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第三章

58話 二つの魔物の共通点

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 クロノ目当ての少女たちを追い払った後、少しうんざりした気持ちで二階に戻った。
 眠るクロノの横で椅子に腰かけていたノアは俺を見て「お疲れ様」と間延びした口調で労う。
 実際彼女たちとの会話で酷く気疲れをしていた。
 若い娘は苦手だ。それが寄せ集まって話しかけてくるなんて拷問のようなものだと思う。
 何より扉を開けた際の「目的はお前じゃない」という目つきに憂鬱な気分にさせられた。

 灰村タクミとして生きていた頃、俺はいつも弟と比較されていた。
 彼は絶世の美男や天才という訳ではなかったが、背が高く運動が得意で快活で人見知りをしなかった。
 バレンタインやクリスマスにはプレゼントを抱えた女生徒たちが家に来たものだ。
 だがそういう時弟は彼女や友人と出かけていて、いつも俺が出迎えてはがっかりされたものだ。
 まさかこの世界に転生してまで、当時の気分を味わうとは予想もしていなかった。

「君も十分に男前だと思うんだけどね、良くも悪くも一途ってことなのかな~」

 だとしてもクロノちゃんには相手にされないから可哀想だね。
 ノアはのんびりした口調で中々に辛辣な事を言う。俺は無言で窓の外を見下ろした。
 少女たちはどうやら入口に居座らずさっさと帰っていったようだ。知らずほっとする。

「でも彼女が冒険者として活躍すればあの手のはどんどん増えていくと思うよ~」
「……そうだな」
「どう対処するかはクロノちゃんが決めることだと思うけど~」

 女の子に囲まれて喜ぶタイプには見えないよね。ノアの意見に俺は内心同意した。
 かといって男にちやほやされて嬉しがりもしないだろう。
 小説の中のクロノは色恋沙汰に疎くマイペースな性格だった。
 今ベッドで休んでいる彼女も恐らくそういった部分は同じだと思う。
 俺の前で平気で服を脱ぎ着出来る程度には色気がない。俺が異性扱いされてないだけかもしれないが。

「今のクロノは自分が剣士として強くなることしか考えてない、他人からの評価なんてどうでもいい筈だ」

 俺の台詞にノアは何故か首を傾げる。

「私はそう思わないけどな~君もそう思わない方がいいよ~」

 確かにどうでもいい人間からの評価はどうでも良いかもしれないけど。
 シンプルなようでややこしさを感じるノアの台詞に今度は俺が疑問を浮かべる。

「君はクロノちゃんに対して褒めたり叱ったりはこまめにしてあげた方がいいってこと~」
「それは……そうだな」 

 家出中のクロノにとって所属団のリーダーであるアルヴァは保護者のようなものだ。
 親代わりにはなれないが年長者として彼女の面倒は見ていきたい。

「クロノに対し無関心な態度を取るつもりはないよ。積極的に褒めていきたいと思う」
「じゃあ、クロノちゃんが目覚めたら君はまず何て言うの~?」

 そう性別不明の剣士に質問され俺は少し考えた後口を開いた。

「……良くやったと、でも無茶はするな、かな」
「えっ、別にこの程度なら無茶って程じゃなくない~?」

 魔力と体力使い切って倒れただけだし。五体満足だし。
 そう不思議そうに言うノアの台詞に俺は内心冷え冷えとした。
 万能の英雄と称されるレベルまで己を鍛え上げて来た人物だ。
 更に傷ついても魔術で自己回復することが出来る。
 そう言った事情もあり、ノアは無茶の基準が常人の枠から盛大に外れているのだろう。
 そしてそんな人物が現在クロノとついでに俺の師匠ポジションなのだ。 

「私が見てあげられる内にどんどん限界を超えさせないと。だって彼女は超えられるからね~」

 荷物持ちとかで基礎体力はあるみたいだから安心して鍛え上げられるよ。
 そうにっこり笑う英雄を前に、クロノはもう少し眠っていた方が良いんじゃないかと思った。 

「本当は君もバリバリ鍛えたいんだけど、色々やって貰うことがあるから倒れられると困るんだよね~」
「やって貰う事?」

 俺はノアの言葉を鸚鵡返しにする。

「そうだよ。ポイズンスライムと火猪の件とかね~」
「ポイズンスライムは、一応ギルドの受付には事情を話したぞ。スライム自体は提出できなかったけど……」

 溶けて毒液化した状態で良ければ火猪の腹を裂いて採取してくれとは伝えてある。
 そう告げた時の受付女性の若干引き攣った顔はすぐに思い出せた。

「それで終わりだったらいいんだけど、多分そうじゃないんだよね~きっと色々訊かれると思う」
「訊かれるって、ポイズンスライムのことをか?」

 だが俺だってそこまで情報を持っている訳じゃない。
 自警団の依頼で森の奥でスライム狩りをしたら見つけたというだけだ。

「ポイズンスライムだけじゃなくて、火猪もだよ~この二つはある意味同じなんだ」
「同じ?」
「アルヴァ・グレイブラッド。本当に気づかないかい?君はそこまで勘の鈍い男じゃないと思うけれど」

 火猪と戦った時に違和感を覚えなかったか?
 そう不思議な色合いの瞳にじっと見つめられ俺は当時の記憶を探る。
 街の人間の叫び声が聞こえて、その方向へ向かったら燃えた猪が暴れていた。
 解体予定だったらしいその魔物は死体でなく生きていた。
 違う。魔物として扱われていなかった。ただの猪だと街の人間は思い込んでいたのだ。
 それも当たり前の話で「火猪」はこの付近に生息する存在じゃない。
 そしてそれはポイズンスライムも同じだ。

「……どちらの魔物も、誰かがこの街まで連れて来て放ったってことか?」

 俺の言葉に水色の髪の剣士は静かに頷いた。

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