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第三章

48話 似てない親子

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 クロノがトマスに俺の起床を伝えに行っている間に体を拭いて服を着替える。
 意外なことにミアンがそれを手助けしてくれた。
 しかも有難いことに風呂まで速攻でわかしてくれた。
 彼女が短く呪文を唱えた後、その白い腕を湯船に張られた水に浸すとなんと数十秒で適温になった。

「炎の魔術が使えるなら誰でも出来るわけじゃないんですからね!」

 勘違いしないでよねと言い張るミアンにわかってるよお前は特別だよと返す。
 それだけで満足げな様子を見せたので子供みたいで可愛いなと思った。
 浴室での介助を断り、自分で体と髪を洗う。肌からは引くぐらいの垢が出た。
 頭皮から不快な脂っぽさが消えたところでやっと湯船に浸かる。大分湯は減っていたがそれでも心地いい。
 温かな湯に体を包まれ、ふうと息を吐く。その時になって急に巨大スライムへの恐怖が襲ってきた。
 違う、これは死にかけたことへの恐怖だ。安堵した隙を突いて今更心に噛みついてきたのだ。
 全身がぶるぶると震える。背骨が氷に変わったようだ。湯さえも冷たく感じられ浴室から這い出る。
 服は着たが、肌も髪もろくに乾かしてない。
 そのまま廊下を歩いているとタオルをいくつも抱えたミアンと鉢合った。

「相変わらず、馬鹿ね」

 彼女は水浸しの床に怒りもせずタオルを広げて俺を包んだ。
 布越しに女の柔らかな体と甘いにおいがする。単純なことにそれだけで震えがいくらか軽くなる。

「本当、狂犬というより馬鹿わんこよ。戦いが終わってからやっと怖くなるんだから」

 でもここまで怯えるなんて久しぶりね、仕方がないか。
 そう子供を、いやペットの犬をあやすようにミアンは囁いた。
 前世の記憶が戻る前の俺も、死に怯える度彼女にこうやって慰められていたのだろうか。
 きっと、そうなのだろう。誰に対してかわからない後ろめたさと引き換えに俺は恐怖を拭い去ることができた。


■□■□


 何とかクロノたちが戻ってくる前に立ち直った俺は、身なりを整えて客人を迎えた。
 トマスとその息子のマルコだ。巨大スライムに捕獲されていたマルコより親であるトマスの方が顔色が悪い。
 それでも彼は俺の姿を見るなり体から音がする勢いで頭を下げてきた。

「今回は本当に助かった!お前が居なければマルコも俺も生きていられないところだった!」

 その台詞にスライムに捕まっていた子供はともかく何故マルコがと一瞬首を傾げる。
 大切な子供が死んだら親である自分も心痛で死ぬという意味だと気づくと、何とも言えない気持ちになった。
 だがそれ以上に無理をしてでも巨大スライムを倒して良かったという感慨もわく。
 もし通り魔に刺された後生きていたら、現実でもこんな達成感を得られたのだろうか。
 いや、今の俺にとってはこの世界こそが現実だ。俺はマルコに話しかけた。

「坊主、体の具合はどうだ」
「あ……その、おかげさまで、だいじょうぶです」

 ありがとうございます。そう深々と頭を下げる子供は親の躾の良さをあらわしていた。
 小学校入学前の俺はこんな丁寧な喋り方なんて出来なかった。母の言う通り俺が人より愚図な子供だったからかもしれないが。
 だからこそ森の奥なんて危険な場所で遊んでいたことに違和感を覚える。
 しかしそれだって少し考えれば納得のいく理由が浮かんだ。俺は二人を客間にあるソファーへと促す。 
 大男であるトマスに一人掛け用の椅子は小さい。だからそれには俺が座った。

「先に報酬を渡させてくれ。お前が欲しがっていた人魚の涙だ」

 大きな拳が突き出され、意外と繊細な動作で俺に小さな宝石を手渡してきた。
 これがあれば水中に長く潜り続けることが出来る。
 有難く受け取り懐に仕舞おうとすると視線を感じた。マルコのものだ。
 そういえば元々は彼の御守りだったか。
 睨んでいるというよりは悲しそうな目つきで子供は人魚の涙の行方を見つめている。
 ふと悪戯心に近い気持ちがわき上がり、俺は彼に話しかけた。

「なんだよ、俺にこれを盗られるのが悔しいのか?」

 そう言いながら人魚の涙を懐から取り出し見せつける。
 背後でミアンが「悪趣味」と呆れたように呟いた。
 マルコの大きな瞳に涙の膜が張る。けれど彼はそれを零さず堪えた。

「ぼくが、わるいから、しかたない。お礼はちゃんと、しなきゃ、いけないって」
「マルコ……」

 トマスが心配そうな顔で息子の頭を撫でる。
 恐らくここに来る前に父親がそう言い聞かせていたのだろう。
 そしてマルコもそれに頷いた筈だ。俺が意地悪く挑発したから揺らいだだけで。

「……人魚の涙、使いたい時だけ貸してくれるなら礼は金だけでいいぜ」

 その言葉に父子は同時に驚いた顔をする。外見は似ていないが表情はそっくりだ。これが親子というものかもしれない。 
 
「本当か、アルヴァ。そうしてくれるなら助かるが……」
「ああ本当だ、但しお前の息子次第だがな。……マルコ、お前なんで森の奥なんかにいた?」

 子供一人で行くような場所じゃないだろ。
 俺の言葉に幼い少年は唇を噛み締めた。

 
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