序盤でざまぁされる人望ゼロの無能リーダーに転生したので隠れチート主人公を追放せず可愛がったら、なぜか俺の方が英雄扱いされるようになっていた

砂礫レキ

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第三章

54話 逃げない弱者と逃げたい悪役

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 その猪は真っ赤に燃えていた。
 誰かが焼き殺そうと火を点けたのかと思ったが、苦し気な様子が無かったので違うと気づいた。
 その魔獣はひたすらに怒り狂っている。そう、魔獣だ。ただの獣ではない。
 大きさこそ普通の猪と大差無いが、目の前のそれは紅蓮の炎を全身に纏っている。

「誰だよ、生きている火猪なんて街に入れたのは……!」

 恐怖と非難が入り混じった台詞が逃げ惑う人の群れから吐かれる。

「違う、普通の猪だと思って俺は買い取ったんだ!」
「普通の猪は火達磨で走り回らねぇよ!」

 成程、あの商人のような身なりの男が元凶か。
 しかし彼はどうやら火猪だと思わずこの厄介な獣を仕入れたらしかった。

「燃え始めたのはついさっきで、それに死んでると思ったんだよ!」

 少し前まではただの猪の死体だったんだ。
 そうパニックになりつつ主張する声に俺は、そういうことかと少しだけ納得した。
 恐らく火猪は気絶していたか仮死状態で街の真ん中に運ばれて来たのだろう。
 つまり意識を失えば身に纏う炎は消え普通の猪と変わらなくなるということか。
 だが手加減出来る相手かというと正直自信は無い。

「うわっ、こいつ口から火を噴いたぞ!」 

 商人たちの会話から情報を得ていると、違った場所から悲鳴が聞こえる。
 そちらに視線をやると火猪を取り押さえようとしたらしい男たちが自らの服や肌に燃え移った火を慌てて消している姿があった。
 当たり前だが普通の猪は火なんて吐かない。姿が似ているだけで火猪は完全に魔物だ。
 俺は正直逃げ出したくて仕方がなかった。だってこいつは絶対俺より強い。
 燃えているだけで近づきたくないのに巨大スライムと違って俊敏に動き回る。
 しかも障害物の多い街中で暴れている。そして何よりも怒り狂っている。

「水だ、水持ってこい!この化け物の火を消すんだ!」

 現場にいる何人かが建物の隙間に設置された消火用の水桶に駆け寄る。
 それを数人がかりで抱え火猪に向かって投げつけるが、あっさりと避けられ体当たりを食らった。
 勇敢だが魔物との戦いを知らない男たちはこのままでは事態を悪化させるだけだろう。
 俺は傍観者であることを諦め、連中に向かって叫んだ。
 
「素人が余計なことすんな、さっさと逃げてろ!」

 火猪の攻撃を食らい衣服が燃えた男は地面を転がりながら叫び返してくる。

「馬鹿野郎、あんな化け物野放しにしたら街が火の海になるだろうが!」
  
 それがわかってて逃げられるかよ。
 台詞と決意は勇敢だが、火猪を退ける手段を持っていなければその行動に意味はない。
 高潔な志を持った無力な人間として無駄に死んでいくだけだ。

「そうだ、俺たちは自警団だ。命に代えてもこの街を守るんだ!」

 現場に残った他の男たちの決意表明に頭痛がする。
 こんな物を見せられては逃げられない。
 弱くて正しい人間が理不尽な暴力に踏み潰され死んでいくのは凄く嫌だ。
 自分も圧倒的弱者だったなら、罪悪感を抱えつつ彼らを見捨てられたかもしれない。
 でも俺は今「何とか出来るかもしれない」と思い始めて居た。
 腕の中には凍り付いたポイズンスライムがある。ノアが持たせてくれた物だ。
 万能の英雄は今街で起こっている騒動に気づいているだろうか。
 森の奥では難しいかもしれない。俺は男たちに向かって口を開いた。

「だったら今すぐ森の奥まで行って、そこにいる剣士を連れてこい!大急ぎでだ!」
「は?森の奥なんて暇なんてねぇぞ!」
「お前らはここに居ても邪魔なだけなんだよ!街燃やしたくなけりゃさっさと呼びに行け!」

 ノアが居ればこんな魔物絶対どうにかなる。
 俺が強く言い切ると、戸惑いを浮かべながらも男たちはこの場所から離れ始める。
 そうだ。それでいい。問題はノアが来るまで俺がこの魔物の相手をしなければいけないことだ。
 いや寧ろ積極的に無力化しなければいけない。火猪が体当たりした屋台は延焼しかねないレベルで燃えている。
 消化を急がなければいけない。焦ってはいけないと思う程、早く何とかしなければと気が狂いそうになる。
 そんなことを考えながら火猪を睨んでいると背後から幾分か冷静さを取り戻した声が聞こえた。

「全員で行かなくていいだろ、マックスとヨハンは一っ走りしろ。俺たちは建物の火を消すぞ!」

 大人しく全員退避してくれという苛立ちと、消火活動への感謝の気持ちで混乱しそうになる。

「おい、剣士の兄ちゃんよ。俺たちはあのヘンテコな猪に手は出さない、それでいいだろ」

 そう尋ねられても正直良いとも悪いとも答えられない。他者の行動に対する判断に責任を持ちたくない。

「……知るかよ、俺の邪魔だけは絶対するな」 

 その為、つい悪役みたいな発言に逃げてしまった。
  
「わかってるよ、魔物の相手はアンタに任せたぜ。凄腕の冒険者さん!」

 嫌味か本気かわからない持ち上げられ方を気にする余裕はなかった。
 先程男たちを蹴散らした後、火猪は青果店らしき屋台を破壊しつつ落ちた商品を食い荒らしていた。
 だからこそ俺たちは極わずかな余裕を持って会話が出来たのだ。
 しかし食べたい物がもう無くなったのか、それとも満腹になったのか獣は道に落ちた果物からこちらへ
 視線を移していた。
 もしかしたら肉が食いたくなったのかもしれない。
 火猪の短い前脚が地面を癇性にガッガッと掻き始める。
 それは今からお前たちへ襲い掛かるぞという警告に見えた。
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