86 / 131
第四章
86話 仲間殺し
しおりを挟む
洞窟の中は薄暗くて空気が淀んでいて不快だった。でも洞窟とはそういうものだ。
ここは所々にヒカリゴケが生えているお陰で真っ暗闇でないだけましな方だった。
リュックの中に一応携帯松明は入っている。
キルケーさんが怖がったり暗くて歩くのに不自由する様子なら使おうと思ったが特に不便さは感じて無いようだった。
ただ魔物とは時々遭遇した。
全身を苔に覆われた蛙顔の水魔ヴォジャノーイ、豚の皮膚と頭部をもつオーク。
馬の下半身に腐乱した人間の上半身をくっつけたような魔物の名前はわからなかった。
どの魔物も興奮状態で口から涎を垂らしてボクたちに襲い掛かってきた。
だがどれも大して強くなかった。
単身で襲ってきたから落ち着いて対処できたのもある。
それにボクが言うのもなんだけど彼らは戦い慣れしていない感じがした。
この洞窟に人間が入ってくること自体が少なそうなので襲撃経験が無かったのかもしれない。
洞窟の入り口には高い柵がある。飛び越えることも壊すことも難しそうな丈夫そうなものだ。
だがキルケーさんが持っていた赤く大きな宝石を台座にはめると、なんとその柵が消えたのだ。
「私の家に代々伝わるものなの。人間はこれを使わないと入れない筈よ」
そう宝石をしまいながら彼女はボクに説明した。
「……森の中で息子を捜していたら、家にある筈のこれが落ちていたの」
きっと息子はこれを使って洞窟に入ってしまった。
そう言いながら肩を震わせるこの母親を、慰めつつ励ましたのは少し前のことだ。
正直洞窟に入らず待っていて欲しかったけれど、自分で息子を見つけるという決意が固くて連れていくことになった。
でもキルケーさん意外な程落ち着いていて、魔物退治の邪魔になることはなかった。
ボクが魔物の息の根を止めるまで少し離れた場所に自主的に避難してくれる。
ただ、倒し終わった後に魔物の死体に近づいては「魔物って人間に似てるのね」と言い出すのは少し嫌だった。
確かにこの洞窟に出てきた魔物はどれも人間に似ている部分がある。
首を切り落としたオークの胴体なんてほぼ人間だ。
でもそんなことを気にしていたら倒せない。
ボクは人を斬ったことがない。人間だと思ったらきっと剣が鈍る。
キルケーさんが人間みたいだと感想を言う度にモヤモヤしていたら、そのことに気づいたのか彼女が謝ってきた。
「ごめんなさい、変なことを言って。人間みたいだなんて言ったら倒し辛いわよね」
「いえ……」
「でもこうも人間っぽい魔物ばかりだと、どうしても祖父に言われたことを思い出してしまって……この洞窟に入ってはいけない理由を」
「理由?」
それは魔物が居て危険だからではないのか。ボクが言うとキルケーさんはゆっくりと首を振った。
「それだけじゃなくて、この洞窟は侵入者を魔物に変えてしまうって言われているの……」
その台詞に真顔になる。なんでそれを先に言わないのだ。
ボクがそう叫ぶ前に黒髪の女性は微笑んだ。
「大丈夫よ、きっと短時間なら。それにただのおとぎ話だと思うわ」
私の一族は代々薬草摘みにこの洞窟に入っていたけれど、誰も魔物にならなかったから。
そう説明され安堵の息を吐く。いや安心してしまってはいけない。
念の為さっさとこの洞窟を出ていきたい。
大分あちらこちらを探したが彼女の子供の姿も見当たらないし、その亡骸らしきものも無かった。
気になるのはここまで来る途中で見かけた大きく深い穴だ。地下湖に繋がっているとキルケーさんは言っていた。
あそこに落ちたとしたならボクでは助けられない。
だがそれを子供の母親に指摘する勇気はボクは無かった。
言えなかったとしても洞窟での捜索は一旦終わらせた方がいいだろう。ここは空気が淀み過ぎている。呼吸する度に体が重くなっていきそうな程に。
「キルケーさん、空気も悪いですし今日はもう洞窟から……」
出ましょう。そう言いかけた瞬間、赤い鳥のようなものがこちらに襲い掛かってくる。
「うわっ」
「ギャッ」
ボクはそれを無意識に剣をふるい叩き落した。
自己強化を使っていたお陰で鳥の魔物は容赦なく地面にめりこんだ。
長い首が折れている。この時点で助からないだろう。
首の先には小さな人間の頭らしきものがついている。げんなりした。
俯せになって息絶えようとしているのを放置し立ち上がろうとする。
するとキルケーさんがその人面鳥を赤子のように抱き上げた。
「な、何してるんですか?!」
瀕死とはいえ相手は魔物だ、地面に落とすように慌てて指示をする。
しかし彼女は従わなかった。
「なんでそんな可哀想なことを言うの?」
「ク、ノ……」
責めるように言う彼女の胸元で赤い鳥は苦悶の声を上げている。
燃えるように赤い羽根と金色の髪を持つ鳥は女性のような声をしていた。
嫌な、予感がする。
キルケーさんはボクの眼前に死にかけの魔鳥を突き付けた。
「この娘、あなたの知り合いではなくて?」
「ドウシ、テ、クロノ……」
人面鳥はミアンさんと同じ顔をしていた。
腕から力が抜け剣が地面に落ちる。
可哀想にと赤子のような大きさの鳥をキルケーさんが再度抱きしめた。
「きっとあなたを見つけて、嬉しくなって近づいただろうに……」
「あ、あ……」
「助けを求めた仲間をあなたは殺してしまったのね」
呪われるがいい。そうぞっとするような声で母に似た女性が告げる。
ミアンさんを、ボクが殺してしまった。一緒に服を買いに行ってくれた彼女を。
もういらないからと言いながらボクの部屋に幾つも家具を持ってきてくれた彼女を。
助けを求めている彼女をボクが殺した。
「そう、あなたが殺したのよ。本当は助けられたのに、あなたに助けを求めていたのに」
まるで耳から毒薬を注がれたようにボクは絶望とともに意識を手放した。
ここは所々にヒカリゴケが生えているお陰で真っ暗闇でないだけましな方だった。
リュックの中に一応携帯松明は入っている。
キルケーさんが怖がったり暗くて歩くのに不自由する様子なら使おうと思ったが特に不便さは感じて無いようだった。
ただ魔物とは時々遭遇した。
全身を苔に覆われた蛙顔の水魔ヴォジャノーイ、豚の皮膚と頭部をもつオーク。
馬の下半身に腐乱した人間の上半身をくっつけたような魔物の名前はわからなかった。
どの魔物も興奮状態で口から涎を垂らしてボクたちに襲い掛かってきた。
だがどれも大して強くなかった。
単身で襲ってきたから落ち着いて対処できたのもある。
それにボクが言うのもなんだけど彼らは戦い慣れしていない感じがした。
この洞窟に人間が入ってくること自体が少なそうなので襲撃経験が無かったのかもしれない。
洞窟の入り口には高い柵がある。飛び越えることも壊すことも難しそうな丈夫そうなものだ。
だがキルケーさんが持っていた赤く大きな宝石を台座にはめると、なんとその柵が消えたのだ。
「私の家に代々伝わるものなの。人間はこれを使わないと入れない筈よ」
そう宝石をしまいながら彼女はボクに説明した。
「……森の中で息子を捜していたら、家にある筈のこれが落ちていたの」
きっと息子はこれを使って洞窟に入ってしまった。
そう言いながら肩を震わせるこの母親を、慰めつつ励ましたのは少し前のことだ。
正直洞窟に入らず待っていて欲しかったけれど、自分で息子を見つけるという決意が固くて連れていくことになった。
でもキルケーさん意外な程落ち着いていて、魔物退治の邪魔になることはなかった。
ボクが魔物の息の根を止めるまで少し離れた場所に自主的に避難してくれる。
ただ、倒し終わった後に魔物の死体に近づいては「魔物って人間に似てるのね」と言い出すのは少し嫌だった。
確かにこの洞窟に出てきた魔物はどれも人間に似ている部分がある。
首を切り落としたオークの胴体なんてほぼ人間だ。
でもそんなことを気にしていたら倒せない。
ボクは人を斬ったことがない。人間だと思ったらきっと剣が鈍る。
キルケーさんが人間みたいだと感想を言う度にモヤモヤしていたら、そのことに気づいたのか彼女が謝ってきた。
「ごめんなさい、変なことを言って。人間みたいだなんて言ったら倒し辛いわよね」
「いえ……」
「でもこうも人間っぽい魔物ばかりだと、どうしても祖父に言われたことを思い出してしまって……この洞窟に入ってはいけない理由を」
「理由?」
それは魔物が居て危険だからではないのか。ボクが言うとキルケーさんはゆっくりと首を振った。
「それだけじゃなくて、この洞窟は侵入者を魔物に変えてしまうって言われているの……」
その台詞に真顔になる。なんでそれを先に言わないのだ。
ボクがそう叫ぶ前に黒髪の女性は微笑んだ。
「大丈夫よ、きっと短時間なら。それにただのおとぎ話だと思うわ」
私の一族は代々薬草摘みにこの洞窟に入っていたけれど、誰も魔物にならなかったから。
そう説明され安堵の息を吐く。いや安心してしまってはいけない。
念の為さっさとこの洞窟を出ていきたい。
大分あちらこちらを探したが彼女の子供の姿も見当たらないし、その亡骸らしきものも無かった。
気になるのはここまで来る途中で見かけた大きく深い穴だ。地下湖に繋がっているとキルケーさんは言っていた。
あそこに落ちたとしたならボクでは助けられない。
だがそれを子供の母親に指摘する勇気はボクは無かった。
言えなかったとしても洞窟での捜索は一旦終わらせた方がいいだろう。ここは空気が淀み過ぎている。呼吸する度に体が重くなっていきそうな程に。
「キルケーさん、空気も悪いですし今日はもう洞窟から……」
出ましょう。そう言いかけた瞬間、赤い鳥のようなものがこちらに襲い掛かってくる。
「うわっ」
「ギャッ」
ボクはそれを無意識に剣をふるい叩き落した。
自己強化を使っていたお陰で鳥の魔物は容赦なく地面にめりこんだ。
長い首が折れている。この時点で助からないだろう。
首の先には小さな人間の頭らしきものがついている。げんなりした。
俯せになって息絶えようとしているのを放置し立ち上がろうとする。
するとキルケーさんがその人面鳥を赤子のように抱き上げた。
「な、何してるんですか?!」
瀕死とはいえ相手は魔物だ、地面に落とすように慌てて指示をする。
しかし彼女は従わなかった。
「なんでそんな可哀想なことを言うの?」
「ク、ノ……」
責めるように言う彼女の胸元で赤い鳥は苦悶の声を上げている。
燃えるように赤い羽根と金色の髪を持つ鳥は女性のような声をしていた。
嫌な、予感がする。
キルケーさんはボクの眼前に死にかけの魔鳥を突き付けた。
「この娘、あなたの知り合いではなくて?」
「ドウシ、テ、クロノ……」
人面鳥はミアンさんと同じ顔をしていた。
腕から力が抜け剣が地面に落ちる。
可哀想にと赤子のような大きさの鳥をキルケーさんが再度抱きしめた。
「きっとあなたを見つけて、嬉しくなって近づいただろうに……」
「あ、あ……」
「助けを求めた仲間をあなたは殺してしまったのね」
呪われるがいい。そうぞっとするような声で母に似た女性が告げる。
ミアンさんを、ボクが殺してしまった。一緒に服を買いに行ってくれた彼女を。
もういらないからと言いながらボクの部屋に幾つも家具を持ってきてくれた彼女を。
助けを求めている彼女をボクが殺した。
「そう、あなたが殺したのよ。本当は助けられたのに、あなたに助けを求めていたのに」
まるで耳から毒薬を注がれたようにボクは絶望とともに意識を手放した。
10
お気に入りに追加
1,346
あなたにおすすめの小説
転生受験生の教科書チート生活 ~その知識、学校で習いましたよ?~
hisa
ファンタジー
受験生の少年が、大学受験前にいきなり異世界に転生してしまった。
自称天使に与えられたチートは、社会に出たら役に立たないことで定評のある、学校の教科書。
戦争で下級貴族に成り上がった脳筋親父の英才教育をくぐり抜けて、少年は知識チートで生きていけるのか?
教科書の力で、目指せ異世界成り上がり!!
※なろうとカクヨムにそれぞれ別のスピンオフがあるのでそちらもよろしく!
※第5章に突入しました。
※小説家になろう96万PV突破!
※カクヨム68万PV突破!
※令和4年10月2日タイトルを『転生した受験生の異世界成り上がり 〜生まれは脳筋な下級貴族家ですが、教科書の知識だけで成り上がってやります〜』から変更しました
異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい
ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。
強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。
ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。
この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました
okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。
~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます
無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。
異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~
夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。
しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。
とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。
エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。
スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。
*小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み
転生したら唯一の魔法陣継承者になりました。この不便な世界を改革します。
蒼井美紗
ファンタジー
魔物に襲われた記憶を最後に、何故か別の世界へ生まれ変わっていた主人公。この世界でも楽しく生きようと覚悟を決めたけど……何この世界、前の世界と比べ物にならないほど酷い環境なんだけど。俺って公爵家嫡男だよね……前の世界の平民より酷い生活だ。
俺の前世の知識があれば、滅亡するんじゃないかと心配になるほどのこの国を救うことが出来る。魔法陣魔法を広めれば、多くの人の命を救うことが出来る……それならやるしかない!
魔法陣魔法と前世の知識を駆使して、この国の救世主となる主人公のお話です。
※カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。
いずれ殺される悪役モブに転生した俺、死ぬのが嫌で努力したら規格外の強さを手に入れたので、下克上してラスボスを葬ってやります!
果 一
ファンタジー
二人の勇者を主人公に、ブルガス王国のアリクレース公国の大戦を描いた超大作ノベルゲーム『国家大戦・クライシス』。ブラック企業に勤務する久我哲也は、日々の疲労が溜まっている中、そのゲームをやり込んだことにより過労死してしまう。
次に目が覚めたとき、彼はゲーム世界のカイム=ローウェンという名の少年に生まれ変わっていた。ところが、彼が生まれ変わったのは、勇者でもラスボスでもなく、本編に名前すら登場しない悪役サイドのモブキャラだった!
しかも、本編で配下達はラスボスに利用されたあげく、見限られて殺されるという運命で……?
「ちくしょう! 死んでたまるか!」
カイムは、殺されないために努力することを決める。
そんな努力の甲斐あってか、カイムは規格外の魔力と実力を手にすることとなり、さらには原作知識で次々と殺される運命だった者達を助け出して、一大勢力の頭へと駆け上る!
これは、死ぬ運命だった悪役モブが、最凶へと成り上がる物語だ。
本作は小説家になろう、カクヨムでも公開しています
他サイトでのタイトルは、『いずれ殺される悪役モブに転生した俺、死ぬのが嫌で努力したら規格外の強さを手に入れたので、下克上してラスボスを葬ってやります!~チート魔法で無双してたら、一大勢力を築き上げてしまったんだが~』となります
転生して異世界の第7王子に生まれ変わったが、魔力が0で無能者と言われ、僻地に追放されたので自由に生きる。
黒ハット
ファンタジー
ヤクザだった大宅宗一35歳は死んで記憶を持ったまま異世界の第7王子に転生する。魔力が0で魔法を使えないので、無能者と言われて王族の籍を抜かれ僻地の領主に追放される。魔法を使える事が分かって2回目の人生は前世の知識と魔法を使って領地を発展させながら自由に生きるつもりだったが、波乱万丈の人生を送る事になる
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる