上 下
37 / 131
第二章

第37話 英雄との邂逅

しおりを挟む
 女神の神殿から下界の自分の体に戻る為にはやたら長い階段をひたすら下りることになる。
 どれだけ長いかというと終わりが見えないレベルだ。不思議と疲れはしないが、非常にうんざりする。
 それでも気が遠くなるまでひたすら下り続けると、パッと無になる感覚がして気づくと肉体に戻っている。
 前回は森の中で目を覚ました。アジトのキッチンで気絶したのに今思うと不思議だ。

 そして今回は目を覚ました途端見慣れた天井が目に入った。
 質素な木造りの家具と雑然と置かれた防具や手入れ道具の数々。
 壁に貼られた古ぼけた地図に隅に置かれた空の酒瓶。
 いかにも冒険者らしい部屋だ。ここが俺が数年間寝起きしてきた自室なのだ。
 
 目を覚ました後、ゆっくりと身を起こしたが人の気配はない。
 ミアンやクロノ辺りの付き添いを予想していたのが外れて、微妙にがっかりしたような声が出た。

「なんだ、誰もいないのか……」

「いや、ここにいるけど?」

 背中に氷塊を押し付けられたように心臓が跳ね上がる。
 反射的に布団を蹴り上げる。そして声がした場所を正面取るように動く。
 だが相手の顔を確認する前に腰に激痛が走った。

「中々いい動きだけど、寝起きで派手な運動は腰をやるよ~」

 君なんか特に大怪我で三日間昏睡してたわけだし。あちらこちらが痛い筈だよ。
 のんびりとした口調で指摘されるが、返事をする余裕がない。
 腰が痛いというか神経が痛い。動くどころか呼吸することさえ嫌になるレベルだ。

「腰痛は辛いよね~癖になるし、自分もその痛みが嫌だから治癒術覚えた所があるよ~」

 じっとしててね。言わなくても動きたくないと思うけど。
 そう言いながら知らない人物がベッドへと近づいてくる。
 明るい響きのハスキーな声からは性別がいまいちわからない。
 腰が痛くてずっと床に視線を落としているから顔も確認できなかった。
 丈夫な布製のズボンと皮のブーツをはいた足が視界に入る。

「はい、キュアペイン」  

 呪文らしき言葉と同時に背中から腰に掛けてじんわりとした熱を感じる。
 そして徐々にその感覚が去った後俺は痛みも消えていることに気づいた。

「これは怪我の治療よりも痛みの緩和の方が強いけど、そこまで高位の術じゃないからクロノちゃんもすぐ覚えられるんじゃないかな~」
「クロノ……?」
「うん、びっくりしたよ~。彼女に引っ張られて森に行ったら半分死体みたいになった君が居たんだもの」

 まだ死んでなかったから助けられたけど。そうあっさりと告げられて逆にゾッとする。
 エレナに死にかけることを軽んじるなと念押しされたことを思い出した。
 巨大スライムと戦っていた時、当然俺は死ぬ気なんてなかった。
 ただ途中から無事生き残ることより魔物を倒すことを優先していたのは確かだ。頭に血が上りやすいのは悪い癖かもしれない。
 俺が無言で反省していると、痛みを消してくれた人物はしみじみと言葉を続けた。
 
「しかし狂犬のアルヴァと呼ばれる男が子供を助ける為必死に魔物と戦い続けるなんて、酒場の噂は当てにならないな~」

 そもそもクロノちゃんだって噂通りパーティ―内で酷い扱いされてるなら、リーダーである君を助けようと必死にならないよね。
 危うく彼女に要らないお節介を焼いちゃうところだったよ。
 
 独り言のような台詞に、胸のざわめきを覚える。
 酒場の噂話とやらがほぼ事実であることへの後ろめたさとは又違う。
 これは、暗い台所で主人公であるクロノと邂逅した時に感じたのと同じものだ。

「そんな見る目のない無能リーダーなんて捨てて、この私に弟子入りしてみないかってね~」 

 俺は弾かれたように顔を上げた。
 水色がかった長い銀髪、剣を腰に携えている細身の体。怜悧な美貌は男にも女にも見える。
 そもそも俺はこの人物の性別を明記していただろうか? その強さとチートさはつらつらと書いた気がする。
 剣も魔術も治癒術も全てが一級。灰色の鷹団全員で挑んでも軽くあしらわれるその実力。
 主人公であるクロノの『師匠』に相応しい実力と人格を有した人物。

  
「黄金級英雄、万能のノア・ブライトレス……!」


 思い出したその名を口にする。金と赤が奇妙に入り混じった瞳が驚いたように見開かれた。
 英雄ノアはクロノに強く影響を与える重要人物だ。この世界での性別は不明だが暫定的に青年扱いすることにする。

 彼は灰色の鷹団を追い出され冷たい雨が降る中震えて歩いている主人公に声をかける。
 そして事情を聞くと、その優れた能力でクロノのずば抜けた才能を見抜くのだ。
 自分を凌ぐ英雄になると感じたノアはクロノに剣術や魔術や治癒術などを教え込む。   
 
 しかし彼は本来アルヴァと対面する筈はない人物。
 そもそもクロノだってパーティーを追放されてから初めて出会う相手だ。

 そして俺は、重大な事に気づいた。
 この英雄は自分の正体を隠して各地を旅をしている設定なのだ。

 そりゃ、いきなり初対面の男に本名を叫ばれたら驚きもする。
 ノアの瞳が警戒の光を宿すのを見ながら、俺は目を覚ます所からやりなおしたいと心底思った。
しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...