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第三章

71話 生贄のつくりかた

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 俺はずっと気になっていたことがある。それはトマスについてだ。
 彼は元腕利きの冒険者で、結婚した後は自警団の副団長として働いていた。
 思い込みが激しいが面倒見が良く周囲から慕われるタイプの人物だろう。
 俺から見れば彼の立場は十分に勝ち組だ。
 けれど実際のトマスはそうではなかった。
 自警団連中から見下され息子は子供たちに虐められていた。
 どうしてそうなったのか。原因は明確で彼の妻がふしだらな女だったからだ。
 夫と子が居ながら堂々と浮気を繰り返し、最後は愛人と一緒に死んだらしい。
 そんな女と別れもせず、自分と似ていない子供を育て続けるトマスを街の人間たちは嘲ったのだ。
 気になったのはトマスの妻に対する想いだ。
 妻の浮気癖を受け入れていたというよりは、急にそうなってしまった妻に彼女の死後も戸惑い続けている様子だった。
 そして次にトマスの息子のマルコ、彼は巨大スライムに襲われて死にかけていた。
 他の子どもたちからの嫌がらせで森の奥まで行かされたまでは理解できる。
 だがその時偶然、本来生息する筈の無い巨大スライムが居て襲われるというのは後から考えると変だった。
 ならばマルコを殺す為に何者かが予め魔物を配置しておいたのかと考えても、そこまでする理由がわからなかった。
 相手は小さな子供一人だ、しかも人気のない森の奥にいるのなら殺すのに巨大スライムなんて使う必要はない。
 だが、残された家族の心に闇を満たしたいなら話は別だ。
 巨大スライムの中でゆっくり失われていく子供の命と、それを助けてくれない周囲。
 寧ろあの子供は死んだ方が良かったとさえ自警団の仲間から言われる可能性もある。
 結果、家族愛の強いトマスが感じる絶望は計り知れないものだろう。
 献身の灰教団とやらが負の感情から復讐者を生み出すことを願うなら、きっと彼はその望みどおりになる。
 そして復讐の対象は自警団や街の連中、そして妻をたらしこんだ俺になった筈だ。
 いや、アルヴァだけでない。彼の所属する団のメンバーも命を狙われる羽目になっただろう。
 実は斧を武器にした狂戦士を俺は知っている。小説内の敵の一人だ。
 魔王復活後、大勢の魔族が街を襲う混乱の中でクロノを襲い返り討ちにされる人型の魔物。それが彼だ。
 男は死ぬ直後に人間の姿に戻る。
 クロノはその結果彼が顔見知りの自警団員だったことを知るのだ。
 ショックを受けるクロノの前に一人の魔族が現れ、知り合いたちを魔物に変えたことを告げる。
 その魔族は怒りと悲しみで新たな力に覚醒したクロノにあっさり倒される。
 多分、その時クロノに倒された元人間の魔物の正体がトマスだ。
 小説内では名前をクロノに呼ばれたかさえわからない程度のキャラクターだった。だから今まで関連付けもしなかった。
 しかし人を魔物に変えられる魔族は人間に恨みを持っている者ほど強力な魔物に出来ると小説内で語っている。作者である俺がそういう設定にしたのだ。
 別に深く練り込んだものでもなく、使い捨てに近い、ただ魔物にしましたでは物足りないからつけてみた程度の設定。今では後悔しかない。
 だがこの世界の黒幕が俺の考えたその設定を忠実に守っているのならば、献身の灰教団は魔族と繋がっている可能性がある。
 彼らは趣味嗜好だけで人を陥れ復讐者を生み出しているのではない。
 強力な魔物になりそうな人間を選び、絶望させて魔物へと変えやすくしているのだ。
 信徒が人間を用意して魔族がそれを魔物へと変える。そんな協力関係にあるのではないか。
 この考察が事実ならある意味俺が今回の事件の元凶になる。強い罪悪感で頭の奥が鋭く痛んだ。
  他者に話すことさえ勇気のいる内容だ。俺は言葉を慎重に選びながら自らの考えをノアに話した。
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