこうも人間っぽい魔物ばかりだと、どうしても祖父に言われたことを思い出してしまって……この洞窟に入ってはいけない理由を」
「理由?」
それは魔物が居て危険だからではないのか。ボクが言うとキルケーさんはゆっくりと首を振った。
「それだけじゃなくて、この洞窟は侵入者を魔物に変えてしまうって言われているの……」
その台詞に真顔になる。なんでそれを先に言わないのだ。
ボクがそう叫ぶ前に黒髪の女性は微笑んだ。
「大丈夫よ、きっと短時間なら。それにただのおとぎ話だと思うわ」
私の一族は代々薬草摘みにこの洞窟に入っていたけれど、誰も魔物にならなかったから。
そう説明され安堵の息を吐く。いや安心してしまってはいけない。
念の為さっさとこの洞窟を出ていきたい。
大分あちらこちらを探したが彼女の子供の姿も見当たらないし、その亡骸らしきものも無かった。
気になるのはここまで来る途中で見かけた大きく深い穴だ。地下湖に繋がっているとキルケーさんは言っていた。
あそこに落ちたとしたならボクでは助けられない。
だがそれを子供の母親に指摘する勇気はボクは無かった。
言えなかったとしても洞窟での捜索は一旦終わらせた方がいいだろう。ここは空気が淀み過ぎている。呼吸する度に体が重くなっていきそうな程に。
「キルケーさん、空気も悪いですし今日はもう洞窟から……」
出ましょう。そう言いかけた瞬間、赤い鳥のようなものがこちらに襲い掛かってくる。
「うわっ」
「ギャッ」
ボクはそれを無意識に剣をふるい叩き落した。
自己強化を使っていたお陰で鳥の魔物は容赦なく地面にめりこんだ。
長い首が折れている。この時点で助からないだろう。
首の先には小さな人間の頭らしきものがついている。げんなりした。
俯せになって息絶えようとしているのを放置し立ち上がろうとする。
するとキルケーさんがその人面鳥を赤子のように抱き上げた。
「な、何してるんですか?!」
瀕死とはいえ相手は魔物だ、地面に落とすように慌てて指示をする。
しかし彼女は従わなかった。
「なんでそんな可哀想なことを言うの?」
「ク、ノ……」
責めるように言う彼女の胸元で赤い鳥は苦悶の声を上げている。
燃えるように赤い羽根と金色の髪を持つ鳥は女性のような声をしていた。
嫌な、予感がする。
キルケーさんはボクの眼前に死にかけの魔鳥を突き付けた。
「この娘、あなたの知り合いではなくて?」
「ドウシ、テ、クロノ……」
人面鳥はミアンさんと同じ顔をしていた。
腕から力が抜け剣が地面に落ちる。
可哀想にと赤子のような大きさの鳥をキルケーさんが再度抱きしめた。
「きっとあなたを見つけて、嬉しくなって近づいただろうに……」
「あ、あ……」
「助けを求めた仲間をあなたは殺してしまったのね」
呪われるがいい。そうぞっとするような声で母に似た女性が告げる。
ミアンさんを、ボクが殺してしまった。一緒に服を買いに行ってくれた彼女を。
もういらないからと言いながらボクの部屋に幾つも家具を持ってきてくれた彼女を。
助けを求めている彼女をボクが殺した。
「そう、あなたが殺したのよ。本当は助けられたのに、あなたに助けを求めていたのに」
まるで耳から毒薬を注がれたようにボクは絶望とともに意識を手放した。
ここは所々にヒカリゴケが生えているお陰で真っ暗闇でないだけましな方だった。
リュックの中に一応携帯松明は入っている。
キルケーさんが怖がったり暗くて歩くのに不自由する様子なら使おうと思ったが特に不便さは感じて無いようだった。
ただ魔物とは時々遭遇した。
全身を苔に覆われた蛙顔の水魔ヴォジャノーイ、豚の皮膚と頭部をもつオーク。
馬の下半身に腐乱した人間の上半身をくっつけたような魔物の名前はわからなかった。
どの魔物も興奮状態で口から涎を垂らしてボクたちに襲い掛かってきた。
だがどれも大して強くなかった。
単身で襲ってきたから落ち着いて対処できたのもある。
それにボクが言うのもなんだけど彼らは戦い慣れしていない感じがした。
この洞窟に人間が入ってくること自体が少なそうなので襲撃経験が無かったのかもしれない。
洞窟の入り口には高い柵がある。飛び越えることも壊すことも難しそうな丈夫そうなものだ。
だがキルケーさんが持っていた赤く大きな宝石を台座にはめると、なんとその柵が消えたのだ。
「私の家に代々伝わるものなの。人間はこれを使わないと入れない筈よ」
そう宝石をしまいながら彼女はボクに説明した。
「……森の中で息子を捜していたら、家にある筈のこれが落ちていたの」
きっと息子はこれを使って洞窟に入ってしまった。
そう言いながら肩を震わせるこの母親を、慰めつつ励ましたのは少し前のことだ。
正直洞窟に入らず待っていて欲しかったけれど、自分で息子を見つけるという決意が固くて連れていくことになった。
でもキルケーさん意外な程落ち着いていて、魔物退治の邪魔になることはなかった。
ボクが魔物の息の根を止めるまで少し離れた場所に自主的に避難してくれる。
ただ、倒し終わった後に魔物の死体に近づいては「魔物って人間に似てるのね」と言い出すのは少し嫌だった。
確かにこの洞窟に出てきた魔物はどれも人間に似ている部分がある。
首を切り落としたオークの胴体なんてほぼ人間だ。
でもそんなことを気にしていたら倒せない。
ボクは人を斬ったことがない。人間だと思ったらきっと剣が鈍る。
キルケーさんが人間みたいだと感想を言う度にモヤモヤしていたら、そのことに気づいたのか彼女が謝ってきた。
「ごめんなさい、変なことを言って。人間みたいだなんて言ったら倒し辛いわよね」
「いえ……」
「でもこうも人間っぽい魔物ばかりだと、どうしても祖父に言われたことを思い出してしまって……この洞窟に入ってはいけない理由を」
「理由?」
それは魔物が居て危険だからではないのか。ボクが言うとキルケーさんはゆっくりと首を振った。
「それだけじゃなくて、この洞窟は侵入者を魔物に変えてしまうって言われているの……」
その台詞に真顔になる。なんでそれを先に言わないのだ。
ボクがそう叫ぶ前に黒髪の女性は微笑んだ。
「大丈夫よ、きっと短時間なら。それにただのおとぎ話だと思うわ」
私の一族は代々薬草摘みにこの洞窟に入っていたけれど、誰も魔物にならなかったから。
そう説明され安堵の息を吐く。いや安心してしまってはいけない。
念の為さっさとこの洞窟を出ていきたい。
大分あちらこちらを探したが彼女の子供の姿も見当たらないし、その亡骸らしきものも無かった。
気になるのはここまで来る途中で見かけた大きく深い穴だ。地下湖に繋がっているとキルケーさんは言っていた。
あそこに落ちたとしたならボクでは助けられない。
だがそれを子供の母親に指摘する勇気はボクは無かった。
言えなかったとしても洞窟での捜索は一旦終わらせた方がいいだろう。ここは空気が淀み過ぎている。呼吸する度に体が重くなっていきそうな程に。
「キルケーさん、空気も悪いですし今日はもう洞窟から……」
出ましょう。そう言いかけた瞬間、赤い鳥のようなものがこちらに襲い掛かってくる。
「うわっ」
「ギャッ」
ボクはそれを無意識に剣をふるい叩き落した。
自己強化を使っていたお陰で鳥の魔物は容赦なく地面にめりこんだ。
長い首が折れている。この時点で助からないだろう。
首の先には小さな人間の頭らしきものがついている。げんなりした。
俯せになって息絶えようとしているのを放置し立ち上がろうとする。
するとキルケーさんがその人面鳥を赤子のように抱き上げた。
「な、何してるんですか?!」
瀕死とはいえ相手は魔物だ、地面に落とすように慌てて指示をする。
しかし彼女は従わなかった。
「なんでそんな可哀想なことを言うの?」
「ク、ノ……」
責めるように言う彼女の胸元で赤い鳥は苦悶の声を上げている。
燃えるように赤い羽根と金色の髪を持つ鳥は女性のような声をしていた。
嫌な、予感がする。
キルケーさんはボクの眼前に死にかけの魔鳥を突き付けた。
「この娘、あなたの知り合いではなくて?」
「ドウシ、テ、クロノ……」
人面鳥はミアンさんと同じ顔をしていた。
腕から力が抜け剣が地面に落ちる。
可哀想にと赤子のような大きさの鳥をキルケーさんが再度抱きしめた。
「きっとあなたを見つけて、嬉しくなって近づいただろうに……」
「あ、あ……」
「助けを求めた仲間をあなたは殺してしまったのね」
呪われるがいい。そうぞっとするような声で母に似た女性が告げる。
ミアンさんを、ボクが殺してしまった。一緒に服を買いに行ってくれた彼女を。
もういらないからと言いながらボクの部屋に幾つも家具を持ってきてくれた彼女を。
助けを求めている彼女をボクが殺した。
「そう、あなたが殺したのよ。本当は助けられたのに、あなたに助けを求めていたのに」
まるで耳から毒薬を注がれたようにボクは絶望とともに意識を手放した。
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