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第三章

81話 軽い代償

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 約束した通り数十分後には俺は再び森の中に居た。
 しかし傍らに自警団の青年はいない。合流したウィアードに理由を尋ねられる。

「お前に関係ないだろ」

 そう乱暴に言い放つと彼は口をもごもごさせながら結局黙った。
 この男の誘いには乗るが何もかも打ち明ける気にはならない。

「俺たちの目的は洞窟内の魔物退治じゃない、人数はそこまで必要ない筈だ」
「そうでしょうかね……」
「最低限の備えは持ってきた、さっさと案内しろ」

 俺が苛々した口調で言うとモンスターテイマーは怯えた顔で歩き出した。
 その後を彼が従えているスライムがぴょんぴょんと飛び跳ねながら追う。戦闘の役には立たないかもしれないが愛玩動物的可愛さはあるかもしれない。
 先日同じ種の魔物に殺されかけたことも忘れてそう思う。

「あの、少し歩きづらいかもしれませんが、怒らないでいただけると……」 

 そうウィアードがこちらを振り返りながらおどおどと口にする。
 わかったと返して俺はその猫背の後をついていった。
 成程、確かに進めば進むほど地面がぬかるんでいく。泥にまみれ腐りかけた落ち葉がブーツにつくのに辟易した。
 こんな場所で転び尻餅でもついたら悲惨なことになるだろう。俺は地面を時々見ながら慎重に歩く。
 するとあるものを見つけた。足跡だ。

「これは……」

 今立っている場所は水分が多い土のせいで靴底が地面に沈みやすい。
 ウィアードの足跡は先程から何回も見たしだから俺の後にも幾つも足跡が出来ている筈だ。
 だが今発見したそれは俺たちのものより大分小さい。成人男性のものではないと即座にわかるぐらいには。

「クロノか……?」

 そう呟く。他にも同じサイズの足跡がないか周囲を見まわそうとしたところ、膝に謎の弾力を感じた。

「うわっ」

 驚いてとっさに手で振り払おうとする。火傷した腕でやったので地味に痛かった。
 犯人は小さなスライムだ。ウィアードが連れている魔物である。

「わっ、わっ、すみません」

 少し離れた場所で飼い主が慌てて謝罪している姿が見えた。
 装っていない苛立ちのまま彼を睨みつける。しかし次の瞬間俺の関心はその隣のものに移った。
 金属で作られたらしき柵が魔物使いの隣に高々とそびえ立っている。

「あの、ここが洞窟の入り口ですので」

 怒らないでください。そう口にしていない台詞を空耳で聞きながら俺はウィアードに近づく。スライムはちゃっかりと俺から距離をとって彼の元へ逃げていた。

「この柵の向こうに洞窟の入り口があります。こちらは裏口みたいなものですけど」

 指さされた場所を見ると確かにそれらしきものがあった。祭壇は見当たらない。裏口だからだろうか。
 かわりにスライムが数体蠢いている。

「少年を見失ったのはこの辺りなんですよね、僕がびっくりして転んで起き上がった時には姿がなくて……だから中に入っちゃったのかと」

 洞窟は扉が無いので入ろうと思えば入れますし。
 当たり前のように言い放つ彼に俺は首を傾げた。

「洞窟の入り口が塞がれてなくても、このでかい柵があるだろう」

 クロノなら強化魔法を自らに使えば登ったり飛び越えられたりできるかもしれないが。
 少なくとも俺には無理だしウィアードも出来るようには見えない。
 俺の指摘に魔物使いはそんなことですかと返した。

「簡単ですよ、ほら行け」

 彼が足元を見ながら何かに命じる。すると先程俺に体当たりしたスライムが前進しだした。
 そして柵に纏わりついたと思ったら器用に登り出す。ナメクジの蠕動を思い出してしまった。
  透明な魔物の体が何かをはめ込む為のような窪みに触れる。
  その瞬間音もなくその小さな肉体は弾けた。まるで水風船が破裂するかのように。

「よし、今です」

 俺の手を引っ張りながらウィアードが言う。振り払おうとしたが彼の目の前から柵が消えていることに気づく。

「早く!」

 驚いている俺を魔物使いは更に急かす。
 負傷している腕を容赦なく握ってくる男に言われるまま柵があった場所を通り抜けた。
 洞窟の目の前まで辿り着くとウィアードは俺の手を解放した。
 彼の足元ではスライムが数体地面を這っている。
 けれどそれらは俺にじゃれついてきた個体ではない。
 振り返ると既に柵は元に戻っていた。
 その下の地面には小さな石のかけらのようなものがまばらに転がっている。
 スライムの欠片かと思ったが、あれらは死んだら水になる魔物だ。違うだろう。

「あの柵を誰が作ったか不明ですが窪みに魔力を触れさせれると短時間だけ消えるんですねえ」

 恐らく魔術を使える者だけが入れるような仕組みにしたんでしょうけど。
 魔物使いはスライムの一匹を抱き上げながら言う。

「つまり魔力を保有している魔物でも代用ができるってことです。使ったら壊れますけど」

 ここには代わりが幾らでもいるので便利で助かります。
 薄笑いを浮かべながら言うウィアードに俺は嫌悪と不気味さを感じていた。 
 
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