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第二章
第30話 何故か孤軍奮闘
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もう三十分は経っている。攻撃は四十回ぐらいしか出来ていない。
何故ならこの巨大スライム、普通に攻撃してくる。
おまけに顔が無いから表情が読めないし軟体だからわけのわからない位置から打撃が襲ってくる。
初めて反撃されたのは十回目の攻撃の直後だ。唐突に腹を殴られ痛みと衝撃で派手にゲロを吐いた。
巨大スライムの攻撃はたとえるなら砂をパンパンに詰めた水風船を振り回している感じだ。
しかもその凶悪な水風船は突然奴の体から生えてくるのだ。まるでカウンターを決めるのを楽しんでいるみたいなタイミングで。
こいつのどこが臆病な魔物なのだと少し前の自分に突っ込みを入れたい。
殺意自体はないのか、それとも単純に出来ないのか畳みかけるような連続攻撃はしてこない。
だが一発は当たれば重いし、予想できない個所からスライムパンチは飛んでくる。
奴が特に好むのは俺が剣を振り上げた時と振り切った時の隙らしく、そのタイミングで顔や腹を執拗に狙われ続けた。
怖いし痛いし今すぐ全部放り投げて家に帰って布団の中で泣きたい。
だがスライムの透明な体の中で囚われている子供が目に入る。
スライム斬りさえ使えれば救える命。そう考えるとどうしても俺は逃げられなくなるのだ。
だが、あと三十分でノルマの攻撃数を達成できるのか。
「おいアルヴァ、手が止まってンぞー」
「そいつを助けてトマスに恩を売るんじゃなかったのかよ?」
こちら側の緊迫した精神状態を嘲笑うかのような野次。トマスが助力を頼んだ自警団の連中だ。
巨大スライムは俺で遊ぶことに決めたらしく沼地に逃げる素振りはなかった。だから彼らは暇を持て余しているのだ。
しかしそれならそれで俺に隙が出来た際スライムの攻撃をガードしてくれたり、役割ならある筈だ。
実際に助けてほしいと口にも出したが彼らは下卑た笑みを浮かべるだけで座り込んでしまった。
俺はその時トマスにクロノを追わせたことが間違いだと悟ったのだ。
「安心しろよ、副団長が来そうになったら助けてやるからよ」
「そうそう、俺は耳がいいんだ。トマスのでけぇ足音ならすぐわかるさ」
「俺もだ、生憎寝取り野郎の声だけは聞こえないがな!ハハッ」
アルヴァを嫌っているのはわかるが、子供の命が尽きそうな場面で嫌がらせを優先する神経がわからない。
俺は四十一回目の攻撃の後、スライムの腕を必死にかわしながら奴らに叫んだ。
先程殴られた時からずっと鼻血が止まらない。口の中も鉄の味が充満している。
「お前らっ、トマスの子供の命が大事じゃねぇのかよ!」
苛立ち紛れに怒鳴ると男たちは突然真顔になった。
そして次の瞬間爆笑する。俺は唖然とした。
「いや、ああ、お前知らねえのか。そうかそうか。女にしか興味無いもんな」
「テメエが抱いた女の顔ぐらい覚えてんだろ、坊主の目を見てみろよ。母親ともトマスとも違う色だ」
「副団長も恋女房の忘れ形見とはいえ、よく間男の子供を猫っかわいがりできるよな。あいつ嫁馬鹿じゃなくただの馬鹿じゃないのか?」
というかアルヴァ、お前が父親じゃないのか? そんな下卑たからかいに怒る余裕すらなく俺は眼前の子供を見つめた。
少年は目を固く閉じている。だから連中の言う瞳の色は確認できなかった。
「トマスだってまだまだ男盛りだ。いっそ偽物のガキはここでくたばった方が本当の人生を生きられるだろうよ」
「そうだそうだ、今度こそまともな嫁さんを貰ってな!」
「でもあいつの女の趣味悪いからなあ、ガッハッハ」
そうトマスの将来を案じていると言いたげな様子で連中は雑談に興じる。スライムよりもこいつらを斬り捨てたいと一瞬思った。
だが、それはいつでも出来る。
俺は下種どもに背を向け巨大な敵へと剣を構え直した。
そうするとある違和感に気づく。少年が首につけていたペンダントが水中にゆらりと浮いていた。
鎖だけならいい、しかしその先端に飾られている真珠までもが表出しているのだ。水中での呼吸を助けてくれる人魚の涙。
何故だ。マルコが口に含んでいなければいけない筈なのに。
このままでは一時間というリミットさえ待たず子供は溺死する。何故かこちらまで息苦しくなってきた。
『それならもう、仕方ないんじゃないか』
『手遅れなんだ、お前も諦めて休もう』
ガンガンと響く耳鳴りに紛れてそんな声が頭にいくつも浮かんでは消える。
巨大スライムは予想よりずっと強かった。百回攻撃するどころか、弄ばれて殴られ続けている。
そんな俺を外野はひたすら馬鹿にし続ける。誰も助けてくれない。
そしてこの子供は誰からも生きることを望まれていない。
いや、最後は違う。この子は、俺ではない。
「……うるせえんだよ!!この負け犬非モテ言い訳野郎!!」
自分の弱気に向かって大声で怒鳴りつけた。
それを誤解したのか自警団の連中が「なんだと!」などと怒りの声を上げてくる。もうあいつらはどうでもいい。
自分がやると決めたのだからやる。スライムの攻撃がなんだ。殴られたなら剣で殴り返せばいい。というか絶対殺す。殴られた分だけ殺してやる。
「お前も甘ったれて死にかけてんじゃねえ!!俺と親父が助けてやるから生きる努力ぐらいしろ!!クソガキ!!」
そう透明な水檻に閉じ込められた少年に叫ぶ。すると彼の長い睫毛がゆっくりと震えた。
何故ならこの巨大スライム、普通に攻撃してくる。
おまけに顔が無いから表情が読めないし軟体だからわけのわからない位置から打撃が襲ってくる。
初めて反撃されたのは十回目の攻撃の直後だ。唐突に腹を殴られ痛みと衝撃で派手にゲロを吐いた。
巨大スライムの攻撃はたとえるなら砂をパンパンに詰めた水風船を振り回している感じだ。
しかもその凶悪な水風船は突然奴の体から生えてくるのだ。まるでカウンターを決めるのを楽しんでいるみたいなタイミングで。
こいつのどこが臆病な魔物なのだと少し前の自分に突っ込みを入れたい。
殺意自体はないのか、それとも単純に出来ないのか畳みかけるような連続攻撃はしてこない。
だが一発は当たれば重いし、予想できない個所からスライムパンチは飛んでくる。
奴が特に好むのは俺が剣を振り上げた時と振り切った時の隙らしく、そのタイミングで顔や腹を執拗に狙われ続けた。
怖いし痛いし今すぐ全部放り投げて家に帰って布団の中で泣きたい。
だがスライムの透明な体の中で囚われている子供が目に入る。
スライム斬りさえ使えれば救える命。そう考えるとどうしても俺は逃げられなくなるのだ。
だが、あと三十分でノルマの攻撃数を達成できるのか。
「おいアルヴァ、手が止まってンぞー」
「そいつを助けてトマスに恩を売るんじゃなかったのかよ?」
こちら側の緊迫した精神状態を嘲笑うかのような野次。トマスが助力を頼んだ自警団の連中だ。
巨大スライムは俺で遊ぶことに決めたらしく沼地に逃げる素振りはなかった。だから彼らは暇を持て余しているのだ。
しかしそれならそれで俺に隙が出来た際スライムの攻撃をガードしてくれたり、役割ならある筈だ。
実際に助けてほしいと口にも出したが彼らは下卑た笑みを浮かべるだけで座り込んでしまった。
俺はその時トマスにクロノを追わせたことが間違いだと悟ったのだ。
「安心しろよ、副団長が来そうになったら助けてやるからよ」
「そうそう、俺は耳がいいんだ。トマスのでけぇ足音ならすぐわかるさ」
「俺もだ、生憎寝取り野郎の声だけは聞こえないがな!ハハッ」
アルヴァを嫌っているのはわかるが、子供の命が尽きそうな場面で嫌がらせを優先する神経がわからない。
俺は四十一回目の攻撃の後、スライムの腕を必死にかわしながら奴らに叫んだ。
先程殴られた時からずっと鼻血が止まらない。口の中も鉄の味が充満している。
「お前らっ、トマスの子供の命が大事じゃねぇのかよ!」
苛立ち紛れに怒鳴ると男たちは突然真顔になった。
そして次の瞬間爆笑する。俺は唖然とした。
「いや、ああ、お前知らねえのか。そうかそうか。女にしか興味無いもんな」
「テメエが抱いた女の顔ぐらい覚えてんだろ、坊主の目を見てみろよ。母親ともトマスとも違う色だ」
「副団長も恋女房の忘れ形見とはいえ、よく間男の子供を猫っかわいがりできるよな。あいつ嫁馬鹿じゃなくただの馬鹿じゃないのか?」
というかアルヴァ、お前が父親じゃないのか? そんな下卑たからかいに怒る余裕すらなく俺は眼前の子供を見つめた。
少年は目を固く閉じている。だから連中の言う瞳の色は確認できなかった。
「トマスだってまだまだ男盛りだ。いっそ偽物のガキはここでくたばった方が本当の人生を生きられるだろうよ」
「そうだそうだ、今度こそまともな嫁さんを貰ってな!」
「でもあいつの女の趣味悪いからなあ、ガッハッハ」
そうトマスの将来を案じていると言いたげな様子で連中は雑談に興じる。スライムよりもこいつらを斬り捨てたいと一瞬思った。
だが、それはいつでも出来る。
俺は下種どもに背を向け巨大な敵へと剣を構え直した。
そうするとある違和感に気づく。少年が首につけていたペンダントが水中にゆらりと浮いていた。
鎖だけならいい、しかしその先端に飾られている真珠までもが表出しているのだ。水中での呼吸を助けてくれる人魚の涙。
何故だ。マルコが口に含んでいなければいけない筈なのに。
このままでは一時間というリミットさえ待たず子供は溺死する。何故かこちらまで息苦しくなってきた。
『それならもう、仕方ないんじゃないか』
『手遅れなんだ、お前も諦めて休もう』
ガンガンと響く耳鳴りに紛れてそんな声が頭にいくつも浮かんでは消える。
巨大スライムは予想よりずっと強かった。百回攻撃するどころか、弄ばれて殴られ続けている。
そんな俺を外野はひたすら馬鹿にし続ける。誰も助けてくれない。
そしてこの子供は誰からも生きることを望まれていない。
いや、最後は違う。この子は、俺ではない。
「……うるせえんだよ!!この負け犬非モテ言い訳野郎!!」
自分の弱気に向かって大声で怒鳴りつけた。
それを誤解したのか自警団の連中が「なんだと!」などと怒りの声を上げてくる。もうあいつらはどうでもいい。
自分がやると決めたのだからやる。スライムの攻撃がなんだ。殴られたなら剣で殴り返せばいい。というか絶対殺す。殴られた分だけ殺してやる。
「お前も甘ったれて死にかけてんじゃねえ!!俺と親父が助けてやるから生きる努力ぐらいしろ!!クソガキ!!」
そう透明な水檻に閉じ込められた少年に叫ぶ。すると彼の長い睫毛がゆっくりと震えた。
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