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第二章
第42話 俺が脱ぐ側なの?
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超チートキャラであるノアが部屋から去った後、俺は全力疾走の後みたいな疲労を感じた。
精神的な消耗は多大でも肉体に痛みは全くない。
俺が巨大スライムたちから受けた傷はあの英雄が癒してくれたようだった。
もしかしたらパーティーのヒーラー役であるエストよりも回復術に長けているかもしれない。
彼が何十年も逃走生活を続けられたのはきっとこの能力も関係しているのだろう。
「万能の英雄、か……」
彼はクロノだけでなく俺も鍛えてくれると言い出した。
金級冒険者になることは俺も少し前から目指し始めていたところだ。
ノアからの指導を喜んでお願いすべきだろう。
そう思いつつも即答しなかったのには理由がある。
灰村タクミとしての社会人経験で俺は物事を即断するリスクを散々味わってきたからだ。
田舎から都会に出てきた直後のことは思い出したくない。
散々騙されたり押しに負けて不要だったり微妙に高い値段で物を買わされたりした。
無料体験に勧誘されて月に数回も行かないだろうスポーツジムの年間会員になったこともある。
だから一人でじっくりと検討する時間が欲しかったのだ。
それともう一つ、ノアの特訓は超スパルタ式なのだ。
小説内でパーティー全員分の荷物を持って走り回っていたクロノが疲労困憊するレベルである。
効果はあるがその分だけきついのだ。
学生時代の体育の授業でさえ嫌でたまらなかった俺に耐えられる気がしない。
「……かといって、嫌だからやらないじゃ駄目なんだよなあ」
剣士というのはどこから見ても肉体労働だ。しかも命懸けで敵と戦う。
きつい鍛錬から逃げて本番で力負けして魔物に殺されるのはただの馬鹿だ。
そしてノアはこのままだと俺はそうなると告げた。
巨大スライムと戦う前なら彼の考えを否定していたかもしれない。
自分が死ぬかもしれないような相手と戦うなんて有り得ない。逃げればいいだけだと。
けれど予想と現実は全く違っていて、俺は巨大スライムを前に逃亡することは出来なかった。
自警団の連中の協力は得られず、クロノの補助もない状態で好き放題魔物から殴られ続けてそれでも。
俺が諦めればスライムに捕まった子供が助からないから足掻くしかなかったのだ。
そして今回なんとか助け出せたのは本当に運が良かったと思っている。
巨大スライムを倒せる計画自体は立てていたが作戦通りになどいかなかったのだから。
「クロノだけじゃなく俺だって、強くならなきゃいけないのは当たり前なんだよ」
アルヴァにはアルヴァの人生があって戦いがある。
クロノに何もかも押し付けて家で安全に暮らしているなんて出来る筈もなかった。
冒険者を引退して安全な職業につくという考えにならないのは俺がアルヴァ・グレイブラッドだからだろうか。
前世の記憶と人格が主になった今でも、敵を前にすると好戦的な気分が抑えきれなかった。
だからこそ巨大スライムにボコボコにされても萎えずに剣を振り続けられたのかもしれない。
そう考えるとクロノを追放した後のアルヴァの惨めな死はある意味とても彼らしくはあったのだ。
自宅で家族に見守られて穏やかに息を引き取るよりも、ずっと。
「いや俺はあんな死に方嫌だけど……」
首を振って否定する。死と隣り合わせの職業とはいえ余りにも愚かな最期だった。
「あれも結局、弱いから死んだってことになるのかな」
強い魔物に挑んで死んだのだから、その魔物より強ければ死なずに済んだ。
力量の見極めも重要だが、冒険者として生きていくなら強くなるのが一番の護身になる。
後の楽のために今の苦労を選べと学生時代教師も言っていたではないか。
そう結論付けて俺は背伸びをした。
答えは半ば決まっていたので結局ノアの過酷な特訓を受ける覚悟をしただけだ。
「念のためクロノにも意思を確認して、それから二人で指導を頼みに行くか」
その時は菓子折りとかを持って行った方がいいかもしれない。
ノアに好きな食べ物とかは設定していただろうか。思い出せなかった。
彼を連れてきたクロノなら知っているだろうか。
「そういえば、クロノはいつノアと知り合ったんだ?」
俺は首を傾げる。小説内なら追放されてからでないと二人は親しくならない。
同じ街で暮らしているなら擦れ違うぐらいはあるだろう。
ただクロノがスライム退治の場にノアを連れてきたということは、少なくとも戦力として彼を頼りにしているということだ。
実際英雄なのだから実力的には間違いないが、クロノは彼の強さをどうやって知ったのだろう。
「……まあ、本人に訊けばいいかな」
クロノが答えてくれればそれでいいし、回答を拒否されたならその時にまた考えればいい。
前世、一人で生きていた時間が長いせいかどうも考え込む癖が抜けない。
今はいいが戦闘時に思考に没頭するようなことはないよう気を付けなければ。
俺は寝台から降りた。その時になって初めて服が着替えさせられていることに気づく。
通気性のいい布地だが汗で湿っていて気持ち悪い。
ベッドの近くのテーブルには水の入った盥とタオルが置いてあった。
「とりあえず体を拭いて着替えるか」
俺はゆっくりと服を脱ぐ。寝たきりだったせいか僅かに体が軋む気がする。
上半身裸になり、少しごわつくが清潔な布で汗を拭う。
下着も取り換えて置いた方がいいか。
そう思いズボンを引き下ろした直後、ノックも無く扉が開かれた。
精神的な消耗は多大でも肉体に痛みは全くない。
俺が巨大スライムたちから受けた傷はあの英雄が癒してくれたようだった。
もしかしたらパーティーのヒーラー役であるエストよりも回復術に長けているかもしれない。
彼が何十年も逃走生活を続けられたのはきっとこの能力も関係しているのだろう。
「万能の英雄、か……」
彼はクロノだけでなく俺も鍛えてくれると言い出した。
金級冒険者になることは俺も少し前から目指し始めていたところだ。
ノアからの指導を喜んでお願いすべきだろう。
そう思いつつも即答しなかったのには理由がある。
灰村タクミとしての社会人経験で俺は物事を即断するリスクを散々味わってきたからだ。
田舎から都会に出てきた直後のことは思い出したくない。
散々騙されたり押しに負けて不要だったり微妙に高い値段で物を買わされたりした。
無料体験に勧誘されて月に数回も行かないだろうスポーツジムの年間会員になったこともある。
だから一人でじっくりと検討する時間が欲しかったのだ。
それともう一つ、ノアの特訓は超スパルタ式なのだ。
小説内でパーティー全員分の荷物を持って走り回っていたクロノが疲労困憊するレベルである。
効果はあるがその分だけきついのだ。
学生時代の体育の授業でさえ嫌でたまらなかった俺に耐えられる気がしない。
「……かといって、嫌だからやらないじゃ駄目なんだよなあ」
剣士というのはどこから見ても肉体労働だ。しかも命懸けで敵と戦う。
きつい鍛錬から逃げて本番で力負けして魔物に殺されるのはただの馬鹿だ。
そしてノアはこのままだと俺はそうなると告げた。
巨大スライムと戦う前なら彼の考えを否定していたかもしれない。
自分が死ぬかもしれないような相手と戦うなんて有り得ない。逃げればいいだけだと。
けれど予想と現実は全く違っていて、俺は巨大スライムを前に逃亡することは出来なかった。
自警団の連中の協力は得られず、クロノの補助もない状態で好き放題魔物から殴られ続けてそれでも。
俺が諦めればスライムに捕まった子供が助からないから足掻くしかなかったのだ。
そして今回なんとか助け出せたのは本当に運が良かったと思っている。
巨大スライムを倒せる計画自体は立てていたが作戦通りになどいかなかったのだから。
「クロノだけじゃなく俺だって、強くならなきゃいけないのは当たり前なんだよ」
アルヴァにはアルヴァの人生があって戦いがある。
クロノに何もかも押し付けて家で安全に暮らしているなんて出来る筈もなかった。
冒険者を引退して安全な職業につくという考えにならないのは俺がアルヴァ・グレイブラッドだからだろうか。
前世の記憶と人格が主になった今でも、敵を前にすると好戦的な気分が抑えきれなかった。
だからこそ巨大スライムにボコボコにされても萎えずに剣を振り続けられたのかもしれない。
そう考えるとクロノを追放した後のアルヴァの惨めな死はある意味とても彼らしくはあったのだ。
自宅で家族に見守られて穏やかに息を引き取るよりも、ずっと。
「いや俺はあんな死に方嫌だけど……」
首を振って否定する。死と隣り合わせの職業とはいえ余りにも愚かな最期だった。
「あれも結局、弱いから死んだってことになるのかな」
強い魔物に挑んで死んだのだから、その魔物より強ければ死なずに済んだ。
力量の見極めも重要だが、冒険者として生きていくなら強くなるのが一番の護身になる。
後の楽のために今の苦労を選べと学生時代教師も言っていたではないか。
そう結論付けて俺は背伸びをした。
答えは半ば決まっていたので結局ノアの過酷な特訓を受ける覚悟をしただけだ。
「念のためクロノにも意思を確認して、それから二人で指導を頼みに行くか」
その時は菓子折りとかを持って行った方がいいかもしれない。
ノアに好きな食べ物とかは設定していただろうか。思い出せなかった。
彼を連れてきたクロノなら知っているだろうか。
「そういえば、クロノはいつノアと知り合ったんだ?」
俺は首を傾げる。小説内なら追放されてからでないと二人は親しくならない。
同じ街で暮らしているなら擦れ違うぐらいはあるだろう。
ただクロノがスライム退治の場にノアを連れてきたということは、少なくとも戦力として彼を頼りにしているということだ。
実際英雄なのだから実力的には間違いないが、クロノは彼の強さをどうやって知ったのだろう。
「……まあ、本人に訊けばいいかな」
クロノが答えてくれればそれでいいし、回答を拒否されたならその時にまた考えればいい。
前世、一人で生きていた時間が長いせいかどうも考え込む癖が抜けない。
今はいいが戦闘時に思考に没頭するようなことはないよう気を付けなければ。
俺は寝台から降りた。その時になって初めて服が着替えさせられていることに気づく。
通気性のいい布地だが汗で湿っていて気持ち悪い。
ベッドの近くのテーブルには水の入った盥とタオルが置いてあった。
「とりあえず体を拭いて着替えるか」
俺はゆっくりと服を脱ぐ。寝たきりだったせいか僅かに体が軋む気がする。
上半身裸になり、少しごわつくが清潔な布で汗を拭う。
下着も取り換えて置いた方がいいか。
そう思いズボンを引き下ろした直後、ノックも無く扉が開かれた。
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