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第二章
第34話 ジャイアントキリング
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気が付けば俺は公園にいた。
やたら広い癖に遊具はブランコと小さな滑り台しかない。
少し考えた後思い出す。小学校に上がる前俺は毎日のようにこの場所にいた。
母が買い物に行く度、家とスーパーの中間にある公園に俺は放置された。
迎えに来るまで大人しく遊んでいなさいという命令と一緒に。
きっと店内で幼い俺が菓子をねだったりするのが煩わしかったのだろう。
ブランコも滑り台も危ないから一人で遊ぶのは禁止されていた。
だから俺はじっとうずくまって、ただひたすら買い物袋を持った母親の帰りをそこで待っていた。
そんな場所に、既に灰村タクミでなくなった俺は何故かいる。
「いいえ、あなたは灰村タクミですよ」
涼やかな声が俺の心の声を優しく否定した。
気が付けば青いペンキが剥がれかけたベンチに一人の女が座っていた。
輝くように真っ白なワンピースにつばの広い帽子。どこか浮世離れした格好に眼鏡が現実感を与える。
「エレナ……」
「あなたを繋ぎ止める思い出はいつも、悲しみと寂しさを孕んでいるのですね」
だからこそ棘となり突き刺さるのでしょうか。そう呟くように言いながら女神は立ち上がる。
彼女が純白の帽子を自らの頭上から取り去ると同時に公園が消える。
神殿の床をどこか懐かしい気持ちで踏み締めながら、俺は知の女神に相応しい恰好になったエレナを見つめた。
彼女は厳しい表情でこちらを見つめ返す。もしかして怒っているのだろうか。
こちらの心が読める筈なのにエレナは何も告げない。つまりこれは怒っているということなのだ。
俺はその理由をあれやこれやと考える。そしてこれだろうというものに目星をつけた。
「もしかして、俺が死にかけたことに怒ってます?」
「怒っているのは私だけではないですけれどね」
あなた本当に元一般人ですか? そう美しい瞳が疑わし気にこちらを睨む。
俺は困ったように笑うしかなかった。どう答えればいいかわからなかったのだ。
灰村タクミとしてならイエスだ、でもアルヴァ・グレイブラッドとしてならノーだろう。
エレナはそんな俺を見て溜息と共に表情を和らげた。
「私に対してなら灰村タクミとしてで構わないですよ。私はあなたをそのように扱いますので」
「えっ……」
なんだろう。彼女の言葉に凄く救われた気持ちになる。俺は自分で思うよりずっとアルヴァ・グレイブラッドとして生きていくのが重荷なのかもしれない。
いや違うな。そうじゃない。
アルヴァとして生きていくことではなく、自分が灰村タクミでもある事実を誰にも言えないことがきっと苦しかったんだ。
ミアンや巨大スライムとの戦いの中で、アルヴァとしての自分がどんどん増えていった。
そして当たり前だけれど周囲は俺をアルヴァ・グレイブラッドとして扱って話しかけてくる。
それでいい。そうやって生きていく。覚悟した筈なのに、心の奥底で不安と孤独がざわついていた。
アルヴァとして生きていくことで俺は自分が灰村タクミだったことを忘れてしまうのではないかと。
でもそうか、エレナがいる。
俺がどれだけアルヴァ・グレイブラッドそのものになっても、彼女は俺の中に灰村タクミを見つけてくれる筈だ。
そして俺自身が灰村タクミであることを忘れてしまっても、きっと彼女を見れば思い出せる。
「全く、知の女神である私を栞代わりにしようなんてあなたぐらいですよ」
呆れたように、でも優しい声でエレナは俺に言う。
「ごめん、じゃなくて……ありがとう」
「はい」
俺の不器用な返答を受け知の女神は微笑む。そして俺を細く柔らかな腕で抱きしめた。
「あなたはよく頑張りました、個神的には死にかけてまで頑張って欲しくはなかったけれど」
俺も死にかけてまで頑張るつもりはなかった。
自分でも気づかなかったけれど、通り魔の件と言い俺は結構頭に血が上りやすいのかもしれない。
「……ある意味それも英雄の資質ではあるのかもしれませんね」
あなたの自らの命を顧みず、弱者を救おうとする性質は。
そう言いながら滑らかな白い手が俺の頬を優しく撫でる。
少しして離れたその美しい指先は鉄錆の色に染まっていた。
「でもね、命は大切にしてください。自らを投げ捨てるような戦い方はもうしないで」
「エレナ……」
「あなたが傷つくと悲しむ者がいることを二度と忘れないで」
「……わかった」
泣き出しそうな彼女の瞳と声に俺は頷く。前回の別れの時と同じように互いの唇が近づく。
エレナは俺を灰村タクミとして扱うと言ってくれた。
でもきっとこんな風にたやすく女性に触れることが出来るのはアルヴァの経験からなのだろう。
前は気づかなかったけれど、今なら理解できる。
でもそれでも俺は彼女の前では灰村タクミでいたい。
『条件クリア、アルヴァ・グレイブラッドハ巨神殺シノ称号ヲ得マシタ』
新タナスキルガ取得デキマス。
唇が触れ合う直前、無機質な声が俺たちの頭上に響いた。
やたら広い癖に遊具はブランコと小さな滑り台しかない。
少し考えた後思い出す。小学校に上がる前俺は毎日のようにこの場所にいた。
母が買い物に行く度、家とスーパーの中間にある公園に俺は放置された。
迎えに来るまで大人しく遊んでいなさいという命令と一緒に。
きっと店内で幼い俺が菓子をねだったりするのが煩わしかったのだろう。
ブランコも滑り台も危ないから一人で遊ぶのは禁止されていた。
だから俺はじっとうずくまって、ただひたすら買い物袋を持った母親の帰りをそこで待っていた。
そんな場所に、既に灰村タクミでなくなった俺は何故かいる。
「いいえ、あなたは灰村タクミですよ」
涼やかな声が俺の心の声を優しく否定した。
気が付けば青いペンキが剥がれかけたベンチに一人の女が座っていた。
輝くように真っ白なワンピースにつばの広い帽子。どこか浮世離れした格好に眼鏡が現実感を与える。
「エレナ……」
「あなたを繋ぎ止める思い出はいつも、悲しみと寂しさを孕んでいるのですね」
だからこそ棘となり突き刺さるのでしょうか。そう呟くように言いながら女神は立ち上がる。
彼女が純白の帽子を自らの頭上から取り去ると同時に公園が消える。
神殿の床をどこか懐かしい気持ちで踏み締めながら、俺は知の女神に相応しい恰好になったエレナを見つめた。
彼女は厳しい表情でこちらを見つめ返す。もしかして怒っているのだろうか。
こちらの心が読める筈なのにエレナは何も告げない。つまりこれは怒っているということなのだ。
俺はその理由をあれやこれやと考える。そしてこれだろうというものに目星をつけた。
「もしかして、俺が死にかけたことに怒ってます?」
「怒っているのは私だけではないですけれどね」
あなた本当に元一般人ですか? そう美しい瞳が疑わし気にこちらを睨む。
俺は困ったように笑うしかなかった。どう答えればいいかわからなかったのだ。
灰村タクミとしてならイエスだ、でもアルヴァ・グレイブラッドとしてならノーだろう。
エレナはそんな俺を見て溜息と共に表情を和らげた。
「私に対してなら灰村タクミとしてで構わないですよ。私はあなたをそのように扱いますので」
「えっ……」
なんだろう。彼女の言葉に凄く救われた気持ちになる。俺は自分で思うよりずっとアルヴァ・グレイブラッドとして生きていくのが重荷なのかもしれない。
いや違うな。そうじゃない。
アルヴァとして生きていくことではなく、自分が灰村タクミでもある事実を誰にも言えないことがきっと苦しかったんだ。
ミアンや巨大スライムとの戦いの中で、アルヴァとしての自分がどんどん増えていった。
そして当たり前だけれど周囲は俺をアルヴァ・グレイブラッドとして扱って話しかけてくる。
それでいい。そうやって生きていく。覚悟した筈なのに、心の奥底で不安と孤独がざわついていた。
アルヴァとして生きていくことで俺は自分が灰村タクミだったことを忘れてしまうのではないかと。
でもそうか、エレナがいる。
俺がどれだけアルヴァ・グレイブラッドそのものになっても、彼女は俺の中に灰村タクミを見つけてくれる筈だ。
そして俺自身が灰村タクミであることを忘れてしまっても、きっと彼女を見れば思い出せる。
「全く、知の女神である私を栞代わりにしようなんてあなたぐらいですよ」
呆れたように、でも優しい声でエレナは俺に言う。
「ごめん、じゃなくて……ありがとう」
「はい」
俺の不器用な返答を受け知の女神は微笑む。そして俺を細く柔らかな腕で抱きしめた。
「あなたはよく頑張りました、個神的には死にかけてまで頑張って欲しくはなかったけれど」
俺も死にかけてまで頑張るつもりはなかった。
自分でも気づかなかったけれど、通り魔の件と言い俺は結構頭に血が上りやすいのかもしれない。
「……ある意味それも英雄の資質ではあるのかもしれませんね」
あなたの自らの命を顧みず、弱者を救おうとする性質は。
そう言いながら滑らかな白い手が俺の頬を優しく撫でる。
少しして離れたその美しい指先は鉄錆の色に染まっていた。
「でもね、命は大切にしてください。自らを投げ捨てるような戦い方はもうしないで」
「エレナ……」
「あなたが傷つくと悲しむ者がいることを二度と忘れないで」
「……わかった」
泣き出しそうな彼女の瞳と声に俺は頷く。前回の別れの時と同じように互いの唇が近づく。
エレナは俺を灰村タクミとして扱うと言ってくれた。
でもきっとこんな風にたやすく女性に触れることが出来るのはアルヴァの経験からなのだろう。
前は気づかなかったけれど、今なら理解できる。
でもそれでも俺は彼女の前では灰村タクミでいたい。
『条件クリア、アルヴァ・グレイブラッドハ巨神殺シノ称号ヲ得マシタ』
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唇が触れ合う直前、無機質な声が俺たちの頭上に響いた。
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