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第三章

51話 自警団からの依頼と英雄による鬼特訓

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 俺が正義の味方だったら、きっと自分の判断を理不尽だと糾弾するだろう。
 虐めている側を放置して虐められていた側を追い出すようなものだからだ。
 だけど父親のトマスは屈強な男で、息子を深く愛している。
 ならマルコは新しい場所で母親の評判など気にせず生きていく方が楽な気がした。
 そう考えるのは俺が故郷と親を捨てて都会へ逃げ出した経験持ちだからだろうか。

「私も同じこと言うと思うけどな、だって面倒じゃない~?」

 説教程度じゃ人間って簡単には改心しないし。
 そう複数のスライムを同時に凍り付かせながら性別不明の剣士は言う。
 俺は逃げ出そうとする一匹を剣で絶命させながらノアと同じ方角を見た。
 黒髪の少女がうなりながらスライムに向かって剣を叩きつけている。
 しかしそれは致命傷どころか掠り傷にもなっていないようだった。
 当然だ、彼女はスライム斬りのスキルを持っていない。
  
「えいっ、えいっ、あたっ」

 クロノは反撃を食らい軽く悲鳴を上げる。スライムは標準サイズなので大したダメージではないだろう。
 実際少女の体に掠り傷は見当たらない。ただ黒い髪も布の服も汗でしっとりと濡れていた。
 二時間以上、物理攻撃がほぼ効かない魔物相手に悪戦苦闘しているのだ。
 通常のスライムは攻撃力的な意味では弱い。だがそれを倒せる手段は限られている。
 そしてその手段を使わずにスライムを倒して見ろとノアは数時間前クロノに命令したのである。

「スライムの物理防御力を下げないと何百回ぺちぺち叩いても無駄だよ~」

 クロノの相手以外のスライムを容赦なく殺しながらノアはのんびりとした口調でアドバイスする。

「いや~丁度訓練に利用できる良い依頼があってよかったね、アルヴァ君」

 こちらを振り向きながら笑う相手に俺は曖昧な表情を浮かべた。
 少し前に起きた巨大スライム発生事件。俺たちが今居る場所はその現場である。
 
 再度あの厄介な魔物が発生しないように森にいるスライムを殺せるだけ殺して欲しい。
 所詮スライムなので討伐代金は最低ランクが妥当だろう。
 そのような依頼を自警団が街のギルドに出したのは五日前だ。
 張り出されたその内容を一瞥する冒険者は居ても引き受ける者はいなかった。

『所詮スライムなら自分たちでどうにかしろ』

 そう殴り書きされた依頼書を持ってノアが俺たちのアジトを訪れたのが昨日だ。
 俺は既にクロノと共に彼の元で特訓を受けていた。
 主な訓練内容だがまずクロノが俺と自分をその特殊スキルで強化する。
 そしてその状態でノア対俺たちで疑似戦闘をひたすら繰り返すことだった。
 ノアが止めるまで際限なくだ。

 正直命の危険がないだけで巨大スライムに挑んだ時より疲労が凄い。
 何故ならノアは俺たちを心身共に疲れさせるように動いているからだ。 
 特に魔力スキルを使いながら剣攻撃をしなければいけないクロノの消耗は凄まじかった。
 体力自慢の筈の彼女が特訓終了後はぐったりとへたり込むのがいつもの光景になりつつあった。
 
 俺がそんな彼女を抱えて家に帰れたのは単純にノアが手加減をしていたからだ。
 巨大スライムの件は、厄介な魔物を倒してめでたしで終わるものではなかった。
 その事後処理の方が寧ろ面倒でさえある。

 自警団は元腕利き冒険者てあるトマスに魔物退治や力仕事を押し付けていたらしい。
 息子と自分がこの街で暮らしやすいように彼は嫌な顔をせずそれらを引き受けていた。
 だがトマスは引っ越しの為に自警団を辞めた。
 そしてさっさと息子と共に旅立っていった、元冒険者らしい素早さだ。

 残された自警団のメンバーはパニックに陥ったらしい。
 トマスに任せていた低ランクの魔物退治を自分たちでこなさなければいけなくなったからだ。
 やりたくないとギルドに依頼をしてくるようになったは良いが相場より下の依頼に引き受ける者は居ない。
 やたら奉仕の精神を求めてくる文面は冒険者には逆効果だった。

 彼らはそのことに気づく前に、何故トマスが街を出たのかを気にし始めた。責任の押し付け合いとも言える。
 そして団員達は俺の元にも事情を訊いてきたので答えた。
 彼が溺愛するマルコ本人の前で、こんな息子なんて死んだ方がトマスの為だと言い放った団員が居た事を。
 実際その連中はマルコの救出に参加せず寧ろ俺たちの足を引っ張るような真似までしたと正直に告げた。

 悪評高い俺だけでなくミアンの証言もあったので、意外な程すんなりと事情は受け入れられた。
 結果自警団は頼まれた雑魚魔物退治を暫くそいつら押し付ける事に決めたらしい。

「でもスライムとだけは二度と戦いたくないって、仲良く夜逃げしちゃったらしいよ~」

 あんなに訓練の役に立つ魔物はいないのにね。
 自警団からのスライム退治の依頼を俺たちに見せつけながらノアは言った。

「そうなんですか、街の人の役に立ちますし是非引き受けましょう!」

 あの日元気に答えたクロノに今同じ依頼を見せたらどんな表情をするのだろう。
 俺にとってこの任務は普段の鍛錬よりも疲労度は少ない。それはスライム斬りが使えるからだ。

 しかしクロノにとっては精神的にも肉体的にもきついだろう。倒せない敵を倒せと言われているのだから。
 見てるだけの俺でさえ、今日はもう帰ろうと何度か言い出しかけては万能の英雄に止められた。

「クロノちゃんは魔術は使えるけど、意識して使うのが苦手なんだよね~」
「……そうなんすか」
「教えるだけじゃ上手く使いこなせないみたいだから、これは限界まで追い込んで閃いて貰うしかないかなって~」 

 強化と弱体化と剣攻撃、それをほぼ同時に出来るようになるのが今日の目標だよ。
 明日は魔術の範囲指定特訓だね。
 そうさらりと告げるノアの鬼師匠ぶりに、俺はクロノが闇落ちしないかとハラハラするのだった。
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