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第三章
75話 冒険者のいない村
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アキツ村は観光地としては小さい。
入口に観光客用の案内所兼土産物屋が一つ。
それぞれ五組ぐらいしか泊まれなさそうな宿が二軒。
酒場も食堂も宿に併設されている。
後は民家と畑だ。
一時間もあれば村内だけなら全部見ることが出来るだろう。
歩いているとちらほらと村民たちとすれ違う。
とても観光地とは思えない長閑さだった。
だからこそ異常だ。
ローレンの街から誘致した筈の冒険者の姿が見えない。
この村より何倍も大きい街から冒険者たちの姿が消える程の人数だというのに。
宿で休んでいるにしても、部屋数が足りないだろう。
俺が周囲を観察しながら考えているとレックスが体を僅かに屈めて耳打ちしてきた。
「なあ、ここにきてから冒険者らしき奴見かけたか?」
「いや、一人も」
「だよなあ……」
想定していなかった事態だ。クロノの姿も見当たらない。ストレスで胃痛がしてきた。
冒険者を見かけたらその人物に声をかけ、魔物についてや村の現状などを聞き出すつもりだったが一人も居ないのだ。
この時点で街に引き返した方が賢い気さえしてくる。
しかし確かにこの村へ灰色の鷹団のメンバーは訪れている筈なのだ。
「……一度、馬車まで戻るか」
馬車でここまで送ってくれた商人は元自警団だという。
だからこそレックスがあそこまであけすけに荷台で語れたのだ。
村から立ち去るにしても調査を続行するにしても一度合流して異変について情報共有した方がいい。
俺がそうレックスに話そうとした時だった。
「おじさんたち、冒険者?」
あどけなく無邪気そうな声が膝近くから聞こえる。
視線を下げると幼い子供が野菜の入った籠を持ち、こちらを見上げていた。
マルコと同じぐらいの年齢だろうか。せいぜい小学校一年生程度にしか見えない。
ニコニコと可愛らしく笑っているが性別の判断は難しい。髪が短くズボンをはいているから男の子かもしれない。
同じ条件を満たしながら少女であるクロノの顔が頭に浮かんだ。彼女は今どこにいるのだろう。
レックスが突然しゃがみこんだ。どうやら子供と視線を合わせる為らしい。
「なんだ、お前。村の子か?」
「あのね、おれは兄さんに頼まれて魔物退治に来てくれたの?だったらおれ案内できるよ!」
彼の質問に質問で返すどころか、子供は一方的に言いたいことだけ話している。自分から話しかけて来たのにだ。
灰村タクミ時代何度か利用した自動応答チャットみたいだ。今の時代ならもう少し精度が良くなっているだろうか。
だが子供とはこういうものなのかもしれない。弟が幼児だった時のことを思い出した。
「おれの名前はニコラス。そこの宿屋の子供。兄さんに頼まれてきたの?だったらタダで泊められるよ!」
話を聞かないことを差し引けば随分とお喋りの得意な子だ。宿屋の息子として宣伝係でも拝命しているのかもしれない。
二人して反応に困っているとニコラスと名乗る少年は質問を変えてきた。
「ねえおじさんたち、ローレンから来たの?」
「ああ……いでっ」
答えかけたレックスの背中を俺は蹴っていた。ほぼ無意識にだ。
だが確かにその言葉の続きを言わせてはいけないような気はしたのだ。
「何すんだよ!」
「ローレン?ああ、もしかしてここに来る前に見かけた街のことか」
「アルヴァ?おい……」
「あれ、おじさんたちローレンの冒険者じゃないの?」
「違う。俺たちはずっと離れた街から来た。ここに火傷に効く温泉があると酒場の客から聞いたんだ」
俺は嘘を垂れ流しながら巻いていた布をほどいて火傷痕を見せる。子供はそれを無関心な表情で一瞥した。
「そうなんだ、じゃあね」
驚くぐらいあっさりとニコラスは俺たちの前から立ち去って行った。子供らしい気まぐれで終わらせるにはやはり何かが引っ掛かった。
「なんだあのガキ」
「……本当に、何者だろうな」
「こんなこと言っちゃダメだが、なんか薄気味悪いな」
俺の妹だってもう少し会話みたいなのは出来るぜ。レックスがぼやきながら立ち上がる。
その後、今度は子供ではなく俺に視線を合わせ小声で尋ねてきた。
「で、どういうつもりなんだ。……俺もあんたと同郷で良いのか?」
変節する前の父親は頭脳派だったようだがレックスも頭は回るらしい。
俺はわざと大きな声で返した。
「お前はローレンの街で冒険者をやってるって、さっき言ってただろ。ユーフ」
最後の部分でレックスが吹き出す。今パッと考えた偽名が彼の妹の名前をアレンジしたものだったせいか。
「俺とお前は偶然商人の馬車に一緒に送って貰っただけ。自己紹介はしたから名前程度は知っている。そうだな?」
「……そうだな。そうだったな、馬車の揺れが酷すぎて度忘れしちまったよ」
レックスは服の上からでもわかるぐらい鍛え上げられた体つきをしている。トマスに譲ってもらったという斧も装備中だ。
この村が戦力を求めているなら間違いなく声をかけてくるだろう。キーになる人物が彼に接触してくる可能性は高い。
冒険者のいない村は珍しくない。しかし今のアキツはいなくてはおかしい村なのだ。
その異変に俺たちが気付いていることを村人が知ったらどう動くのか。
そして知らないと判断されたら、どうなるのか。俺はそれが気になっていた。
入口に観光客用の案内所兼土産物屋が一つ。
それぞれ五組ぐらいしか泊まれなさそうな宿が二軒。
酒場も食堂も宿に併設されている。
後は民家と畑だ。
一時間もあれば村内だけなら全部見ることが出来るだろう。
歩いているとちらほらと村民たちとすれ違う。
とても観光地とは思えない長閑さだった。
だからこそ異常だ。
ローレンの街から誘致した筈の冒険者の姿が見えない。
この村より何倍も大きい街から冒険者たちの姿が消える程の人数だというのに。
宿で休んでいるにしても、部屋数が足りないだろう。
俺が周囲を観察しながら考えているとレックスが体を僅かに屈めて耳打ちしてきた。
「なあ、ここにきてから冒険者らしき奴見かけたか?」
「いや、一人も」
「だよなあ……」
想定していなかった事態だ。クロノの姿も見当たらない。ストレスで胃痛がしてきた。
冒険者を見かけたらその人物に声をかけ、魔物についてや村の現状などを聞き出すつもりだったが一人も居ないのだ。
この時点で街に引き返した方が賢い気さえしてくる。
しかし確かにこの村へ灰色の鷹団のメンバーは訪れている筈なのだ。
「……一度、馬車まで戻るか」
馬車でここまで送ってくれた商人は元自警団だという。
だからこそレックスがあそこまであけすけに荷台で語れたのだ。
村から立ち去るにしても調査を続行するにしても一度合流して異変について情報共有した方がいい。
俺がそうレックスに話そうとした時だった。
「おじさんたち、冒険者?」
あどけなく無邪気そうな声が膝近くから聞こえる。
視線を下げると幼い子供が野菜の入った籠を持ち、こちらを見上げていた。
マルコと同じぐらいの年齢だろうか。せいぜい小学校一年生程度にしか見えない。
ニコニコと可愛らしく笑っているが性別の判断は難しい。髪が短くズボンをはいているから男の子かもしれない。
同じ条件を満たしながら少女であるクロノの顔が頭に浮かんだ。彼女は今どこにいるのだろう。
レックスが突然しゃがみこんだ。どうやら子供と視線を合わせる為らしい。
「なんだ、お前。村の子か?」
「あのね、おれは兄さんに頼まれて魔物退治に来てくれたの?だったらおれ案内できるよ!」
彼の質問に質問で返すどころか、子供は一方的に言いたいことだけ話している。自分から話しかけて来たのにだ。
灰村タクミ時代何度か利用した自動応答チャットみたいだ。今の時代ならもう少し精度が良くなっているだろうか。
だが子供とはこういうものなのかもしれない。弟が幼児だった時のことを思い出した。
「おれの名前はニコラス。そこの宿屋の子供。兄さんに頼まれてきたの?だったらタダで泊められるよ!」
話を聞かないことを差し引けば随分とお喋りの得意な子だ。宿屋の息子として宣伝係でも拝命しているのかもしれない。
二人して反応に困っているとニコラスと名乗る少年は質問を変えてきた。
「ねえおじさんたち、ローレンから来たの?」
「ああ……いでっ」
答えかけたレックスの背中を俺は蹴っていた。ほぼ無意識にだ。
だが確かにその言葉の続きを言わせてはいけないような気はしたのだ。
「何すんだよ!」
「ローレン?ああ、もしかしてここに来る前に見かけた街のことか」
「アルヴァ?おい……」
「あれ、おじさんたちローレンの冒険者じゃないの?」
「違う。俺たちはずっと離れた街から来た。ここに火傷に効く温泉があると酒場の客から聞いたんだ」
俺は嘘を垂れ流しながら巻いていた布をほどいて火傷痕を見せる。子供はそれを無関心な表情で一瞥した。
「そうなんだ、じゃあね」
驚くぐらいあっさりとニコラスは俺たちの前から立ち去って行った。子供らしい気まぐれで終わらせるにはやはり何かが引っ掛かった。
「なんだあのガキ」
「……本当に、何者だろうな」
「こんなこと言っちゃダメだが、なんか薄気味悪いな」
俺の妹だってもう少し会話みたいなのは出来るぜ。レックスがぼやきながら立ち上がる。
その後、今度は子供ではなく俺に視線を合わせ小声で尋ねてきた。
「で、どういうつもりなんだ。……俺もあんたと同郷で良いのか?」
変節する前の父親は頭脳派だったようだがレックスも頭は回るらしい。
俺はわざと大きな声で返した。
「お前はローレンの街で冒険者をやってるって、さっき言ってただろ。ユーフ」
最後の部分でレックスが吹き出す。今パッと考えた偽名が彼の妹の名前をアレンジしたものだったせいか。
「俺とお前は偶然商人の馬車に一緒に送って貰っただけ。自己紹介はしたから名前程度は知っている。そうだな?」
「……そうだな。そうだったな、馬車の揺れが酷すぎて度忘れしちまったよ」
レックスは服の上からでもわかるぐらい鍛え上げられた体つきをしている。トマスに譲ってもらったという斧も装備中だ。
この村が戦力を求めているなら間違いなく声をかけてくるだろう。キーになる人物が彼に接触してくる可能性は高い。
冒険者のいない村は珍しくない。しかし今のアキツはいなくてはおかしい村なのだ。
その異変に俺たちが気付いていることを村人が知ったらどう動くのか。
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