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第二章
第45話 戦士の適正
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俺の小説では男主人公だったクロノ・ナイトレイ。
しかし誤字などの結果女性として存在することになった目の前のクロノ。
最初は戸惑ったけれど、いつしか「性別が違うだけ」と思うようになっていた。
それがどれほど目の前の少女の人生を狂わせたかなんて考えせずに。
「……お前は、男になりたいのか?」
デリケートな話題だ。確認するか迷った挙句、それでも俺は尋ねた。
もし彼女が男性になりたいというのなら、それが不可能でないことを知っていたからだ。
補助魔術系の高位スキル、完全変化。
これをクロノが使えるようになれば姿形を完全に変えることが出来る。
スキル図鑑の中に記載があって、特に目立った能力だったから記憶に残っていたのだ。
だが簡単に取得できるスキルではなかった。
魔術適性のない俺は最初から無理なので詳しくは覚えていないが複数の条件があった筈だ。
ただ、それでもクロノが男性になることを望むなら俺はサポートするべきだ。
元々自分の誤字が原因で「彼」が「彼女」になってしまったのだから。
目の前の少女は暫く考え込んだ後、口を開いた。
「……ごめんなさい、今はよくわかりません」
昔は男として生まれたかったと何度も思ったけれど。そうクロノはへらりと笑う。
短く切り揃えた黒い髪、男物のシャツとズボン。彼女が少年と言い張れば信じる者はいるかもしれない。
少年めいた少女と少女のような少年、この二つは似て非なるものなのだろう。
だがどちらも中性的な美しさという点では合致している。
恐らく俺も寝ているクロノのはだけた胸元や着替えを見なければ、今でも美少年だと思い込んでいた筈だ。
「ドレスとか動きにくくなる服装は嫌です。おしとやかに振舞うのもきっと無理。なにより……」
貴女も女性なのだから剣や戦いなんて野蛮な事に憧れるなんて止めなさい。
そう父親の正妻に言われたの言葉が絶対に受け入れられなかった。
クロノは暗い目をして告げた。
「奥様の望むような生き方をするくらいなら死んだ方がマシだと思ったんです」
それはそうだろう。クロノは英雄譚の主人公なのだから。
そんな彼女に戦わず大人しく暮らせと命じるのは呼吸をするなと強制するレベルの無体だ。
相手は当然そういった事情は知らず、女性としての生き方を諭したつもりなのだろうが。
「でも確かに、彼女の言う通り大人しく生きていれば傷つくことはなかったのかもしれない」
冒険とも呼べない放浪の中で何度も飢えて裏切られて心は擦り減った。
女らしく生きていればこんな目には遭わなかったかもしれないと思った時もあった。
男として生まれていれば、男に襲われそうになることもなかっただろう。
軽い調子で騙られる過去を深追いする勇気は俺には無い。
「でもアルヴァさんに拾って貰って、この街で冒険者見習いとして過ごす内に気づいたんですよね」
ローレンは王都から馬車で二時間程度で物価はそこまで高くなく、近くにダンジョンが幾つかある。
だから多くの冒険者が生活の拠点にしている街だ。
その中で数年間暮らしていく中でクロノの価値観は変わったのだろうか。
「金級や銀級の冒険者の中には女性も当たり前に居て、確かに戦士職の人は少ないけれど……」
酒の補充や泥酔した俺の迎えなどでクロノは酒場に足を運ぶことが多かった。
結果女将や従業員に可愛がられ、そして偶に酒場の常連から声を掛けられることもあるらしい。
その中の女戦士にある日尋ねてみたのだと彼女は言った。
「女性で戦士をやるのは大変じゃないですかって、正直怒られても仕方がなかったと思います」
でも自分の頭よりも大きな斧を担いだその女性はクロノの質問を一笑したと言う。
その後、木のジョッキに満ちたエールを一息で飲み干し豪快に告げた。
「戦士なんて男でも女でも大変だよって、でも強ければいいだけだから自分には天職だって」
「それは……」
多分その女戦士が特別な人間なのだ。口にしようとして止めた。
わざわざそんなことを小賢しく教える意味はない。きっとクロノだってそのことは理解している。
だから自嘲的な笑みを浮かべるのだ。
「強ければいいだけって言葉で、確かにそうだなってなりました。ボクに剣の才能があればそもそも父に見捨てられることもありませんでしたし」
戦いに向いていないと判断されたのなら、男でも騎士や冒険者になることは止められていただろう。
クロノの言葉はもっともだったが俺は内心首を傾げた。
そもそも彼女の父親は本当にクロノに剣士としての適性を見出さなかったのか。
だとしたら騎士団長の割に随分と節穴だと思う。
そしてクロノが自分を無能と頑なに思い込んでいる理由も今回わかった。
アルヴァからの手酷い扱いも当然影響しているだろう。
しかしその前から彼女は自信を喪失していたのだ。
クロノが今は判断できないというなら性別に関する話は置いておいていい。
ただ、自分が無能だという思い込みについては早急に修正するべきだ。そう俺は考えた。
しかし誤字などの結果女性として存在することになった目の前のクロノ。
最初は戸惑ったけれど、いつしか「性別が違うだけ」と思うようになっていた。
それがどれほど目の前の少女の人生を狂わせたかなんて考えせずに。
「……お前は、男になりたいのか?」
デリケートな話題だ。確認するか迷った挙句、それでも俺は尋ねた。
もし彼女が男性になりたいというのなら、それが不可能でないことを知っていたからだ。
補助魔術系の高位スキル、完全変化。
これをクロノが使えるようになれば姿形を完全に変えることが出来る。
スキル図鑑の中に記載があって、特に目立った能力だったから記憶に残っていたのだ。
だが簡単に取得できるスキルではなかった。
魔術適性のない俺は最初から無理なので詳しくは覚えていないが複数の条件があった筈だ。
ただ、それでもクロノが男性になることを望むなら俺はサポートするべきだ。
元々自分の誤字が原因で「彼」が「彼女」になってしまったのだから。
目の前の少女は暫く考え込んだ後、口を開いた。
「……ごめんなさい、今はよくわかりません」
昔は男として生まれたかったと何度も思ったけれど。そうクロノはへらりと笑う。
短く切り揃えた黒い髪、男物のシャツとズボン。彼女が少年と言い張れば信じる者はいるかもしれない。
少年めいた少女と少女のような少年、この二つは似て非なるものなのだろう。
だがどちらも中性的な美しさという点では合致している。
恐らく俺も寝ているクロノのはだけた胸元や着替えを見なければ、今でも美少年だと思い込んでいた筈だ。
「ドレスとか動きにくくなる服装は嫌です。おしとやかに振舞うのもきっと無理。なにより……」
貴女も女性なのだから剣や戦いなんて野蛮な事に憧れるなんて止めなさい。
そう父親の正妻に言われたの言葉が絶対に受け入れられなかった。
クロノは暗い目をして告げた。
「奥様の望むような生き方をするくらいなら死んだ方がマシだと思ったんです」
それはそうだろう。クロノは英雄譚の主人公なのだから。
そんな彼女に戦わず大人しく暮らせと命じるのは呼吸をするなと強制するレベルの無体だ。
相手は当然そういった事情は知らず、女性としての生き方を諭したつもりなのだろうが。
「でも確かに、彼女の言う通り大人しく生きていれば傷つくことはなかったのかもしれない」
冒険とも呼べない放浪の中で何度も飢えて裏切られて心は擦り減った。
女らしく生きていればこんな目には遭わなかったかもしれないと思った時もあった。
男として生まれていれば、男に襲われそうになることもなかっただろう。
軽い調子で騙られる過去を深追いする勇気は俺には無い。
「でもアルヴァさんに拾って貰って、この街で冒険者見習いとして過ごす内に気づいたんですよね」
ローレンは王都から馬車で二時間程度で物価はそこまで高くなく、近くにダンジョンが幾つかある。
だから多くの冒険者が生活の拠点にしている街だ。
その中で数年間暮らしていく中でクロノの価値観は変わったのだろうか。
「金級や銀級の冒険者の中には女性も当たり前に居て、確かに戦士職の人は少ないけれど……」
酒の補充や泥酔した俺の迎えなどでクロノは酒場に足を運ぶことが多かった。
結果女将や従業員に可愛がられ、そして偶に酒場の常連から声を掛けられることもあるらしい。
その中の女戦士にある日尋ねてみたのだと彼女は言った。
「女性で戦士をやるのは大変じゃないですかって、正直怒られても仕方がなかったと思います」
でも自分の頭よりも大きな斧を担いだその女性はクロノの質問を一笑したと言う。
その後、木のジョッキに満ちたエールを一息で飲み干し豪快に告げた。
「戦士なんて男でも女でも大変だよって、でも強ければいいだけだから自分には天職だって」
「それは……」
多分その女戦士が特別な人間なのだ。口にしようとして止めた。
わざわざそんなことを小賢しく教える意味はない。きっとクロノだってそのことは理解している。
だから自嘲的な笑みを浮かべるのだ。
「強ければいいだけって言葉で、確かにそうだなってなりました。ボクに剣の才能があればそもそも父に見捨てられることもありませんでしたし」
戦いに向いていないと判断されたのなら、男でも騎士や冒険者になることは止められていただろう。
クロノの言葉はもっともだったが俺は内心首を傾げた。
そもそも彼女の父親は本当にクロノに剣士としての適性を見出さなかったのか。
だとしたら騎士団長の割に随分と節穴だと思う。
そしてクロノが自分を無能と頑なに思い込んでいる理由も今回わかった。
アルヴァからの手酷い扱いも当然影響しているだろう。
しかしその前から彼女は自信を喪失していたのだ。
クロノが今は判断できないというなら性別に関する話は置いておいていい。
ただ、自分が無能だという思い込みについては早急に修正するべきだ。そう俺は考えた。
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