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第三章

66話 ご馳走になります

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 たくましい体つきの男の名はレックス。
 自警団の団員で今年十九歳になるという若者だった。
 ちなみに先程までクロノに付き纏っていた少女の名前はミーファ。彼の妹でまだ十五歳らしい。
 街中で彼に突然謝罪され、それを慌てて止めた結果俺たちは何故か食事を御馳走されることになった。
 クロノの腹の虫が二度目の抗議をしたからかもしれない。
 とりあえず俺の腹が鳴ったと嘘を吐いたところ、なら飯を食おうぜとレックスに誘われたのだ。
 断らなかったのは彼がいれば姦しい少女たちは寄ってこないだろうという打算である。
 しかし連れてこられた先は食堂でも酒場でもなかった。

「これは……民家か?」
「そうだ、自警団で借りてる。休憩所兼寮みたいな感じかな」 

 俺たちのアジトより少し広い家に足を踏み入れると食欲をそそる香りがする。
 傍らのクロノが素早く自らの腹を両手で押さえ込んだのが見えた。
 腹の虫対策だろうが押さえる力が強すぎたのかむせている。

「おい大丈夫か、黒髪の坊や」
「だ、大丈夫です。でも坊やって呼ぶのは止してください」
「悪い悪い、じゃあ漆黒の英雄様で」
「……怒りますよ?」

 もう既に声に怒気が含まれている。俺はクロノをからかったレックスを窘めた。

「おい、飯を食わしてくれるんじゃなかったのか?俺は腹が減ってるんだが」

 匂いだけ嗅がせ続けるつもりならこのまま帰るぞ。
 そう嫌味を口にすれば、そこに座って待っててくれと大きな木の机と椅子を指さされた。

「二人とも、スープとパンと焼き肉でいいか?」
「俺は構わない」
「ボクも構いません」
「あんたら、どれぐらい食える?」
「普通で」
「えっ、じゃあボクも普通、で……」

 椅子に腰掛けながら適当に答えていたら、なぜかクロノが萎れ始めていた。
 少し考えて理由に辿り着く。
 本当は沢山食べたかったが、俺が普通と答えたからそれに倣ったのか。
 レックスに訂正を試みようとしたが彼の姿は既にこの場から消えていた。
 わざわざ追ってまで大盛りを頼むのは逆にクロノが委縮してしまうだろう。
 なら後は食事中にクロノの様子を見て必要に応じておかわりを促すしかない。
  
 そんなことを悶々としながら考えているとレックスがやたら大きな盆に食事を載せて運んできてくれた。
 メニューはパンとスープと肉が三人前。事前の申告通りだ。

「……量が多すぎないか?」

 具沢山のスープが入っている皿はかつ丼とかが似合いそうなどんぶりサイズだった。
 そして三個ある黒パンはそれぞれ食パン一斤程度の大きさだ。
 焼肉はワイルドにカットされた状態のが皿の上に山積みになっている。
 一人分で一キロぐらいは余裕でありそうだ。

「お前、こんなに食べられない、いや食べられるかよ!」
「は?若い男ならこれぐらい余裕だろ」
「はい、余裕です!」

 見えない尻尾をぶんぶんと振り回す勢いでクロノが答える。
 お前男じゃないだろと言いそうになったが大人げないと思い堪えた。 
  
「ボク、こういうのが食べたかったんです!」
「だよな、腹減ってるときは肉とパンだよ!で喉が詰まりそうになったらスープだ!」
「完璧な組み合わせです!頂いていいですか?」

 最後だけこちらを見てクロノが言う。
 本当に犬みたいだなと思いながら「好きに食え」と促した。
 その様子を対面で眺めながら感心したようにレックスが言う。

「……本当にあんたに懐いてるんだな」  

 噂なんてやっぱり当てにならない。
 そう言いながらパンを口に運び始める青年に似つかわしくない陰を感じた。
 深追いするような関係でもない。俺も食事を始めることにした。

 スープは細かく刻んだ野菜とベーコンが入っていた。シンプルな塩味だが、飲みやすい。
 ただ具沢山過ぎて汁の量が相対的に少ないのが玉に瑕だ。
 俺の体が灰村タクミのままなら恐らくこれ一杯で満腹になっている。
 焼肉は、ひたすら肉という感じだった。脂と肉汁と酸味のあるソースでびしゃびしゃだ。
 だがそれが最高に旨い。冷めたら不味くなるということもわかっているので必死に食べた。
 パンの表面は多少固く、そのまま食べるとぱさついていた。
 しかしスープや肉汁にたつぷりと浸して食べると丁度良かった。
 三人とも和やかに話などせずひたすら食事に没頭する。冷める前に食いきれと本能が叫んでいる。
 結果、初めは無理だと思えた量もなんだかんだで食べきれてしまえた。
 そういえば運動部だった弟は毎食俺の三倍は食べていた。
 今の俺は恐らくそれと同じぐらいは食べられる。冒険者って凄いと初めて思った。
 
「いやーいい食いっぷりだな、あんたたち。肉もパンもスープもまだまだあるから食ってくれ!」
「頂きます!」

 レックスの言葉にクロノが即反応する。俺はぎょっとした。
 あれだけ食べてまだ足りないというのか。その薄い腹のどこに食料は収まったのだ。

「いいぜ、今出したのと同じ量でいいか」
「はい、お願いします。アルヴァさんもとりあえずそれぐらいでいいですよね」

 ボクが盛ってきますね。
 そうきらきらした目と口元で言われ俺は慌てて自らの皿に手で蓋をした。 
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