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第三章

53話 厄介な善人

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 よく晴れた日だというのに街の空気は微妙にどんよりとしていた。
 都会過ぎず田舎過ぎないここは冒険者たちが生活の拠点にするには都合が良い。
 しかしその肝心の冒険者の姿が明らかに減っているのだ。
 彼らが居ない街には賑やかさと頼もしさの双方が足りていない。
 そして街から出払っている冒険者たちには俺の団の仲間も含まれていた。
 
 盗賊のカースと、パラディンのブロック。そして治癒士のエスト。
 俺の行方を捜していた筈の三人は何故か現在別の村に滞在している。
 アキツというここから馬車で四時間位かかる場所だ。
 冷え性に効く温泉があるらしくこの街の人間からは隠れた名所扱いされている。
 そしてその温泉の近くにある洞窟から最近魔物が出てくるようになったらしい。
 魔物の退治と洞窟から出てくるようになった原因の調査を三人は村人から引き受けたのだ。

 そういった内容が書かれた書簡が届いたのは一昨日の事で、俺もミアンも読み終わってから深い溜息を吐いた。
 ああ、またエストの善行が暴走しているのかと。
 治癒士エスト。一見清楚で美しいシスターに見える彼女は内面も信心深く心優しい。
 困っている人がいたら話を聞き助けになる。自分を犠牲にしてでも人の為に尽くす。聖職者の鑑のような女性だ。
 だが度を過ぎればまともな暮らしなど出来ない。
 彼女は金に困っている人間が居れば自身の財布を差し出すし、欲の吐き出しに困っている男が居れば体を差し出すらしい。
 そして格安戦力を求めている人間には自分たちのパーティーを差し出す。つまり仲間まで巻き込んで善行ごっこをするのだ。
 それが原因で灰色の鷹団に来るまで数組のパーティーを追い出されたらしい。
 清楚な美人で、話し方も上品。更に治癒士の腕も良いという事で引く手はあまたなのだが即お払い箱にされるとのことだ。
 その半数位は彼女を庇う男性陣とそれが気にくわない女性陣の軋轢でパーティ―自体解散しているらしいのである意味悪女とも言える。
 そんな厄介な人間が灰色の鷹団で数年在籍出来ているのは、厄介な女を見抜く男性陣の勘の良さと何よりミアンの存在だった。
 同性で怒りっぽく、気に入らないことはは我慢せずに言う気質の彼女はエストのストッパーに最適だったのだ。
 実際ミアンが同行していなかった為エストたちはギルドさえ通さない格安の依頼を引き受けてしまった。

 俺の無事を祈る為と、身元不明の死体の報告がないかの確認のため寄った教会。
 そこで文字通り神頼みをしているアキツ村の人間にエストが事情を聞いたのが運の尽きだった。

 三人からの手紙によると飲食の用意はされているし温泉も入り放題だが実質無給のような物らしい。
 それを知ったミアンは「お花畑女に説教して連れ戻してくるわ」とそそくさと旅支度をしてその日の内に馬車に乗って旅立ってしまった。
 手紙を読みながら「そういや最近入ってないわね」と呟いていたから恐らく温泉が目当てなのだろうと思う。美肌にも効くと言っていたし。

 こういった事情で現在アジトでは俺とクロノだけが暮らしている。
 今までなら家事の一切を彼女が引き受けてくれていたが、ノアの特訓を受けた後の彼女にそんな余裕はない。
 女性の下着などを洗う覚悟がまだ無い為、申し訳ないが洗濯は各自で行うことにしている。
 ただその分食事の用意は期間限定だが俺が一手に引き受けている。
 といっても店でパンや総菜や果物を買って、そこに野菜をちぎっただけのサラダを添えたりする程度だ。
 何故ならこの世界の竈の使い方がわからない。これはアルヴァが普段から料理をしていなかったせいかもしれない。
 身だしなみについては湯舟に入れる大量の湯を沸かすことも出来ないので、水で濡らした布で顔や体を清める生活だ。
 正直食事よりもこちらの方が辛いので街の共同浴場にその内行くかもしれない。
 クロノも魔術が使えるというのならミアンのように瞬時に水を湯に出来たりしないだろうか。今度ノア辺りに尋ねてみよう。
 そんなことを考えつつ、通り道の屋台を眺めながら歩く。今日は串焼肉をメインにしようか。
 それともトウモロコシの粉を焼いた生地で肉と野菜を挟んだサンドイッチにしようか。
 特訓で疲労困憊だろうクロノには消化に良さそうな白身魚入りの粥でもいいかもしれない。それかいい加減料理でも覚えるか。
 だとしたら帰りに古本屋にでも寄って適当なレシピ本でも買おう。まるで一人暮らしを始めた時のようだ。
 少しの高揚感に包まれつつ歩みを進めていると大通りの向こうが騒がしいことに気づく。楽しそうな雰囲気ではない。
 更にこちらへ向かい必死に走ってくる人間の姿が複数確認できるようになった。


「ば、化け猪だ!死んだ筈の猪が蘇りやがった!」
「ちげえ、あれは死んだ振りしてただけだ!誰だよ猪解体ショーなんて考えた馬鹿!」

 通行人の会話を盗み聞きして何となく事情はわかった。
 街へ運ばれてきた猪の死体が息を吹き返し暴れているのだろう。気絶しただけだったのかもしれない。
 普通の猪なら自警団辺りがどうにかするだろうが、今の俺は彼らに対する信頼が非常に薄い。

「……様子だけでも、見に行くか」


 そうして俺はギルドではなく悲鳴の聞こえる方角へ足を進めた。
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