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第一章

第19話 体の記憶

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 ミアンの掌から生まれる炎球を見ながら必死に考える。
 ここでクイズです。なんで俺はパーティーメンバーに殺されかけているのでしょう。
 ミアンがヤバすぎる女だから?メンバーとの間に信頼関係が皆無だから?
 脳吸いなんていう気持ち悪い魔物がこの世に存在するから?
 全部正解。でもこれだけじゃない。
 
 俺が、アルヴァらしくないからだ。

 お前は、アルヴァなのに。

 俺が俺らしくないなんて馬鹿な理由で、ミアンなんかに殺されて堪るかよ。

 そう胸の奥で毒づく声がした。そして喉から声が蹴り出される感覚。

 
「……俺が死んだ後、お前みたいな地雷女を拾ってくれるパーティーがあるのか?」


 あったとしてもすぐ追い出されるか自分から飛び出すかだろうな。
 そう心底相手を見下して鼻で笑う。
 魔女の瞳から冷徹な殺意が消え、代わりに頬が怒りで燃え上がった。
 これが、正解か。緊張で吐きそうになりながらどこかで冷静な自分が居た。 
 この女はこういう扱いでいいんだと悪魔のような囁きが聞こえる。 


「なんですって!!」

「貴族でございと高飛車な癖に食い意地は人一倍。他人を見下す癖に生活能力は皆無。だから女とも男とも上手くやれない。自称貴族令嬢のミアンさんよ」 


 心底馬鹿にした口調で言い放つ。炎が消えた白い掌が容赦なく俺の頬を打ち据えた。
 お返しとばかりに細い体を軽く突き飛ばす。
 ミアンの体はテーブルに当たり、パン菓子が皿ごと床に落ちた。
 相手が女性だろうが息をするように暴力に暴力を返す。これがアルヴァ・グレイブラッドなのだ。

 
「……死ね、あんたなんて、魔物に食われて惨めに死ねっ」


 当然ミアンからは盛大に呪詛を吐かれる。その苛烈な言葉に反射的に平謝りしたくなるが耐える。
 今の自分はアルヴァなのだ。アルヴァらしく振舞うのが今のところは正しいのだ。
 
 そう言い聞かせ意識を赤髪の悪役剣士に切り替える。
 すると彼は乱暴に魔女の顎を指で上向かせそのまま接吻けた。落としたレシートを拾うより軽々しかった。
 この体、もしかして女性に対し異様に手が早いのか?
 他人事のように言ってしまったが全部自分の行動だ。ミアンの紫の瞳に映る俺は正しくアルヴァ・グレイブラッドだった。


「そうやって、すぐ盛る、この馬鹿犬……」


 あれだけ怒り狂っていた筈のミアンが急に大人しくなった。詰る声にも媚びを感じる。
 頬の熱の意味が違うものになっているのは潤んだ瞳から理解できる。
 でも男と女の関係は全く理解できない。仲が悪いのではなかったのか?
 小説内でもミアンとはクエストが失敗した後、あっさりと喧嘩別れした筈だ。
 しかしアルヴァの体はミアンがこの先を期待していることを知っている。


「ね。私の部屋、行きましょうよ」


 甘えられると途端に可愛い女だと思う。これは灰村タクミとしての感情かそれともアルヴァとしての感想か。
 だけど誘われるままそんなことをしている場合ではない。俺はクロノの怪我の件について問い質す為ミアンと話をしに来たのだ。
 でもこのまま情事にもつれ込めば死亡フラグは回避できるのかもしれない。
 寧ろ拒んだらまた魔物扱いされて今度こそこんがり焼かれるかもしれない。 
 抱きついてきた柔らかな体を抱き返しもせず煩悶する。


「ちょっとぉ、アルヴァ?」 
 
「アルヴァ、さん……?」


 苛立ちを帯びたミアンの声と、戸惑いを含んだクロノの声はほぼ同時に聞こえた。

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