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第二章
第26話 俺はちゃんと殺せますか?
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テーブルの注文とクロノの服を買いがてら外食してくるというミアンとクロノを送り出す。
女性二人と出歩く勇気はまだ無く、俺の分の食事は買って帰ってくるよう頼んだ。
静まり返った家の中で一人立ち尽くしていると急激に疲労を感じる。
自室に戻りベッドに倒れこみたくなったが、今朝までそこで黒髪の少女が寝起きしていたと思うと気が引けた。
クロノと俺はミアンが邪推したような男女の関係では無い。元のアルヴァの人格の時点でもその筈だ。
性格が悪い癖に女に困らない彼と、悪党ではないが女性に対して全く縁の無かった俺。
何もかも違うけれど同一人物なんですと言い切る事に現状俺が一番馴染めていない。
だからそういった意味でもエレナの存在は有難かった。
女神の奇跡に触れた結果、悪人が心を入れ替えたというストーリーを示せるからだ。
「……そうだ、アルヴァ・グレイブラッドは生まれ変わったんだ」
自らに言い聞かせるように宣言する。
実際にはアルヴァの方が俺の生まれ変わりになるのだろうが、この件を考え過ぎると後ろ暗さに気が滅入りそうだ。
元テーブルだった灰を捨て台所の窓を開けて換気する。大甕(おおがめ)から水を掬って飲んだ。
自室の窓も開けて置こうか。ついでにベッドのシーツも取り換えればクロノの匂いも薄れるかもしれない。
でも予備のシーツはあるだろうか。家の事をメインでやっていたのは雑用係のクロノだ。うっすらと記憶が蘇る。
掃除も洗濯も料理も全部彼女が行っていた。ほぼ家政婦のようなものだ。その上冒険時は野営の準備や荷物持ちもしていた。
「いや、普通に有能過ぎだろ」
思わず突っ込みを入れる。ここまで一切合切雑事を彼女に頼り切っていれば、追放した後かなり大変なことになるだろう。
そんな予定はないがクロノが体調を崩し数日寝込んだ時点で家の中はかなり荒れそうだ。
クロノの待遇だけでなく、家事の一極集中化についても改善しなければいけない。
何故かクロノの代わりに俺が掃除洗濯諸々を押し付けられる未来が想像できてしまった。
いや、若い女性が三人もいるのだから洗濯を俺に任せるということは無いか。
ミアンとクロノと、今は不在だが治癒士のエスト。
灰村タクミとして三十年以上女っ気のない生活をしてきたのに、急に女性三人と一つ屋根の下で暮らすことになってしまった。
全員タイプは違うが美人であることは確かだ。
しかし彼女たちとの暮らしを考えると、期待やときめきよりも緊張や不安の方が強い。
共同生活というものにそもそも俺は慣れていない。だが個室があるだけましだと考える。
クロノも今後は台所ではなく自分の部屋で寝起きすることになる。
今出払っている三人が戻れば、総勢六人がまた一つ屋根の下で暮らす事になるのだ。
「……多いな」
結構な大所帯じゃないか。
居間に移動し長椅子に寝転がりながら俺は呟いた。
俺を除けば五人、その内の二人ミアンとクロノとは何とかやっていけそうだ。
ただ残りの三人は変貌したアルヴァを受け入れてくれるだろうか。考えると胃が痛くなった。
俺はアルヴァの体から彼らの情報を引き出すことを意識する。そうすると仲間たちのプロフィールが次々と浮かんできた。
盗賊のカースは同郷の出身で年齢も同じ。一見愛想のいいおちゃらけた青年である。
しかし彼は少年の頃から盗みを繰り返し、十代前半で追い出されるように村を出た。
クラス技能的な意味でなく、実際人間相手に窃盗を行っていたタイプのシーフなのだ。
その証拠としてバンダナで隠れている額には罪人の焼き鏝が押されている。
気配察知も罠解除も、魔物からの盗みの腕もかなり優れているが、まともなパーティーなら彼を加入させようとする者は居ない。
居場所を探すのが難しい彼なら、ある程度の違和感を覚えても現状維持を選んでくれるかもしれない。
小説内でもパラディンのブロックが死んでやっと「ついていけない」と脱退したのだから。
そうだ、パラディンのブロック。小説内とはいえ彼には申し訳ないことをしてしまった。
常に全身鎧で素顔を隠した無口な大男。悪い人間ではないと思う。
彼は盗賊のカースの紹介で加入した。見上げる程の立派な体格をしている以外は経歴も年齢も何もかも不明。
いや、在籍した騎士団で同僚に大怪我をさせたとかカースが言っていた気がする。
その時は『俺と違って犯罪者扱いはされていないから安心しろ』という笑えないジョークが一緒だった。
このパラディンとは相槌などで意思の疎通は出来るが、まともな会話というのをした覚えはない。込み入った内容の時には常にカースが代弁していた。
だからブロックはカースが現状を受け入れるなら黙って従う気がする。
どんな強敵相手でもひるまず文句も言わず盾になる姿勢をアルヴァは気に入っていた。
そして小説内でブロックには無残な死が訪れた。クロノを追い出し、続いて魔法攻撃役のミアンと回復役のエストが灰色の鷹団を脱退。
攻撃と治癒が足りない状態で今まで通りに魔物と戦おうとし、剣士と盗賊だけでは止めを刺しきれなかった。
結果前衛で防御を担当し耐え続けたブロックは力尽き引き裂かれ魔物たちの餌になった。
その敗戦の後、最後の仲間だったカースもアルヴァを見捨てたのだ。
盾になり続けろという指示を守ったブロックに非があった訳では当然ない。
リーダーであるアルヴァが敵と自分たちの力量差を見誤ったのだ。
クロノを追放した後、彼による味方の能力引き上げも魔物への弱体化も行われてないことに気づかず仲間を死なせた。
もう少しで勝てる筈と思い込み、撤退のタイミングを潰した。
「……俺は絶対、仲間を死なせたりはしない」
誓うように呟く。アルヴァがクロノを追放する展開はもう消した。
だが今までのように無意識に彼女の補助に頼り切った戦いを続けていくのも駄目だ。
寧ろ勇者の素質がある彼女は補助でなくメイン戦力として鍛えるべきである。
そんなことをあれこれ考えている内に俺は一つの問題に気付いた。
「そもそも俺自身が、今まで通り戦えるのか……?」
体も元の人格も銀級冒険者のアルヴァ・グレイブラッドとはいえ、今は灰村タクミの意識がメインになっている。
当然戦闘経験なんてない。兄弟喧嘩すらしたこともない。虐められた経験はあっても虐めた経験もない。
暴走したミアンとの戦いでも結局剣を抜くことはなくクロノのスキルで決着がついた。
つまりこの体の戦闘力がわからない。
今まで通り戦えない場合、ミアンや他の仲間たちに戦力外として見放され灰色の鷹団解散だってあり得る。
仲良しだから一緒に暮らしていますみたいな関係ではないのだ。
それにこの不安が杞憂なら良いが、そうでなければ命に係わる。言い出せないまま冒険に出て仲間を危険に巻き込むのは絶対駄目だろう。
試しに素振りをしてみる。形になっている気はするが実際に敵を斬れるかはわからない。
台所にある野菜でも試し斬りしてみようか。でも確認すべきは斬れるか斬れないかではなく、敵の命を奪う覚悟だ。
俺は派遣社員ではなく魔物を殺し生計を立てる冒険者として暮らしていくのだから。
弱い魔物を退治していくことで、そういったメンタル部分の解消は出来る気がする。だが適切な魔物の心当たりが思い浮かばない。
それとどれだけ敵が弱くても一人だと不安なのでサポート要員は欲しい。
でも銀級冒険者であるアルヴァ・グレイブラッドがそんな初心者みたいな振る舞いをしてたら変に思われるかもしれない。
不審がられず堂々と弱い魔物を剣士としての勘を取り戻す為にある程度の数倒し続けたい。だがそんな都合のいい依頼はあるのだろうか。
そんなことを悶々と考えていると扉を激しく叩く音がした。
女性二人と出歩く勇気はまだ無く、俺の分の食事は買って帰ってくるよう頼んだ。
静まり返った家の中で一人立ち尽くしていると急激に疲労を感じる。
自室に戻りベッドに倒れこみたくなったが、今朝までそこで黒髪の少女が寝起きしていたと思うと気が引けた。
クロノと俺はミアンが邪推したような男女の関係では無い。元のアルヴァの人格の時点でもその筈だ。
性格が悪い癖に女に困らない彼と、悪党ではないが女性に対して全く縁の無かった俺。
何もかも違うけれど同一人物なんですと言い切る事に現状俺が一番馴染めていない。
だからそういった意味でもエレナの存在は有難かった。
女神の奇跡に触れた結果、悪人が心を入れ替えたというストーリーを示せるからだ。
「……そうだ、アルヴァ・グレイブラッドは生まれ変わったんだ」
自らに言い聞かせるように宣言する。
実際にはアルヴァの方が俺の生まれ変わりになるのだろうが、この件を考え過ぎると後ろ暗さに気が滅入りそうだ。
元テーブルだった灰を捨て台所の窓を開けて換気する。大甕(おおがめ)から水を掬って飲んだ。
自室の窓も開けて置こうか。ついでにベッドのシーツも取り換えればクロノの匂いも薄れるかもしれない。
でも予備のシーツはあるだろうか。家の事をメインでやっていたのは雑用係のクロノだ。うっすらと記憶が蘇る。
掃除も洗濯も料理も全部彼女が行っていた。ほぼ家政婦のようなものだ。その上冒険時は野営の準備や荷物持ちもしていた。
「いや、普通に有能過ぎだろ」
思わず突っ込みを入れる。ここまで一切合切雑事を彼女に頼り切っていれば、追放した後かなり大変なことになるだろう。
そんな予定はないがクロノが体調を崩し数日寝込んだ時点で家の中はかなり荒れそうだ。
クロノの待遇だけでなく、家事の一極集中化についても改善しなければいけない。
何故かクロノの代わりに俺が掃除洗濯諸々を押し付けられる未来が想像できてしまった。
いや、若い女性が三人もいるのだから洗濯を俺に任せるということは無いか。
ミアンとクロノと、今は不在だが治癒士のエスト。
灰村タクミとして三十年以上女っ気のない生活をしてきたのに、急に女性三人と一つ屋根の下で暮らすことになってしまった。
全員タイプは違うが美人であることは確かだ。
しかし彼女たちとの暮らしを考えると、期待やときめきよりも緊張や不安の方が強い。
共同生活というものにそもそも俺は慣れていない。だが個室があるだけましだと考える。
クロノも今後は台所ではなく自分の部屋で寝起きすることになる。
今出払っている三人が戻れば、総勢六人がまた一つ屋根の下で暮らす事になるのだ。
「……多いな」
結構な大所帯じゃないか。
居間に移動し長椅子に寝転がりながら俺は呟いた。
俺を除けば五人、その内の二人ミアンとクロノとは何とかやっていけそうだ。
ただ残りの三人は変貌したアルヴァを受け入れてくれるだろうか。考えると胃が痛くなった。
俺はアルヴァの体から彼らの情報を引き出すことを意識する。そうすると仲間たちのプロフィールが次々と浮かんできた。
盗賊のカースは同郷の出身で年齢も同じ。一見愛想のいいおちゃらけた青年である。
しかし彼は少年の頃から盗みを繰り返し、十代前半で追い出されるように村を出た。
クラス技能的な意味でなく、実際人間相手に窃盗を行っていたタイプのシーフなのだ。
その証拠としてバンダナで隠れている額には罪人の焼き鏝が押されている。
気配察知も罠解除も、魔物からの盗みの腕もかなり優れているが、まともなパーティーなら彼を加入させようとする者は居ない。
居場所を探すのが難しい彼なら、ある程度の違和感を覚えても現状維持を選んでくれるかもしれない。
小説内でもパラディンのブロックが死んでやっと「ついていけない」と脱退したのだから。
そうだ、パラディンのブロック。小説内とはいえ彼には申し訳ないことをしてしまった。
常に全身鎧で素顔を隠した無口な大男。悪い人間ではないと思う。
彼は盗賊のカースの紹介で加入した。見上げる程の立派な体格をしている以外は経歴も年齢も何もかも不明。
いや、在籍した騎士団で同僚に大怪我をさせたとかカースが言っていた気がする。
その時は『俺と違って犯罪者扱いはされていないから安心しろ』という笑えないジョークが一緒だった。
このパラディンとは相槌などで意思の疎通は出来るが、まともな会話というのをした覚えはない。込み入った内容の時には常にカースが代弁していた。
だからブロックはカースが現状を受け入れるなら黙って従う気がする。
どんな強敵相手でもひるまず文句も言わず盾になる姿勢をアルヴァは気に入っていた。
そして小説内でブロックには無残な死が訪れた。クロノを追い出し、続いて魔法攻撃役のミアンと回復役のエストが灰色の鷹団を脱退。
攻撃と治癒が足りない状態で今まで通りに魔物と戦おうとし、剣士と盗賊だけでは止めを刺しきれなかった。
結果前衛で防御を担当し耐え続けたブロックは力尽き引き裂かれ魔物たちの餌になった。
その敗戦の後、最後の仲間だったカースもアルヴァを見捨てたのだ。
盾になり続けろという指示を守ったブロックに非があった訳では当然ない。
リーダーであるアルヴァが敵と自分たちの力量差を見誤ったのだ。
クロノを追放した後、彼による味方の能力引き上げも魔物への弱体化も行われてないことに気づかず仲間を死なせた。
もう少しで勝てる筈と思い込み、撤退のタイミングを潰した。
「……俺は絶対、仲間を死なせたりはしない」
誓うように呟く。アルヴァがクロノを追放する展開はもう消した。
だが今までのように無意識に彼女の補助に頼り切った戦いを続けていくのも駄目だ。
寧ろ勇者の素質がある彼女は補助でなくメイン戦力として鍛えるべきである。
そんなことをあれこれ考えている内に俺は一つの問題に気付いた。
「そもそも俺自身が、今まで通り戦えるのか……?」
体も元の人格も銀級冒険者のアルヴァ・グレイブラッドとはいえ、今は灰村タクミの意識がメインになっている。
当然戦闘経験なんてない。兄弟喧嘩すらしたこともない。虐められた経験はあっても虐めた経験もない。
暴走したミアンとの戦いでも結局剣を抜くことはなくクロノのスキルで決着がついた。
つまりこの体の戦闘力がわからない。
今まで通り戦えない場合、ミアンや他の仲間たちに戦力外として見放され灰色の鷹団解散だってあり得る。
仲良しだから一緒に暮らしていますみたいな関係ではないのだ。
それにこの不安が杞憂なら良いが、そうでなければ命に係わる。言い出せないまま冒険に出て仲間を危険に巻き込むのは絶対駄目だろう。
試しに素振りをしてみる。形になっている気はするが実際に敵を斬れるかはわからない。
台所にある野菜でも試し斬りしてみようか。でも確認すべきは斬れるか斬れないかではなく、敵の命を奪う覚悟だ。
俺は派遣社員ではなく魔物を殺し生計を立てる冒険者として暮らしていくのだから。
弱い魔物を退治していくことで、そういったメンタル部分の解消は出来る気がする。だが適切な魔物の心当たりが思い浮かばない。
それとどれだけ敵が弱くても一人だと不安なのでサポート要員は欲しい。
でも銀級冒険者であるアルヴァ・グレイブラッドがそんな初心者みたいな振る舞いをしてたら変に思われるかもしれない。
不審がられず堂々と弱い魔物を剣士としての勘を取り戻す為にある程度の数倒し続けたい。だがそんな都合のいい依頼はあるのだろうか。
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