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第三章

76話 進んだ先に待ち受けるもの

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 村に二つある宿はどちらもガラガラだった。
 部屋の一つ一つを見て回った訳ではないが、宿の人間は昨日今日宿泊している客はいないと話していた。
 受付近くにも客らしき人間は一人もいなかった。
 両方の宿で受付係の女性にニコラスという子供がいないかと聞いて、うちの子だと言った方に泊まることにした。
 湯治目的だと告げてとりあえず二泊予約する。追加で連泊することは出来るかと質問すると可能だという答えが返ってきた。
 二人部屋を借りてレックスと一緒に移動する。
 風呂は宿の裏手にあることと、食事は一階の食堂兼酒場で営業時間内に適当に注文してくれと言われた。
 女将らしき女性と話している間、ニコラスという少年と再会することは無かった。
 二階へ上がると廊下に本棚があった。娯楽用に置かれたものだろうか。
 窓の近くに設置してあるせいか状態は余り良くない。
 貸し出された部屋は簡素だったが予想以上に広かった。家具はどれも古く、ベッドカバーは使い込まれて色褪せている。
 宿泊代も安かったし不潔でなければそれでいい。俺は窓側のベッドに自分の荷物を置いた。着替え用の服などが入っている。
 クロノと合流した後問題なければミアン含む他メンバーの依頼状況を確認したいと思い、何泊か出来る程度の荷造りはしてきたのだ。

「さて、これからどうすんだ?」
「それはこっちが聞きたいな。レックス、お前はこのまま村に残るのか」

 彼は俺と違って荷物らしき荷物を持っていない。アキツ村に長居するつもりはないのかもしれない。
 それに異変なら既に十分感じ取っている。
 ローレンの街から大量の冒険者がアキツ村に流れている筈なのに、実際村を訪れたら影も形もなかった。
 慎重な人間ならこの時点で村を後にするだろう。レックスは思案顔で口を開く。

「実は迷ってるんだよな。泊まる予定では来てないし。さっき送ってくれた馬車に乗って帰るつもりだったんだ」

 でも俺も居た方がいいよな。そう確認されて俺は考え込む。
 確かに居てくれた方が便利ではある。だが無理強いはしたくない。
 それに危険な目に遭うかもしれない。
 考えた内容をそのまま伝えるとレックスはベッドに腰掛けながら悩み始めた。

「アキツ村で危険なところなんて洞窟の奥ぐらいだぜ?」
「それは過去の話だろう。今は洞窟の入り口まで魔物たちが出るようになったと聞いている」

 だから村人がローレンの街まで来て冒険者たちに魔物退治を依頼して回っているのだ。
 エストたちが依頼を受けたことを考えれば他の街にも行っているかもしれない。 

「……魔物たちが洞窟から出そうになっている。その割には村の人間たち全然怖がってなくないか?」

 火猪が暴れた後の街の住民はもう少し不安がって巡回を増やせって何人も言ってきたぜ。
 自警団らしいレックスの指摘に俺は頷く。そうだ、アキツ村の様子は今のところ温泉が名物の穏やかな小村でしかない。
 近くの洞窟から魔物が出そうになっているという緊張感が出歩いている住人たちから感じられないのだ。

「……洞窟の魔物自体が嘘で、村の人間たちが冒険者を騙して連れてきた可能性が……」

 あるかもしれないと言いかけて俺は口を閉じた。理由が思いつかないのだ。
 不自然な形で言葉を終えた俺を見ながらレックスも難しい顔で頭をかく。 

「昔親父に聞いた事がある。アキツ村の洞窟には神が施した封印がされていて、魔物たちは一歩も出られないって話だ」
「封印?」
「そうだ、だから村人は危険な魔物のいる洞窟がすぐそばにあるのに平気な顔で暮らせてるんだって……」
「……だが、封印で事足りてるのなら冒険者に依頼をして魔物退治をする必要もないだろう」
「そうなんだよなあ」

 この件、親父たちやギルドに報告した方がいいのかな。そう尋ねられ、俺はそうすべきだと頷く。
 だったらレックスはやはり馬車で帰ってもらった方がいいだろう。
 ならばローレンの街にノアが戻ってきた際にアキツ村に来てくれるよう伝言を頼もう。 
 
「でもこの部屋二人用で頼んだんだろ?」

 青年に言われ俺は問題ないと返す。

「別に金はある。それに団のメンバーと合流したらベッドの数が足りないくらいだ」

 宿泊代は前払いしてあるからそのまま出て行っていい。俺の言葉にレックスはそれならと提案してきた。
 
「帰る前にさ、洞窟も見ていきたいんだよ」
「洞窟を?だが村長は今留守にしている筈だろう」

 村を一回りした際洞窟がある森まで立ち寄ったが、キノコ採りをしていた村人に止められたのだ。
 洞窟の入り口には村人が金を出し合って作った祭壇などがある為敷地内に立ち入るにも村長の許可がいると言われた。
 だが肝心の村長が数日ほど村を空けているというのだ。正直良くない意味で驚いたが村人に文句を言っても不毛なだけなので大人しく後戻りをした。
 村長の帰りを聞いたところ明日か明後日ぐらいじゃないかと言われたので、宿屋に連泊すると伝えたのだ。

「不法侵入扱いされると俺が村に居づらくなるんだが」

 本日帰る予定のレックスに俺はそう指摘する。

「だけど、今街に戻って報告しても洞窟確認してから来やがれって言われると思うんだよな」

 冒険者が村の中に居なくても洞窟の中や入口辺りにたむろってる可能性もあるし。
 青年の台詞に否定できる要素はない。

「全員洞窟に潜りっぱなしとかさ。いや、それはねぇか」
「……もしくは全滅したかだな」
「おい、悪趣味な冗談はよせよ」

 俺の言葉にレックスが怒り出す。別に冗談で言ったつもりではない。最悪の想定としてずっと頭にあったことだ。
 俺は灰色の鷹団のメンバーを誰一人この村でまだ見つけられていない。
 クロノやミアンはともかく、エストたちは大分前からこのアキツ村に滞在している筈だ。
 魔物退治の依頼が終わって村を出た可能性も考えた。だが何故ローレンにあるアジトに戻ってこないのか。
 本当はすぐにでも村の住人に根掘り葉掘り聞いて回りたいし、洞窟へも突入したい。
 だが推理小説などでは中途半端に勘づいた人間は口封じされるのがお約束だ。探偵役の主人公なら生き残れるかもしれないが。
 なんだか嫌な予感がするのだ。 

「おい、冗談で言ったんだよな……?」

 俺が黙っているとレックスは一気に不安そうな顔になった。

「冗談で済めば良いと思っている」

 そう返すと青年は益々表情を暗くする。
 しかしそんなレックスの何倍も今の俺は気分が落ち込んでいる。実を言えばこの村に来てからずっと謎の不安と恐怖をこの体は感じ続けているのだ。
 逃げ出したいけど逃げ出せない。母に叱られることがわかりながら家路につく時の気持ちに似ている。
 だからきっとこの村には何かがあるのだ。そしてそれは俺たちが動くことで更に進行する。ゲーム内のイベントのように。そんな気がした。
 
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