上 下
43 / 131
第二章

第43話 怪力美少女主人公と元悪役

しおりを挟む
 部屋に入ろうとしてきた人物はクロノだった。
 腕に抱えている荷物を見るに洗濯物を持ってきてくれたらしい。

「えっ、うわっ、ちょっと!」
「えっ? あっ、ごめんなさい!」

 男子トイレで小用中に女性が入って来たような気まずさと驚きで俺は叫んだ。
 クロノは俺の反応に釣られた形で慌てた声を上げる。
 全部脱がなくて良かった。そう思いながら急いで衣服を整える。
 
「アルヴァさん、起きていらっしゃったんですね」

 ノアさんからはまだ眠っていると伺ったんですけど。
 クロノの声には僅かな驚きがまだ滲んでいる。 
 成程、だからノックしなかったのか。寝ている俺を起こさない為に。
 彼女の行動自体には納得できたが、今度はノアの発言に疑問が浮かぶ。

「いやついさっきまで二人で話してたんだけど……」
「そうなんですか? ボクまたからかわれちゃったのかな」

 あの人、親切だけど時々意地悪なんです。そう拗ねたように言うクロノはノアと大分親しい様子に見えた。
 彼との関係を尋ねるなら今じゃないだろうか。
 俺は洗濯物をタンスにしまおうとするクロノに話しかけた。

「あのノアって奴とお前は知り合いなのか?」
「はい、そうです」

 いや知り合いなのは既にわかりきっているだろう。
 自分の質問の下手糞さに内心歯噛みしながら次の台詞を考える。
 知りたいことが多すぎて何から尋ねればいいかがわからなくなってしまっている。
 取り合えず浮かんだことから訊いていこう。俺は再び口を開いた。

「そういえばスライム退治の時、どうしてノアを連れて来たんだ?」

 トサリと軽い音がする。気が付けば俺の服が床に落ちていた。
 そしてクロノも何故か床に頭を擦りつけている。もしかして土下座をしているのか。
 状況が理解できず俺はただ立ち尽くした。

「あの時は本当にごめんなさい、アルヴァさん。ボクはあなたの信頼を裏切るような真似をしました……!」

 そう床を頭突きでへこませる勢いで謝罪する少女に俺は戸惑うしかなかった。

「目が覚めたら真っ先に謝ろうと思っていたのに、つい忘れてしまったこともごめんなさい!」
「いやそれは言わなくていいから」

 続けて言われた台詞に思わず突っ込みを入れる。俺、主人公をこんな性格にしただろうか。
 確かにブラック環境で何年もこき使われていてもメンタルをやられなさそうではあるが。
 いや、逆にその生活が辛すぎて忘れっぽい性格になったのかもしれない。
 クロノはスライム戦の時に補助魔術をかけてくれという俺の指示を拒否した件で詫びているのだろう。
 確かに彼女のバフが無くて辛かったが、あれは俺の頼み方も悪かった。
 追放前のクロノは自分にそういった能力があることなど全く知らなかったのだから。
 取り合えず俺は怒っていないことを伝えることにした。

「あれは仕方ない。お前に頼んだ俺が悪かった」 
「えっ……」

 クロノが急に絶望した表情になる。
 旅行中親を怒らせて置いていかれそうになった時の俺のようだなと思った。
 しかし俺は彼女にそんな真似はしていない筈だ。
 クロノの不安を浮かべた顔を見ているとこちらも不安になってくる。

「いや、本当に謝らなくていいから」
「ごめんなさい、アルヴァさん、もう二度とあなたに逆らいませんから、もう一度だけチャンスを下さい!」

 俺は配下を見捨てようとしている悪役か何かか? 
 彼女の必死さに若干引きながら戸惑う。そして気づいた。
 小説内でアルヴァがクロノの追放を宣言した際、クロノがアルヴァに懇願したのと同じ台詞だ。

 自分が無能だと思い込まされていた主人公が見捨てられたくなくて必死に土下座するシーンが頭に浮かんだ。
 そしてそれをつまらなそうな顔で見下し、頭を踏みつけるアルヴァの冷酷な姿も。
 大人が必死に謝る子供を痛めつけている。なんて吐き気がする光景だろう。俺は自分の口元を手で覆った。
 何だろう、寒気が止まらない。なのに自分が汗をかいてるのがわかった。

 そのまま沈黙していると、クロノが恐る恐るといった様子で顔を上げた。
 何故か驚いた表情をして急に駆け寄ってくる。
  
「アルヴァさん、ごめんなさい!」

 新たな謝罪の言葉とともに体が浮く。
 クロノの細腕に抱き上げられたのだと気づくのに十秒かかった。

「大怪我をして、起きたばっかりなのにずっと立ち話なんてさせてしまって……」

 今すぐベッドに運びますね。そう言い俺を抱えながらクロノは堂々と室内を歩いた。
 自分より頭一つ分は小さい少女に軽々と運ばれて頭が混乱する。
 よくわからないまま再び寝台に寝かせられた俺はクロノに優しく布団をかけられた。

「後で幾らでも叱られますから、今は休むことに専念してください」

 傷は治して貰ったけど、体力はまだ回復しきっていないみたいですから。
 そう真っ直ぐな瞳で気遣われ、自分が女の子だったらときめいているだろうなと思った。
 というかクロノ、今の段階で既に俺より筋力がある気がする。
 ほっそりした体のどこに大人の男を余裕で抱えて持ち運べる力が存在するのか。
 少し考えて無意識に己にバフをかけているのではないかという結論にいたる。
 無意識というのが問題なのだ。クロノに自らの能力についてちゃんと説明しなければ。
 俺は寝かしつけようとしてくる彼女の手を取って、その行動を止めた。
しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...