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第三章

59話 追い抜く者と妬む者

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「実は火猪の件で自警団が呼びに来た時、私は犯人を捕まえようと思ったんだよね~」

 だからあえて魔物が暴れている現場には行かなかった。そう万能の英雄は告げた。
 その後に続いた「火猪なんて大して強くないし」と発言には大いに抗議しておいた。
 次から気を付けるよという言葉は貰えたが余り安心は出来ない。英雄と凡骨剣士では価値観が違う。

「でもクロノちゃんが無事片付けたじゃないか」 
「確かにそうだけど……それで、そいつらは見つけられたのか?」

 俺の質問をノアは肩を竦めて否定した。

「とりあえず街の出入り口は確認した。けどそれらしき姿は見えなかったね~」
「だとしたら騒ぎが起こる前に街を出たか、それともまだ街中にいるってことだな」
「そうだね~。火猪は肉屋が冒険者から格安で購入したらしいけど、知り合いではないって話してたな~」

 そもそも魔物であることを隠して売られたって怒ってたよ。
 どうやらノアは目立ちたくないと言いながらも色々調べてくれているらしい。
 犯人も捕まっていなしい、二度あることは三度あるかもしれない。
 俺は彼が得た情報を教えて貰うことにした。

「その冒険者たちは猪を魔法で氷漬けにしていたらしい。そうやって仮死状態したんだね~」
「……確か死ぬか気絶していれば火猪の皮は燃えないんだったよな?」
「厳密に言うと皮が燃えないと言うより炎を纏わないって感じかな~。あれ威嚇みたいなものだし」

 魔力を使って火の塊になることで寒さに耐えたり敵から身を守るんだよ。
 そう言われて俺はハリネズミを連想する。しかしそんな可愛らしいものではなかった。
 火猪が数匹街中で暴れまわれば簡単に大火事が発生するだろう。

「獰猛な魔物だし炎を纏うのは攻撃力を上げる為でもあるからね~。牙まで赤くなったんだって?」

 彼の言葉に俺は頷く。
 クロノが火猪の頭部を切断してから間もなく体の炎は消えた。
 しかしその牙は自らの血を浴びても生臭い蒸気を上げ熱を保ち続けていた。

「うーん、それは最終特攻状態だね~。溜め込んだ魔力と生命力全てを牙に集中させたんだ」

 直接触れてたら骨まで炭になってたね。歴戦の剣士の言葉に俺は今更ながらぞっとした。

「そこまでの損傷だと私は治癒出来ないから次から気を付けてね~」

 次なんて二度と来て欲しくない。そう思いながら俺は別のことが気になった。

「ノアには治癒出来ないってことは、もしかしてその状態でも治せる人間がいるってことか?」

 俺の言葉に万能の英雄は少し間を空けて首肯する。

「いるね~。でも治癒術が使える人間の中でも極一部だからコネでもない限り治療は受けられないと思うよ」 

 そういう特別な人間は大抵宗教組織に聖人として祭り上げられ治癒術は特殊商品として高値で取引されるから。
 どこか冷めた瞳で語るノアの言葉に俺は彼が生きてきた世界と歳月を垣間見た気になる。

「まあ治癒術に限った話じゃない。希少で役に立つ能力を持った人間っていうのは囲われ利用されやすいってことさ」

 だから君はこの娘をちゃんと見張っているんだよ。
 そんな事を唐突に言われ俺はどう答えたら良いか迷う。

「磨けば光るなんて言葉があるけどクロノちゃんはきっと光るどころじゃない。この才能を正しく鍛えれば真夏の日差しよりも強く輝くだろうね」  
「それは……そうなるだろうな」
「でも精神がそれに追いつかなければ行きつく先は権力者の傀儡になるか……それとも世界の敵になるかだ」

 ノアの台詞の過激さに俺はぎょっとする。
 今ベッドで眠っている黒髪の少女が世界の敵になるかもしれないなんて、正直想像がつかない。
 それに世界の敵どころかクロノはこの世界における主役だ。
 流石にそれを口にすることは控えたが俺が納得できていないことは伝わっているようだった。

「信じられないならそれでいいよ~。寧ろそのままの関係でいられるのが何よりだ、でもそうじゃなくなった時、アルヴァ・グレイブラッド。……君はクロノの味方でいられるかな?」
「……何が言いたいんだ」
「自分が面倒を見ていた存在にいつの間にか追い抜かれ見上げる。その時に君はパーティーのリーダーとして彼女を導き続けられるかい」

 利用して成り上がろうという野望も、翼をもぎ失墜させやろうという嫉妬も抱えずに。
 ノアの瞳は俺を見ていたが、どこか遠くを見ているようだった。
 万能の英雄と呼ばれながら国から追われているノア・ブライトレス。
 彼の過去に今自身が口にしたような辛い出来事があったのかもしれない。
 ノアもまた常人から外れた才能の持ち主なのだから。
 そしてその共通点故にクロノの今後を案じている。
 俺は常の緩やかさを捨てた問いかけに即答することは出来なかった。
 
 嫉妬なら、既にしている。
 気づきながら目を背けていたその事実をノアの言葉で今突き付けられていた。
 クロノは俺があれだけ苦労した火猪を即無力化し首まで落として見せた。
 自分よりもずっと小柄で幼い子供の身でありながら。
 たとえばあれをしたのがノアだったらこんな気持ちにはならなかっただろう。
 歴戦の英雄として裏打ちされた強さがあるなら。
 でもクロノは魔力制御の訓練を始めたばかりの少女だ。
 それなのに、その時点で俺よりも圧倒的に優秀な戦力だった。

 この胃をじりじりと痛めつけるような感情は羨望と嫉妬だろう。
 ただそれを抱えているのが本当に自分なのかがわからなかった。
 俺の中に存在する灰村タクミではないアルヴァ・グレイブラッド。
 剣士として長年戦い続け、そして燻っていた彼が感じている悔しさなのかもしれなかった。
 
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