上 下
31 / 131
第二章

第31話 燃やせ良い女

しおりを挟む
「死にかけたぐらいであっさり死のうとしてるんじゃねえ!お前は死んで御仕舞いでもあの馬鹿親はガキの死を何十年も抱えて生きていくんだぞ!!」


 スライムの中のマルコに向かって吠える。言っている最中から、己へのブーメランがグサグサと刺さってくる。
 生きることを諦めたとは微妙に違うけれど。あの時の俺が死に急いだのは事実で本心だ。
 電話越しに聞く母からの淡々とした言葉が辛かった。平然と居場所を失くされて、子供の頃大切だった物も焼かれた。
 俺の事が嫌いで憎くてそうした訳じゃないことに、きっと一番ダメージを受けた。

 ただ、いらないだけ。俺は家を捨てて逃げたようなものだけれど追われもしなかったのは必要なかったから。
 薄々と察していた事実を、当たり前のように告げられて気分がどん底になった。
 でも俺が置いていかなければ小説ノートは焼かれなかった。大事だった癖に守ることもしなかった。
 愛されていないことを自覚して悟ったふりをしながら、無意識に母親に甘えていたのだ。
 
 俺の部屋が無くなったと知らされた時、実家に自分の居場所を作り続けたかったエゴに気づいて恥ずかしくなった。
 俺の部屋がそのまま存在し続けていることが、俺が彼女に息子であることを肯定してもらっていることなんじゃないかなって。

 なんでそんなこと考えて生きなきゃいけなかったんだろう。別にそんなこと考えてないけど。考えていないふりをしたけど。
 母親の事も実家の事も全部忘れたつもりで生きていて、でもそんなの全部嘘だったからあんなことで絶望する程ショックを受けたんだ。

 ずっと前に家を出て帰ってこない無能な息子と同居している優秀で可愛い甥。そろそろ自室が欲しいと言われたなら部屋位やるだろう。
 長く使ってない部屋なんだ。今後俺が使う予定もなかった。放置ゴミを処分することに俺の許可も必要ない。
 だったら電話なんてしてこなきゃ良かったのに。そうしたら俺は自分の虚しさから目をそらしてひとりぼっちで生きて行けたのに。

 あの時俺は急に寂しくなってしまったんだ。

 だから自分の人生に存在価値を作りたくて死んだ。でもこの子供は、俺じゃない。生きるべきだ。
 俺だってもう、昔の俺じゃない。
 

「お前は生きろ!!そしてこのデカブツは絶対殺す!!」


 そう叫びながら剣で斬りかかる。スライムの透明な拳を必死で避けて次の斬撃に移る。
 体が、いや灰村タクミの意識が攻撃に慣れてきている。するのもされるのも。
 これはいいリハビリにはなっているのかもしれない。
 スライムコーチが体罰しまくってくるけど俺も殺意マシマシだから仕方ないか。
 
 こいつを倒せたら冒険者として生きていく自信がつく気がする。向うは弄んでいるつもりだろうが俺は命の取り合いだと思っている。
 腕が痛い、ついでに腰も。まばたきを我慢しているせいで目が痛い。何故か喉も痛いし鼻も痛い。背中も腹も腿も痛い。
 戦うって、こんなにきついことなのか。でも途中で終わりになんて出来ない。少なくともこの勝負は逃げ出せない。
 
 繰り返す。ひたすら繰り返す。体力が尽きるまで。いやもう既に尽きそうなんだけど。
 しかしおかしい。単身で全力攻撃を繰り返しているとはいえここまで疲労するものなのか。
 昼から夕方まで戦い続けても平気だったのに。俺だけでない、他の連中も。
 いつも通りならあんな雑魚に返り討ちなんて遭わなかった。

 そうだ、全部あいつがいなくなってからだ。どうして。


「    」


 頭にいいのを食らいかけて、意識が刹那飛んでいた。いや混乱したというべきか。
 ぎりぎりで避けたと思ったのに、掠っていたようだ。
 デカい石で殴られるに等しい攻撃。綺麗にヒットしていたら頭蓋骨が割れていた。
 骨は砕けなかったが皮膚は切れたらしく頬が生温さにひりひりとぬるついてくる。
 しかし巨大スライム強いな。物理攻撃に耐性ありまくりだし、攻撃は超鈍器だ。しかも体のどこからでも出せる。
 もし死んで転生できるならスライムにでもなるか。でも俺だとプチっと潰される雑魚で終わるか。
 

「いや俺はもう死なねぇけど!!」


 吠えて剣を叩きつける。 
 気が付いたらマルコは人魚の涙を口に咥えていた。よし、と無意識に声が出た。。
 けれどこれは俺の声が少年に聞こえていたということで。
 つまり自警団の連中の聞くに堪えない発言についても、この当事者の子供は。


「本当馬鹿犬だなお前は、だからスライムは剣で斬れ……あっちい!!」」


 呆れたような野次が途中から悲鳴に変わる。
 その悲鳴はとても聞き慣れたものだ。自分も何度か出したことがある。


「……どいつもこいつもうるっさいのよ、全然集中できやしないったら」

「……ミアン」

「いいザマねアルヴァ、やっぱりあんたは私の助けがないと駄目じゃない」


 女王ぶった笑みを浮かべているその顔は蒼白だ。けれど彼女の周りには小さな炎が幾つも浮かんでいる。
 クロノのかけた魔力封印の蓋をミアンがその高いヒールで蹴り壊したことを俺は理解した。
 彼女が指定した一時間より大分早い。その紫の瞳は苦痛に潤んでいる。
 それでも誇り高く笑って傲慢に振舞う。
 そういう女なのだ、ミアン・クローベルという女魔術師は。


「何をやっているのカスども。私に喉を焼かれたくなかったら、さっさとあの人の盾になりにいきなさいな」


 それとも二度とお喋りが出来ないようになりたい?
 冷徹な王妃のように微笑むミアンに自警団の連中は震え上がった。

しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

処理中です...