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第三章

64話 残酷な信頼

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「何ですかキミたちは、いきなりボクたちの邪魔をして、失礼な事を言って……」

 声音だけでわかる。クロノは目の前の少女たちに怒っている。
 しかしこうなることは薄々予想していた。だから早急に立ち去ろうとしたのだ。
 大体惚れた相手の前で別の人物のこととはいえ堂々と悪口を囀るのは正直どうかと思う。

 まともな常識と感性を持つ人間なら、そんな姿を見て好感を抱くことはまずないだろう。
 快活で正義感の強いクロノなどは特に不快感を抱く筈だ。
 彼女の性別を誤解して恋愛ごっこを仕掛ける前に、もう少し対象の人となりを知るべきだ。

「アルヴァさんがボクを虐めてるなんて出鱈目言わないでください!」
「えっ、でも、あんなに強いのに雑用係で使い走りをさせられてるって……」
「そうよ、私たちあなたがそんな酷い目に遭っているって聞いて、それで……」
「ボクは誰にもそんな話をしたことはない、誰が迷惑な噂を言いふらしてるんですか?」
「そ、それは……」

 どこそこの店のおばさんが言ってた。近くの家の誰それも見ていた。
 あやふやな噂の出所を乙女たちは気まずそうに口にする。
 詰められているのは俺ではないのに居心地の悪さを感じた。
 そもそも事実なのだ。アルヴァ・グレイブラッドがクロノ・ナイトレイを虐めていたのは。
 被害者であるクロノ自身が認識していないだけで奴隷のような扱いを日夜していた。
 だから迂闊な振舞いをしたとはいえ、少女たちがクロノに冷たく責められているのを見るのは心苦しい。

「おい、そんなのどうでもいいからさっさと行くぞ」

 そう言いながらクロノの肩に手を置く。しかし彼女が俺の言葉に頷くことは無かった。

「どうでもよくなんてありません!この人たちはアルヴァさんを侮辱したんですよ?」

 こうやって他人の為に本気で怒れるところが主人公の素質であり資格なのかもしれない。
 庇われる嬉しさと、揉め事の渦中にいる居心地の悪さを同時に感じながら思った。

「わ、私たちそんなつもりじゃ……」
「そ、そうよ、だって皆言ってたし……」

 意中の相手に敵意ある態度を取られた少女たちは泣きそうな顔をしながら反論する。
 当然クロノがそんな曖昧な台詞に納得する筈が無い。彼女は明るく素直だが鷹揚さは持ち合わせていないのだ。  
  
「皆って具体的に誰ですか、教えてください。その不快な誤解を解いて来ますから」
「えっ、それは、その……」
 
 追及の手を緩めないクロノに少女たちは顔色を悪くしながら口ごもる。
 異様な雰囲気に周囲の通行人たちが足を止め始めた。
 このままではクロノの評判も落ちかねない。
 俺は再度彼女の肩を強く掴んだ。

「もう止めてやれ」
「でも、アルヴァさんが……」
「別に悪く言われるのは慣れている、どうでもいい」
「ボクが嫌なんです!」

 珍しくクロノが言い返してくる。気持ちは嬉しいが厄介だ。
 どういう言葉で宥めればいいだろう。考えているとクロノが納得できない様子で叫ぶ。

「アルヴァさんがボクなんかに嫉妬するなんて、そんなこと絶対有り得ないのに!」

 俺を過剰に信じ切っているその言葉は、少女たちの罵倒の数十倍俺の弱い部分を殴りつけてきた。

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