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第三章

62話 守りたいという傲慢

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 クロノの腹の虫はある意味空気を読んでくれたのかもしれない。
 しかしそれをストレートに褒める豪快さを俺は持ち合わせて無かった。
 人前で着替えることは平気そうなクロノだが、先程の現象は恥ずかしいものだったらしい。
 それを少し不思議に思ったが、そういうものなのかもしれないと疑問を流した。
 少し生い立ちを聞いただけでも複雑な少女だとわかる。彼女には彼女の価値観があるのだろう。
 問題はこの気まずい沈黙をどう打ち破るかだ経った。 
 気にするなと声をかけることはクロノの羞恥心に追い打ちをかけそうだ。
 いっそ彼女の方から「お腹が空いて起きちゃいました」と元気に言い出してくれないものか。
 数分ほど期待して待ってみたがそれは難しそうだった。
 矢張り大人である俺がアクションを起こすしかないのか。
 何と声をかければ適切なのだろうか。悩んでいる間にもう一度腹が鳴った。
 今度騒いだのは俺の腹の虫だった。
 成程、これは恥ずかしい。かなり大きな音だったのでクロノにもしっかり聞こえていた筈だ。
 俺はコホンと咳払いをする。

「……腹が減ったから飯を買ってくるけど、帰ってくる頃にはこいつも起きてるだろうし、二人分でいいな」

 ほぼ棒読みの台詞を言い終えて俺は速攻で部屋を出ようとする。
 そう俺はクロノが起きていることに気づいてなかった。それでいい。
 だがドアノブに手をかけたところで背後から声がかけられる。

「ま、待ってください、アルヴァさん!」

 お使いならボクが行きます。そう頬をうっすら赤くしながらも少女は宣言する。
 少し前まで疲れ切って昏々と眠り続けていたのに真面目過ぎるだろう。これが体育会系というものか。
 ついさっきまで寝込んでいた相手にそんな使い走りをさせる訳にはいかない。
 それに彼女の体調も不安だが、今街中に出たらクロノが少女たちに囲まれる可能性もある。
 二人とも腹が減っているのだ。速やかに食べ物を入手したらさっさと帰りたい。
 しかしクロノを気遣うような理由を挙げれば彼女は余計自分が行くと言い出すだろう。

「……怪我人は大人しく寝てろ。さっさと回復して貰わないと迷惑だ」
「ボクよりもアルヴァさんの方が大怪我してるじゃないですか!」

 それなりに考えて口にした台詞はクロノ正論で打ち返される。
 確かに火猪から受けたダメージ量は俺の方が圧倒的に多い。
 そもそもクロノが倒れたのは魔力の使い過ぎが原因だ。

「ボクはもう元気です。ボクよりもアルヴァさんの方が……」

 先程と同じ台詞を黒髪の少女は口にする。しかしその声は微かに震えていた。

「次は守るって、怪我をさせないって思ったのに。どうして間に合わなかったんだろう」

 最初からボクがアルヴァさんについていけば、貴方はこんな酷い怪我をしなくて済んだのに。
 クロノの後悔が滲む言葉に、俺はなんて返したらいいかわからなかった。
 大人が子供に言われるには少しだけ惨めだ。でもきっとクロノは巨大スライム戦のことが心の傷になっているのだろう。
 ノアを捜す為離脱して戻って来た際に俺が瀕死になっていたことが。ミアンが以前そんなことを話していた気がする。

「……わかった、じゃあ二人で行くぞ」 

 荷物持ちとしてついてこい。そう言って俺は話題から逃げた。
 お前に守ってもらうほど俺は弱くない。そんな言葉を口にできる強さは今の俺にはなかった。 
     
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